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赤玉 r+3,133

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父は、三年前に肺がんで死んだ。

死の床でもなお、あの人は骨董の話をした。金持ちでもなんでもないのに、暇さえあれば骨董市に出かけ、安物ばかりを持ち帰る。皿も掛け軸もなく、時代がかった小物ばかりが増えていった。正直、理解できない趣味だった。

ある日、病院のベッドの上で、長男である俺を呼び寄せ、低い声で言った。
「骨董は仏間の押し入れにまとめてある。骨董屋の大黒堂に持っていけ。いくらにもならんだろうが……それから、風呂敷に包んである小物がひとつある。それは初七日のころ、坊さんに渡してお焚きあげしてもらえ」

お焚きあげ。骨董とそんなことを結びつける父を、不思議に思った。
「売れないものなら、捨てるだけでいいんじゃないか」
そう訊ねると、父はいつになく真剣な顔をして首を振った。
「いや、あれはよくない骨董なんだ。長いあいだ俺が押さえてきたが、お前には無理だろう。必ずそうしてくれ」

病気の苦しさのせいかと思ったが、あの目は冗談を許さない光を帯びていた。

葬儀を終え、落ち着いたころ、骨董屋を呼んで処分を頼んだ。父の言葉どおり、値打ちのあるものは一つもなかった。
押し入れには、確かに風呂敷包みがあった。中には煙草の根付けやべっこうの櫛、何の変哲もない時代小物がいくつか入っていた。
念のため骨董屋に見せると、男は妙な顔をした。
「……お父上、ようわかってらした。これはうちでも扱えまへん。言われた通り、お寺さんに持って行きはったほうがええです」

素直に従うべきだった。
初七日に寺へ持って行くつもりだったが、そのとき、俺は風呂敷の中からひとつだけ抜き取った。赤いサンゴ玉の煙草根付け。血のように鮮やかな色が、やけに目を引いた。
どうして持ち出したのか、自分でもわからない。宝石店に売るつもりだったのかもしれない。
玉は仏間の金庫に入れておいた。

翌日から、崩れ始めた。
長く休んでいた会社に出勤すると、机には仕事が山積み。午後、小学校から電話があり、六年生の息子がブランコから落ち、下あごを骨折したという。
病院に駆けつけると、大手術が必要だと医者は言った。

疲れ切って家に戻った夜、三年生の娘が泣きながら飛び込んできた。
「仏間に女の人がいる」
トイレに行く途中、白く光る着物姿の女が立っていた、と。
娘をなだめ、俺ひとりで仏間へ向かった。二間ほど先なのに、足が重くなる。
襖を開けた瞬間、鼻を刺すような生臭さが広がった。
蛍光灯をつけても誰もいない。だが、畳の上には金庫にしまったはずの赤いサンゴ玉が転がっていた。血のしずくのように見えた。
拾い上げると、玉が掌の中でわずかに動いた気がした。

その朝、娘が四十度の熱を出して叫び、痙攣を起こした。救急車を呼び、再び病院へ。
父の死に続き、子供二人が入院。妻は憔悴し、パートをやめざるを得なくなった。

それから、すべてが悪い方向へ転がった。
俺は欠勤を繰り返し、出勤すれば大きなミスをした。会社での居場所も失いかけていた。
そして、父の四十九日の日。娘は原因不明の熱で死んだ。

その夜、ひとり自宅へ戻る。玄関の鍵を開けると、闇の中に和服の女が立っていた。昔の遊女のような、艶やかな着物姿。
女は顔を上げ、声ではなく頭の中に響くように告げた。
「あなたのお父様にはおさえられておりましたが、これでのぞみを果たせました」

手から何かを落とし、女は消えた。
灯りをつけると、それはサンゴ玉だった。
鮮やかな赤はどす黒く変わり、濡れたように鈍く光っていた。

……あれはまだ、仏間の金庫の中にある。
売ることも捨てることもできず、ただ鍵をかけて閉じ込めている。
けれど時々、夜になると金庫の中から、うきゅきゅ……と、あの玉が笑うような音がする。

[出典:694:2011/06/12(日) 00:52:35.15 ID:EgTf4hfa0]

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