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キャンピングカーの悪夢:ヒッチハイク2002 r+7673

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あれはもう7年も前の夏の話だ。

大学は出たものの、就職先も決まらず、俺は宙ぶらりんの身だった。

根っからの怠け者で、尻に火がつかないと動けない。テスト勉強といえば一夜漬け。そんな俺だから、「まあ、どうにかなるさ」と根拠のない楽観論を自分に言い聞かせ、フリーター生活を続けていた。

そんな自堕落な日々を送っていた、ある真夏日のこと。悪友のカズヤと家でいつものようにダラダラしていると、突拍子もなく「ヒッチハイクで日本横断しようぜ!」という話が飛び出した。なぜそんな話になったのか、今となっては思い出せない。ただ、その無謀な計画に、俺たちは異様に熱中したのだ。

計画の相棒、カズヤについて少し触れておこう。こいつも俺と同じ大学で、入学してすぐに意気投合した仲だ。絵に描いたような女好きで、「思考と下半身は別回路」を地で行く男。トラブルも絶えなかったが、妙に憎めない、底抜けに明るい性格で、裏表がない。だからだろう、女関係で揉めても、男友達は多かった。そんなカズヤと、どちらかと言えば内向的な俺が一番ウマが合ったのは、自分でも不思議だった。

さて、ヒッチハイク計画だ。計画と言っても、お世辞にも緻密とは言えない。まず飛行機で北海道へ飛び、そこからヒッチハイクだけで地元の九州を目指す。ただそれだけ。カズヤには「各県で最低一人の女の子と“合体”する」という、彼らしい下世話な目標もあったようだが…まあ、正直に言えば、俺も旅先での出会いに淡い期待を抱いていなかったわけではない。カズヤは長髪を後ろで束ねた、一見バーテンダー風の優男(実際にクラブでバイトしていた)。彼の隣にいれば、おこぼれに預かれることも少なくなかったのだ。

それから3週間。バイト先に無理を言って長期休暇を取り(俺はちょうど辞めるつもりだったので好都合だった)、北海道行きの格安航空券を手配し、巨大なバックパックに着替えやら何やらを詰め込んで、俺たちは機上の人となった。

札幌に着き、昼食を済ませて市内をぶらつく。慣れない飛行機に揺られたせいか、俺は早々に疲れを感じ、夕方にはホテルへ戻った。一方のカズヤは、待ってましたとばかりに夜の街へと消えていった。

その夜、カズヤはホテルに戻らなかった。翌朝、ロビーで再会した彼は、ニヤニヤしながら指でOKサインを作っている。どうやら昨夜の「成果」は上々だったらしい。

いよいよ、ヒッチハイクの旅が始まる。もちろん、二人とも人生初の経験だ。期待と少しの不安が入り混じり、妙に気分が高揚していた。綿密なルート設定などない。「乗せてくれる人が行くところまで」が、俺たちの唯一のルールだった。

しかし、現実は甘くない。親指を立てて待てど暮らせど、車は一向に止まってくれない。「昼間より夜の方が捕まえやすいのかな」なんて話していた矢先、開始から1時間半後、ようやく最初の車が停まってくれた。同じ市内までの短い距離だったが、南へ少し進めた。たとえ僅かでも、前進できたことが純粋に嬉しかった。

「夜の方が止まってくれやすい」という予想は、意外にも当たっていた。特に長距離トラックの運転手さんには本当にお世話になった。距離を一気に稼げるし、話好きで親切な人が多く、効率が格段に上がった。

3日目にもなると、俺たちはすっかり板についていた。長距離トラックの運転手さんにはタバコ、普通車のドライバーさんには飴玉、といった具合に、コンビニで仕入れた「心付け」を用意するようにもなった。特にタバコは喜ばれた。喋り好きなカズヤのおかげで、車内はいつも笑いが絶えなかった。女の子だけの車に乗せてもらう幸運にも何度か恵まれ、正直、楽しい思い出もできた。

4日目には本州へ上陸。コツを掴んだ俺たちは、その土地の名物を味わったり、銭湯を見つけては汗を流したりと、旅を満喫する余裕も生まれていた。宿泊は経費節約のため、基本的に二日に一度ネットカフェ。時折、親切なドライバーさんの家に泊めてもらうこともあり、人の温かさが身に染みた。

