これは、福岡に住む大学生から聞いた話だ。
夏休みのある夜、大学のサークル仲間四人で麻雀をしていた。名前を仮に、I、O、M、そして語り手の俺としよう。いつものように笑いながら牌を並べていると、Iが唐突に言い出した。
「そういや、夏休みも半分終わったけど、どっか行ったか?肝試しとか行こうぜ、定番だろ?」
半ば冗談めいた口調だったが、全員暇を持て余していたのもあって、話はすぐにまとまった。
「どこ行く?」と誰かが聞けば、Iが満面の笑みで答える。「犬鳴トンネルだろ!」その一言で、行き先は決まった。肝試しの準備と言っても、懐中電灯を買うくらいのものだった。
夜中に車を走らせ、犬鳴トンネルに到着すると、空気が一変した。夏の湿気た空気はどこへやら、吐息が白く凍りつくほど冷え込んでいる。車から降りた瞬間に、背筋にぞくりと寒気が走った。仲間内では「冷気や!」「霊気かよ!」と冗談を飛ばしていたが、その寒さには何か得体の知れない異質さがあった。
錆びた柵を横目に、細い道を進んでトンネルに向かう。懐中電灯がなければ一歩先も見えない暗闇だ。突然、Mが立ち止まり、囁くように言った。
「……今、声、聞こえんかった?」
誰も聞いていない。俺もだ。しかし、Mは真剣な顔で「本当に、何かいたって!」と訴えてきた。俺たちは「おいおい、ビビりすぎだろ!」と笑い飛ばしたが、その声はどこか震えていた。
さらに進むと、今度はIに異変が起きた。突然足取りがおぼつかなくなり、左側の斜面へふらふらと歩き始める。そこは谷間になっていて、下には黒い水がうねっている。「おい、危ないぞ!」と何度引き戻しても、Iは何かに引き寄せられるように歩いて行こうとする。不安を隠しきれないまま、Iを右端に立たせ、なんとか進み続けた。
ようやくトンネル前に着くと、一旦休憩し、帰りの道に向かうことになった。怖さを紛らわせるため、肩を組んで二人一組で歩こうということになった。俺とM、そしてOとIがペアを組んだ。
ところが、帰り道で再びIに異変が起きる。今度は歩調が異常に早くなり、笑顔を浮かべながら何かをぶつぶつと呟いている。「いやいや、これヤバいな……いかん……これはいかん……」その姿にOが「どうしたん?」と声をかけたが、Iは「後で話すから、とにかく行こう」とだけ返した。その表情の裏にあるものが何なのか、誰にもわからなかった。
車に戻ると、Iの様子はさらにおかしくなった。震えながら、目をせわしなく動かし、何かを追っているようだった。車内に満ちる不気味な静けさが、仲間全員を無言にさせた。
帰宅後、Iはソファに倒れ込んで動かなくなった。震えは止まらず、いくら声をかけても反応しない。そんな中、Mが「撮った写真や動画、確認しようぜ」と言い出した。何かを記録しているかもしれない、そんな期待を胸にデータを見返すと、いくつかの写真が緑色のモヤに覆われていた。動画も途中から画面が真っ暗になったり、奇妙なノイズが入り込んだりしていた。
耐えきれなくなり、Iを無理やり起こして事情を聞いた。彼は震える声で言った。
「……あのな、トンネルの中からずっと……俺の後ろに何かいるんだよ……。息がかかってるのがわかるんだ……もう、やめてくれよ……」
その言葉を最後に、Iは再び沈黙した。夜が明けるまで彼は小刻みに震えながら眠り続けた。
数日後、再びIに会った時、彼は妙に明るい声でこう言った。
「いや、あれから俺の部屋の隅にずっといるんだよな、何かが。寝る時になると出てくるんだ。まぁ、慣れたけどな。で、次はどこ行く?」
その笑顔に、背筋が凍りついた。幽霊も怖いが、彼のその無神経さが何よりも恐ろしかった。
(了)
[出典:804 本当にあった怖い名無し sage New! 2011/11/12(土) 21:05:07.34 ID:1DRlgvCsO]