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まだ、いる rw+6,242-0115

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祖父の家の山には、小さな稲荷の祠があった。

伏見から分けてもらった神様だと聞かされていたが、祖父の家の人間は誰一人として信心深くはなかった。祠へ続く小道は長く手入れされず、草に埋もれ、崩れかけた屋根の下で黒ずんだ狐像がこちらを向いて座っていた。供え物の跡はなく、風が吹くと屋根板が鳴るだけだった。

母には霊感があり、祖母は過剰なほど信心深かった。だから子どもの頃の自分も、その祠の存在を当然のように知っていた。墓参りの帰り、誰に言われるでもなく立ち寄り、形だけの柏手を打った。母はそのたびに、あそこにいる稲荷は「伏見に帰りたい」と言っているのだと教えてくれた。

祖父はそれを笑い、祖母は離婚を理由に関わろうとしなかった。山へ行くには車が必要だったが、祖父が運転できなくなると誰も行かなくなった。母が最後に祠を訪れたとき、「もう来られない」と口にしたという。それが何に向けた言葉だったのか、自分には分からない。

一人暮らしを始めて数年後、祖母が京都へ旅行に行くと言い出した。同行できることになり、伏見という地名を聞いたとき、理由の分からない高揚を覚えた。

その直後だった。母から電話がかかってきた。受話器越しに聞こえた声は、普段の母のものではなかった。泣いていた。ただ泣きながら、「たすけて」と繰り返していた。何があったのかを尋ねても、はっきりとは答えなかった。ただ、その日一日、泣き止むことはなかったという。

祖父の一族は信じず、祖母は関わらず、母は山へ行けない。電話を切る前、母はぽつりと「もう、あんただけだ」と言った。その言葉が誰に向けられていたのか、確かめる術はなかった。

どうすればいいのかを調べ、辿り着き、気づけばその日が来ていた。伏見で稲荷を送り出すとき、胸の奥が焼けるように痛んだ。泣いた。ありがとう、と口にしたかどうかは覚えていない。ただ、何かが静かに切れる感覚だけが残った。

終わったのだと思った。

けれど夜になると、妙な気配を感じるようになった。部屋の隅、机の下、電車の窓に映る自分の背後。振り返れば何もない。だが、確かに見られている気がした。

母に話すと、「狐は電波に乗れる」と言った。電話越しに移ったのも、そういうことなのだと。ならば、伏見に帰したはずの稲荷は、どこにいるのだろう。

もしかすると、ほんのわずかが、こちら側に残っているのかもしれない。

それは慰めのようで、同時に逃げ場のない考えだった。

山奥には、今も忘れられた祠があるだろう。誰にも顧みられず、声を上げることもできず、ただ待っているものが。誰かが耳を傾けなければ、そこに留まり続けるものが。

稲荷を伏見に返してから、長い時間が過ぎた。だが夜、電話の呼び出し音が鳴るたびに胸がざわつく。受話器を取れば、ただの間違い電話。それでも、耳を澄ますと、微かに混じる声がある。

「……まだ、いる」

空耳かもしれない。それでも、自分には分かる。

あの祠にいた声だ。

忘れられたものは、帰る場所を失ったまま、どこへ行くのだろう。

もし次に、その声がはっきり聞こえたとき、自分はどうするのか。

考える前に、もう関わってしまっている。

(了)

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