順風満帆に思えた旅。しかし、出発から約2週間後、甲信地方の山深い田舎道で、俺たちは生涯忘れることのできない恐怖を体験することになる。

その夜のことだ。2時間ほど前に寂れた国道沿いのコンビニで降ろされて以来、一台も車が捕まらない。加えて、まとわりつくような蒸し暑さ。俺たちは疲労と焦りでグッタリしていた。

「こんな山奥のコンビニで降ろされちゃ、たまんねえよな。さっきの人ん家に泊めてもらえばよかったかなぁ」カズヤが弱音を吐く。確かに、さっきのドライバーは「家はこの先10分くらい」と言っていた。だが、今さらどうしようもない。

時刻は深夜0時を回ったところ。俺たちは30分交代で、ヒッチハイク役とコンビニで涼む役に分かれることにした。事情を話すと、コンビニの店長さんは「頑張ってね。もし本当に困ったら、俺が市内まで送ってやるよ」と励ましてくれた。こういう人の情けが、心底ありがたい。

だが、それから1時間半が過ぎても、車はほとんど通らず、捕まる気配もない。カズヤは店長とすっかり話し込んでいる。いよいよ店長さんの好意に甘えようか、そう思い始めた矢先だった。一台のキャンピングカーが、コンビニの駐車場に滑り込んできたのだ。それが、あの悪夢の始まりだった。

運転席から降りてきたのは、60代くらいと思しき男。カウボーイハット風のつば広帽に、なぜかスーツ姿という、ちぐはぐな格好だ。俺はちょうど店内で立ち読みをしていて、その男の様子を何とはなしに見ていた。男は買い物カゴに、やたら大量の絆創膏や消毒液を放り込んでいる。1.5リットルのコーラも2本。会計中、男はじっと俺の方を見ている気がした。気味が悪く、俺は雑誌に目を落としたままやり過ごした。

男が店を出ていく。交代の時間だと外に出ると、駐車場でカズヤがその男と話していた。
「おい、乗せてくれるって!」
カズヤが興奮気味に言う。さっき感じた男への違和感は、疲労と眠気のせいか薄れていた。間近で見ると、人の良さそうな普通のおじさんにも見える。「ああ、キャンピングカーに乗ってるから、アウトドアっぽい帽子なのか」などと、妙な納得をしてしまった。

キャンピングカーに乗り込んだ瞬間、「しまった」と思った。
空気が、おかしいのだ。「何が」と問われても、言葉にするのが難しい。ただ、肌で感じる異様な雰囲気。ドライバー以外にも家族が同乗していた。キャンピングカーだから、それは予想していた。しかし…。

父:ドライバー。60代くらい。
母:助手席。見た目は70代。
双子の息子:後部座席。どう見ても40歳は過ぎている。

車内に入ってまず目に飛び込んできたのは、後部座席に座る双子の男たちだった。まったく同じギンガムチェックのシャツ、同じスラックス、同じ靴、同じ髪型(てっぺんが薄い)。そして、同じ無表情。寸分違わぬ姿勢で、まっすぐ前を見ている。カズヤも息を呑んだのが分かった。双子がいること自体はおかしくない。だが、この二人が醸し出す空気は、明らかに異常だった。

「ほら、座って」と促され、俺たちはその異様な家族の雰囲気に呑まれるように、後部座席の空いたスペースに腰を下ろした。

まず挨拶をすると、父が運転しながら家族紹介を始めた。助手席で前を向いていた母がこちらを振り返る。その姿に、さらにぎょっとした。ウェディングドレスを思わせる真っ白なサマーワンピース。そして、顔には歌舞伎役者のように白粉がべったりと塗られている。「バカ殿か?」と本気で思った。
極めつけは、その名前。「聖(セント)ジョセフィーヌ」と名乗った。ちなみに父は「聖(セント)ジョージ」だそうだ。

双子に至っては、言葉を失った。名前は「赤」と「青」。赤ら顔の方が「赤」、頬に青痣がある方が「青」なのだという。自分の子供に、そんな名前をつけるだろうか?

俺とカズヤは目配せした。――ヤバい、早く降りよう。
この家族は、狂っている。

主に話しかけてくるのは父と母だったが、俺たちは生返事を繰り返すのが精一杯だった。双子は一言も発さず、ただ黙って、まったく同じタイミング、同じペースでコーラのペットボトルをラッパ飲みしている。ゲップのタイミングまで揃った時、俺は背筋が凍るのを感じた。もう限界だ。

「あの、本当にありがとうございます。もうこの辺で降ろしていただけると…」
発車して15分も経たないうちに、カズヤが切り出した。しかし、父は「まあまあ、そう言わずに」としきりに引き止め、母は「熊が出るから!危ないわよ、今日と明日は!」と、意味不明なことを言い募る。

俺たちは腰を浮かせ、「本当に結構ですから!」と訴えるが、父は「せっかくなら晩餐を食べていきなさい」と言って、聞く耳を持たない。夜中の2時になろうという時間に、晩餐も何もないだろう。

双子のオッサンたちは、コーラを飲み干すと、今度は棒付きのペロペロキャンディを、これまた同じペースで舐め始めた。
「…これ、マジでヤバいだろ」カズヤが小声で囁く。俺は頷くことしかできない。父と母が矢継ぎ早に話しかけてくるため、二人で話す隙もないのだ。

一度、父の言葉が聞き取れず聞き返すと、「聞こえなかったのかッ!!」と、もの凄い剣幕で怒鳴られた。その瞬間、双子のオッサンが同時に「ケタケタケタ…」と甲高い笑い声を上げた。俺たちは確信した。この一家は、本気でヤバい。

キャンピングカーが、国道を逸れて細い山道に入っていく。さすがに俺たちは立ち上がった。
「すみません、本当にここで降ります!ありがとうございました!」運転席に詰め寄る。
しかし父は「晩餐の用意ができているんだから」と繰り返すばかり。母も「とっても美味しいのよ、ぜひ召し上がって」と引き止める。

「…いざとなったら、飛び出すぞ」俺たちは小声で覚悟を決めた。走行中は危険すぎる。車が停まった瞬間を狙うしかない。

やがて、キャンピングカーは山道を30分ほど走り、小川が流れる開けた場所で停車した。
「着いたぞ」父が言った。

その時。キャンピングカーの一番後ろ、トイレだと思っていたスペースのドアの向こうから、「キャッキャッ」と、甲高い子供のような笑い声が聞こえた。
――まだ誰か乗っていたのか!?
その事実に、心底ゾッとした。

「マモルもお腹すいたわよねー」と母。
マモル…この家族の中では、唯一まともな名前だ。幼い子供なのだろうか。
すると、それまで一言も発しなかった双子が、声を揃えて叫んだ。
「「マモルは出しちゃ、だぁ・あぁ・めぇ!!」」
奇妙な抑揚でハモっている。
「そうね、マモルはお体が弱いからねー」と母。
「あーーっはっはっはっは!!」父が突然、腹を抱えて笑い出した。

「ヤバい、こいつら完全にイッてる。フルスロットルだ」カズヤが呟いた。彼が使う隠語で、常軌を逸した人間を指す言葉だ。

促されるまま、俺たちは車外に出た。見ると、少し離れた川辺で、別の男が焚き火をしていた。まだ仲間がいたのか…絶望的な気分になる。異様に背が高い。2メートル近くあるだろうか。そして、父と同じテンガロンハット風の帽子にスーツという異様な出で立ち。帽子を目深に被り、表情は全く窺えない。焚き火の炎に、キャンピングカーのフロントに描かれた十字架が不気味に浮かび上がっていた。

男は『ミッキーマウス・マーチ』の口笛を吹きながら、大きなナイフで何かを解体していた。毛に覆われた足が見える。動物のようだ。猪か、野犬か…いずれにせよ、そんなものを食わされるのは御免だった。

逃げ出す算段を練っていたが、予想外の大男の出現と、その手にした大きなナイフに、俺たちは完全に萎縮してしまっていた。

「さあさ、席に着きたまえ!」父がテーブルらしきものを指さす。大男はナイフを置くと、傍らでグツグツ煮えている鍋に何かを加えて味見をしているようだった。

「あの、ちょっとションベンしてきます」カズヤが言った。
「逃げるぞ」という合図だ。俺も続く。
「早く済ませてらっしゃいね~」母の声が後ろから聞こえる。

俺たちはキャンピングカーの脇をすり抜け、森へ逃げ込もうとした。その瞬間――。
キャンピングカーの後部にある小さな窓に、内側から、バンッ!と何かが張り付いた。
異様に突き出た額。異常に低い位置にある両目。パンパンに膨れ上がった両手。それが、窓ガラスに顔と手を押し付け、叫んだ。

「マーーーマァーーーー!!!」

もはや限界だった。俺たちは文字通り、脱兎のごとく森の中へ駆け込んだ。
背後で父と母が何か叫んでいるが、振り返る余裕など微塵もない。

「ヤバイヤバイヤバイ…!」カズヤが喘ぎながら呟く。二人とも、木の根や石に躓き、何度も転んだ。
とにかく下へ、国道へ出よう。小さなペンライトの頼りない光だけを頼りに、がむしゃらに森を駆け下りた。

だが、考えが甘かった。あの広場からは、麓の街の明かりが近くに見えた気がしたのに、1時間近く走り続けても、一向に人工的な光は見えてこない。完全に道に迷ってしまったのだ。

心臓が張り裂けそうで、手足は鉛のように重い。俺たちはその場にへたり込んだ。
「…あのホラー一家、追ってくると思うか?」カズヤが息を切らしながら尋ねる。
「俺たちを食うわけでもあるまいし…追っては来ないだろ、映画じゃあるまいし。ただの、ちょっとイカれた連中だよ。…最後に見たアレは、マジでチビりそうになったけど…」
「荷物…どうすっかな」
「金と携帯は持ってるのが救いだ。…服とかは、諦めるしかないか」
「マジ、ハンパねぇわ…」
「ははは…」
極限状態だったのだろう。なぜか笑いがこみ上げてきた。ひとしきり馬鹿笑いした後、森特有のむせ返るような濃い匂いと、完全な暗闇に引き戻され、現実に直面する。

変な一家から逃げられたのはいいが、ここで遭難しては元も子もない。樹海じゃあるまいし、大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。
「朝まで待った方が良くないか?さっきのババアじゃないけど、熊はともかく、野犬とかいたらヤバい」
俺も一刻も早く下りたかったが、暗闇で無闇に進んで、またあの川原に戻ってしまうのも恐ろしい。手頃な倒木を見つけ、腰を下ろして夜明けを待つことにした。

しばらくは互いに喋っていたが、極度のストレスと疲労からか、次第に口数も減り、うつらうつらと意識が飛び始めた。

ハッと目が覚めた。反射的に携帯を見ると、午前4時過ぎ。周囲が白み始めている。
隣を見ると、カズヤがいない。一瞬パニックになったが、すぐ背後にカズヤが立っていることに気づいた。木の棒を手に、何かを警戒するように耳を澄ませている。
「どうしたんだ?」
「起きたか…聞こえないか?」
「何が…」
「シッ」
耳を澄ますと、微かに、しかしはっきりと聞こえた。口笛だ。『ミッキーマウス・マーチ』。あの、やけに上手いが、今は恐怖でしかない旋律。
「…あの大男の…」
「だよな」
「探してるんだよ、俺たちを!!」

再び、俺たちは森の中を猛ダッシュで駆け出した。明るくなってきたおかげで、昨日よりは足元が見える。転ぶ心配が減り、かなりのスピードで斜面を下った。

20分ほど走っただろうか。少し開けた場所に出た。今は使われていない、古びた駐車場のようだ。木々の隙間から、麓の街並みがうっすらと見える。だいぶ下りてこられたらしい。

「…腹、痛ぇ」カズヤが呻いた。もう我慢できないらしい。駐車場の隅に、これまた古びた公衆トイレがあった。俺も少し便意を感じていたが、いつあの大男が追いつくか分からない状況で、個室に入る気にはなれなかった。

俺が外で見張りをしている間に、カズヤが男子トイレの個室に入った。
「紙はあるけどよぉ…ガッピガピで、蚊とか死んで張り付いてんぞ…うぇっ。まあ、無いよりマシか…」
カズヤが悪態をつきながら用を足し始めた、その時。
「なぁ…誰か泣いてねぇか?」個室の中からカズヤが大声で言った。
「は?」
「いや、隣の女子トイレだと思うんだけど…女の子がしくしく泣いてる声、しねぇ?」

言われて耳を澄ますと、確かに聞こえた。女子トイレの方から、か細い、しかしはっきりとした女の子の泣き声がする…。
カズヤも俺も黙り込んだ。誰かいるのか?なぜ、こんな山奥の廃トイレで泣いている?
「なぁ…お前、ちょっと見てきてくれよ。だんだん泣き声、酷くなってきてるだろ…」

正直、不気味だった。だが、もし本当に女の子が一人で困っているのなら、放ってはおけない。俺は意を決して女子トイレに入り、泣き声がする個室のドアをノックした。
「すみません…どうかしましたか?」
返事はない。すすり泣きだけが続く。
「あの、気分でも悪いんですか?大丈夫ですか?」
問いかけると、泣き声はさらに激しくなるばかりで、応答はない。

その時、駐車場の上へと続く道から、車のエンジン音が聞こえてきた。
「出ろッ!!」
嫌な予感が確信に変わる。俺は女子トイレを飛び出し、カズヤの個室のドアを激しく叩いた。
「んだよ!」
「車の音だ!万が一ってこともある、早く出ろ!!」
「わ、分かった!」
数秒後、カズヤが青ざめた顔でズボンを上げながら飛び出してきた。ほぼ同時に、坂道を下ってくる、あの忌まわしいキャンピングカーが見えた。

「…最悪だ…」
今、森へ逃げ込んでも、確実に奴らの視界に入る。選択肢は一つ。死角になっているトイレの裏手に隠れるしかない。
泣いている女の子を気遣う余裕は、もうなかった。俺たちはトイレの建物の裏側へ回り込み、息を殺して身を潜めた。裏手はすぐ5メートルほどの崖になっており、足場は俺たちが立つのがやっとだ。

頼む、気づくな、通り過ぎてくれ…!

「オイオイオイ、見つかったのかよ!?」カズヤが小声で震える。
キャンピングカーのエンジン音が、駐車場で止まった。ドアが開閉する音。そして、複数の足音がトイレに向かってくる。

よほどのことがない限り、わざわざこんな裏側まで見に来るはずはない。もし俺たちに気づいて近づいてきているなら、最悪、崖を飛び降りるしかない。怪我はするかもしれないが、捕まるよりはマシだ。

用を足しに来ただけだと思いたい。そう祈るしかなかった。
しかし、女子トイレの女の子の泣き声は、一向に止む気配がない。あの子が、あの変な奴らに何かされるんじゃないか?気が気ではなかった。

男子トイレに誰かが入ってきた。声からして、父だ。
「やぁ、実に気持ちが良い!ハ~レルヤ!ハ~レルヤ!」
小用を足しているらしい陽気な声。
その後、複数の足音が個室に入る音がした。双子のオッサンたちだろう。

もう、女の子の存在はバレているはずだ。女子トイレの方からは、母の「あら、紙が無いわ!」という声も聞こえた。女の子は、まだ泣きじゃくっている。
やがて、父も双子らしき男たちも、トイレを出て行った気配がした。

――おかしい。女の子に対する反応が、全くない。
母もトイレから出ていき、一家の話し声が少し遠ざかった。気づかないはずがない。現に、まだ泣き声は続いているのだ。

俺とカズヤが顔を見合わせていると、父の声が聞こえた。
「…○○(聞き取れない)を待つ。もうすぐ来るから」
何を待つというのだろう。双子のオッサンたちが何かグズっているような声も聞こえる。やがて、「バチン!」という平手打ちの音と、恐らく双子のどちらかの泣き声が響いた。

悪夢だ。楽しいはずだったヒッチハイクが、なぜこんなことに…。
それまで恐怖に支配されていた心に、じわじわと怒りがこみ上げてきた。

「…あのキャンピングカー、ぶん獲って山降りるか?あのジジイども、ぶん殴ってでも。大男がいない今がチャンスじゃねえか?待ってるって、大男のことじゃねえのか?」
カズヤが囁いた。確かに一理ある。しかし、向こうが俺たちに気づいていないなら、このまま隠れてやり過ごすのが得策に思えた。それに、女の子のことも気になる。奴らが去ったら、何としても確かめるつもりだった。
俺の考えを伝えると、カズヤはしぶしぶ頷いた。

それから15分ほど経っただろうか。
「あら、△△(聞き取れない)ちゃん、来たのね~!」母の弾んだ声がした。待っていた相手が到着したらしい。
何やら楽しげな話し声が聞こえるが、内容はよく分からない。再び、トイレに向かってくる足音がした。

ミッキーマウス・マーチの口笛。――アイツだ!!
軽快な口笛と共に、大男が男子トイレに入り、用を足している音がする。
その瞬間、女子トイレの女の子の泣き声が、ひときわ激しくなった。なぜだ?なぜ誰も気づかない?

やがて、女の子の泣き声は、断末魔のような絶叫に変わり……そして、フッと消えた。

何かされたのか?見つかったのか!?いや、大男は男子トイレにいる。他の家族が女子トイレに入った気配もない。
口笛と共に、大男がトイレを出て行った。

女の子が連れ出されたのではないか?心配になり、危険を承知で、一瞬だけトイレの裏から顔を覗かせた。テンガロンハットにスーツ姿の大男が、キャンピングカーの方へ歩いていく背中が見える。

「ここだったよなぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!!」
不意に、大男が駐車場に向かって叫んだ。俺は慌てて頭を引っ込めた。ついに見つかったか!? カズヤが木の棒を握りしめる手に力が入る。

「そうだそうだ!!」
「罪深かったわよねぇ!!」
父と母の声が応える。双子の甲高い笑い声も。

「泣き叫んだよなぁァァァァァァァァァ!!」と、大男。
「うんうん!!」
「泣いた泣いた!!悔い改めたのよ!!ハレルヤ!!」
父と母。再び双子の笑い声。

何を言っているんだ…?どうやら、俺たちのことではないらしい。

やがて、キャンピングカーのエンジン音が響き、車は坂道を下って走り去っていった。

辺りはもう、完全に明るくなっていた。一家が去ったのを慎重に確認し、俺は女子トイレに飛び込んだ。
全ての個室のドアを開ける。鍵は壊れていて、意味をなしていない。中は空っぽだ。誰もいない。
そんな馬鹿な…。

後から入ってきたカズヤが、俺の肩を叩いて呟いた。
「なぁ…お前も、薄々気づいてたんだろ? 女の子なんて、最初からいなかったんだよ」

二人して幻聴を聞いたとでもいうのか?確かに、あの異様な一家の、女の子に対する無反応ぶりを考えれば、それも有り得るのかもしれない。だが、あんなに生々しい泣き声を、幻聴で聞くことなどあるのだろうか…。

駐車場から続く道を下れば、確実に国道に出られるはずだ。だが、再びあのキャンピングカーに遭遇する可能性を考えると、躊躇われた。俺たちは、あえて再び森の中を突っ切ることにした。街はもうすぐそこに見えている。明るいし、迷うことはないだろう。

無言のまま、森を歩くこと約2時間。俺たちは、ついに国道へ出ることができた。
しかし、着替えも荷物もない、泥まみれの姿だ。頭に浮かんだのは、あの親切なコンビニの店長さんの顔だった。

国道は、朝になって交通量が増えてきている。あんな目に遭った後で、再びヒッチハイクをするのは気が引けたが、幸いにもすぐに一台のトラックが停まってくれた。
ドライバーは、俺たちの汚れた姿を見て一瞬戸惑ったようだが、事情を話すと(もちろん、山でキャンプ中に道に迷ったということにした)、快く乗せてくれた。そのコンビニなら知っているし、よく利用するとのことだった。

約1時間後、俺たちは見覚えのあるコンビニに到着した。店長さんは俺たちの姿を見て驚いていた。キャンピングカーの件を知っているはずなので、正直に一部始終を話した。しかし、話しているうちに、店長さんの顔が怪訝なものに変わっていく。

「え?キャンピングカー?いやいや、君たち、あの時、急に店を出て国道の方へ歩いて行ったじゃないか。俺が送るって言ったのに、気を使ったのかなと思ってさ。10メートルくらい追いかけて声かけたんだけど、無視するもんだから、こっちも正直、ちょっとカチンときちゃってね。どうしたのさ、一体?(笑)」

……どういうことだ?俺たちは確かに、あのキャンピングカーがコンビニに停まり、あの父がレジで会計をするのを見ていた。会計をしたのは、目の前にいる店長のはずだ。もう一人いたバイトの子は、今はいないようだ。

店長もグルなのか…?一瞬、疑念が胸をよぎる。カズヤと顔を見合わせる。
「すみません、ちょっとトイレ…」カズヤが俺をトイレに連れ込んだ。
「どう思う?」
「店長が嘘ついてるとも思えんが…万が一、奴らの仲間だとしたら?でも、何でそんな手の込んだ真似を?…まあ、どっちにしろ気味悪いな。大事をとって、さっきのトラックの運ちゃんにもう少し乗せてもらおうぜ」

それが最善に思えた。意見が一致し、トイレを出ようとした、その瞬間。
隣の個室から、水を流す音と共に、あの口笛が聞こえてきたのだ。『ミッキーマウス・マーチ』。

周囲が明るいせいか、恐怖よりも先に怒りがこみ上げてきた。カズヤも同じだったようだ。
「開けろオラァ!!」
カズヤがドアをガンガン叩く。ガチャリとドアが開く。
「な…なんすか!?」
そこに立っていたのは、制服を着た地元の高校生だった。
「あ…いや、ごめんごめん、ははは…」カズヤがバツが悪そうに苦笑いする。
幸い、この騒ぎは外には聞こえていなかったようだ。

高校生に謝り、俺たちは店長と談笑しているドライバーさんの元へ戻った。
「店長さんにご迷惑かけても悪いですし、お兄さん、もう少し先の街までお願いできませんか!? これ、つまらないもんですけど!」
カズヤはそう言うと、ドライバーが吸っていた銘柄のタバコを1カートン、レジで購入して差し出した。交渉成立だ。

例の一家について、警察に届け出る気はさらさらなかった。あまりにも現実離れしているし、何より、一刻も早く忘れたい出来事だった。バックパックの中身が心残りではあったが…。

ドライバーさんのトラックは、ちょうど市街地へ向かうところだったのも幸運だった。タバコの差し入れに気を良くしたのか、上機嫌で運転してくれた。
いつの間にか、俺たちは後部座席で眠ってしまっていた。

ふと目が覚めると、トラックはドライブインの駐車場に停まっていた。ドライバーさんが焼きそばを3人分買ってきてくれて、車内で食べた。

再び車が走り出す。カズヤはまた眠りに落ちたが、俺は眠れなかった。窓の外を流れる景色を見ながら、あの悪夢のような出来事を反芻していた。一体、あの家族は何だったのか。トイレで聞こえた女の子の泣き声は…。

「あっ!!」
考えが吹き飛び、俺は思わず声を上げていた。
「どうした?」ドライバーさんが怪訝な顔をする。
「止めてください!!」
「は?」
「すみません、すぐ済みますから!!」
「まさかここで降りるのか?まだ街は先だぞ」
ドライバーさんは訝しがりながらも、トラックを路肩に寄せてくれた。
このやり取りでカズヤも目を覚ました。
「どうしたんだよ?」
「あれ、見ろよ」

俺が指差した先を見て、カズヤは息を呑んだ。
道路脇に打ち捨てられた、古びたドライブインの廃墟。その脇に、あのキャンピングカーが停まっていた。
間違いない。色、形、フロントに描かれた十字架…。
だが、何かが決定的に違った。

車体は、まるで何十年も雨風に晒されていたかのように、ボロボロに朽ち果てている。塗装は剥げ落ち、錆が浮き、全てのタイヤはパンクして潰れ、窓ガラスは一枚残らず割れていた。

「すみません、5分だけ、5分だけ時間ください!」
ドライバーさんに断り、俺たちはトラックを降りて、その廃キャンピングカーへと駆け寄った。
「…どういうことだよ、これ…」カズヤが呆然と呟く。俺だって聞きたい。

近づいて細部を確認する。間違いなく、昨夜俺たちが乗った、あの忌まわしいキャンピングカーだ。
周囲は明るく、国道を走る車の音も聞こえる。恐怖よりも、「なぜ?」という強烈な好奇心が勝っていた。

錆びついて軋むドアを力を込めて引き開ける。酷いカビと埃の匂いが鼻をついた。車内を覗き込む。
「オイオイオイ…リュック!!俺らのリュックじゃねえか!!」カズヤが叫んだ。

…確かに、後部座席には、俺たちが車内に置いて逃げたはずのバックパックが二つ、転がっていた。
しかし、それらも車体と同様に、まるで何十年も放置されていたかのように、ボロボロに朽ち果てていたのだ。生地は色褪せて破れ、カビが生えている。中身を確認すると、衣類も日用品も、全てが同じように劣化し、触れると崩れそうだった。

「…どうなってんだよ、マジで…」
カズヤが再び呟く。もう、何が何だか分からない。脳が正常な思考を拒否している。
ただ、一刻も早くこの場所から、この呪われたような車から離れたかった。

「行こう、早く」
カズヤも完全に怯えている。車内から出ようとした、その時。
キャンピングカーの一番奥、あの「マモル」がいたと思われる、閉ざされたドアの向こうで、「ガタッ」と、何かが動く音がした。

開ける勇気など、あるはずもなかった。
恐怖で半ばパニックになっていた俺たちには、猫か何かの物音だったのかもしれない。
だが、その瞬間、確かに、あのドアの奥から、そう聞こえたのだ。

「マ ー マ ! ! 」

俺たちは悲鳴を上げながらトラックへと駆け戻った。
乗り込むと、なぜかドライバーさんも顔面蒼白になっているように見えた。
無言でトラックを発進させるドライバーさん。

「何かあったか?」
「何かありました?」
俺とドライバーさんの声が、同時に重なった。ドライバーさんは引きつった笑みを浮かべ、
「いや…俺の見間違いだと思うんだけどさ…あの廃車…お前さんたち以外、誰もいなかったよな?いるわけないんだけど…いや、やっぱ何でもないわ」
「気になります、言ってくださいよ」カズヤが食い下がる。
「いやさ…見えた気がしたんだよ。カウボーイハット?ってのか?ああいうのを被った人影がさ、あの車の中に…気のせいだとは思うんだけどな。で、何故かゾクッとした瞬間、俺の耳元で口笛が聞こえてよ…」
「…どんな感じの、口笛でした?」俺は唾を飲み込んで尋ねた。
「曲名は知らねえけどよ、(口笛で)♪~こんな感じの…いやいやいや、ほんと、何でもねえんだって!俺も疲れてんのかね」
ドライバーさんは笑って誤魔化そうとしたが、彼が吹いてみせた口笛は、紛れもなく『ミッキーマウス・マーチ』だった。

その後30分ほど、車内は重苦しい沈黙に包まれた。
市街地が近づいてきた頃、最後にどうしても聞いておきたいことを、俺はドライバーさんに尋ねてみた。
「あの、最初に乗せてもらった国道の近くに、山がありますよね?」
「ああ、あるな。それがどうかしたか?」
「あそこの山で、昔、何か事件とかってありました?」
「事件…?いやあ、聞かねえなあ…。山っつっても、あの辺は三つくらい連なってるからな。あー、でも、大分昔に、どっかの山のトイレで若い女の人が殺されたって話は聞いたことあるような…それくらいか?あとはまあ、普通にイノシシの被害だな。怖いぞ、野生のイノシシは」
「女の人が殺されたのって…」
「トイレですか?」
俺の言葉を遮るように、カズヤが食い気味に尋ねた。
「ああ、確かそうだったと思うぞ。…なんで知ってんだ?」

市街地まで送ってもらい、丁重に礼を言ってドライバーさんと別れた。解放感と疲労感で、その夜はホテルで泥のように眠った。
翌々日には、俺たちは新幹線を乗り継いで、故郷の九州へ帰り着いていた。

悪夢のような出来事は、なるべく思い出したくなかったが、今でも時折、ふと思い出してしまう。
あの異様な一家は、一体何だったのか?実在した変人たちなのか?それとも、俺たちが見た幻だったのか?あるいは、この世ならざる者…?
あの山のトイレで確かに聞こえた、女の子の泣き声は何だったのか?ドライバーさんが言っていた、殺された女性の霊だったのだろうか?
そして、朽ち果てたキャンピングカーと、同じように朽ちていた俺たちの荷物…。あれは、一体何を意味していたのだろう?

あれから7年。30歳も目前になった俺たちは、なんとか就職もでき、今はごく普通の社会人として暮らしている。カズヤとは今でもたまに飲みに行く仲だ。先日も合コンで上手くいったと、いつもの調子で騒いでいた。あんな悪夢のような旅の後でも、こいつの底抜けの明るさには、ずいぶん救われた気がする。

ただ、あの夏の記憶は、消えない傷跡を残した。
カズヤは、今でもキャンピングカーを見ると気分が悪くなるらしい。
そして俺は、あの『ミッキーマウス・マーチ』がトラウマになった。
♪~チャンララン チャンララン チャンラランララン…
先日の合コンでも、隣に座った女の子の携帯の着信音がそれで、心臓が縮み上がる思いをした。

今でも時々、夢に見る。あの不気味な一家と、特に、あの甲高い大男の口笛の音を。

(了)

[出典:836 本当にあった怖い名無し 2009/12/24(木) 22:12:17 ID:NNdtlw3F0]

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