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百メートル橋の女 r+3,164

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高校の頃、俺は陸上部で短距離をやっていた。

夜になっても、ひとりで黙々と走っていた。部が終わったあと、帰宅して飯をかきこんで、家の近所の道を全力疾走。
そのなかでも、とくにお気に入りだった練習場所がある。

街はずれに架かる古い橋。車道の脇にある幅の狭い歩道。街灯は少なく、夜は黒く沈んで見えた。
でも、ちょうど百メートルある。
部活の練習ではなかなかできない距離を、思い切り走るには最適だった。

その橋は、ちょっとした有名スポットだった。

「自殺の名所」

……というやつだ。

川面から三〇メートルほどの高さ。欄干は古く、隙間が広くて、乗り越えるのも容易そうだった。
橋の真ん中には、いつも花が添えられていた。ちいさな瓶にさした花。枯れていれば、数日で誰かが新しいものに替えていた。
たぶん、遺族か、近隣の人か。あるいは、幽霊を恐れた誰かかもしれない。

でも、そんなこと俺には関係なかった。
ただ速くなりたかった。幽霊がなんだ、死者より速ければ追いつかれはしない。
そんな中二めいた精神論を本気で信じてた。

ある晩、いつものようにアップを終え、スパイクを履き替え、最初のダッシュを決めようとしたときだった。

向こう側の歩道、白いワンピースを着た女が走っていた。
ぬるりとした黒髪、夜の空気にふわりと揺れながら、橋の中心に向かって一直線。
正直、幽霊かと思った。脚があるようにも見えたけど、どうにも輪郭が曖昧で、生身の人間には見えなかった。

……でも、彼女が橋の中央に辿りついた時、周囲から数人の人影が現れた。

カメラ、マイク、照明──

映画の撮影か何かだった。

ただ、連中の雰囲気がおかしかった。
笑っていた。騒いでいた。だが、その笑いの中に妙な含みがあった。

「あれ、ジャマだよね」

「でも、触ったらヤバいって!」

「いーからwポイしちゃお♪」

そのうちの一人が、橋の真ん中に近づき、そこに置かれていた花瓶を掴んで、勢いよく投げ捨てた。
ざぱん、と音がして、川面が揺れた。

胸が冷たくなった。
あの花、昨日まで確かにあった花だった。
死者を悼む花。それを、ただの小道具みたいに放り投げやがった。

その晩は、それだけで終わらなかった。

翌日、俺は代わりの花を探して、橋へ向かった。
すこしでも、気休めになればと思っていた。俺なりの贖罪だった。

ところが──

橋に着いた瞬間、目が釘付けになった。
昨日までひっそり添えられていたはずの花の場所。
そこには、山のような花束が積まれていた。濁った色、腐りかけの茶色い花、そして真っ白な包み紙だけが異様に新しい。

不気味だった。誰がやった? なぜこのタイミングで?

花を一束、地面に置いて、逃げるようにその場を離れた。

そして、振り返って見たものは──

欄干の隙間から、何かが這い上がってくるのが見えた。
細く、白く、ひどく長い。腕のようなもの。
次いで、濡れた黒髪が橋の上にずるりと落ちてくる。
水音。ぶちぶちという音。
それから、頭。青白い顔、歪んだ表情。そして、口元が──俺の花を、貪っていた。

「うぅぅ……おぉ~ん……」

喉の奥から搾り出されるような声が、骨を伝って響いた。
そいつは頭と髪ごと、ずりずりと欄干の向こうへ引き摺られていった。

とっくに限界だった。俺は全力で逃げた。走りながら涙と鼻水と……いや、ほんとに小便も漏れた。まじで。

次の日、母さんに言われた。「あの橋、行っちゃ駄目」
近所の人が、橋の上で『何かが燃えていた』のを見たらしい。

燃えていたもの。もしかして──あの枯れた花束?

それがどんな火だったのか確かめたくて、俺は再び橋へ向かった。
一人では無理だったから、陸上部の友人を連れて。二人乗りで。

中間点から少し離れたところで止まり、遠目に観察。

すると、白い紙のようなものが、地面に沿って並んでいた。風が吹いているのに、紙は一枚も飛ばされない。
近づいて分かった。紙は地面に釘で打ち付けられていた。

おそるおそる、一枚を剥がして、裏をめくった。

そこにあったのは──真っ赤な手形。

幼児のように小さな手。その中心を、ちょうど釘が貫いていた。

友人も別の紙を見ていた。そこにも手形、足形、そして奇怪な鳥の絵。古代の呪符のようだった。

「うあ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

突如、女の絶叫が響いた。欄干の隙間に、あの女の顔。
白く変形した頭、口だけが異様に開き、歯だけがギラギラと白く光っていた。

俺も、友人も、無我夢中で逃げた。

あとからわかったことだが、逃げた先は真逆だった。
俺は家へ、奴は川の対岸へ──
やがて、橋の中央に放置された自転車のことを思い出した友人から電話が来る。

……そう、思った。

だが、着信画面には『圏外』と表示されていた。

通話に出ると、女の絶叫だけが鳴り響いた。

その長さは、人間の肺活量を超えていた。

携帯を切って、俺は自転車を捨てて、車道を走った。
橋の真ん中、あの呪符の上を通らないよう、ひたすらに──

そして、暗闇の中から友人が現れた。

影だと思って逃げたのは、彼だった。

「電話? バッグに入れてたよ」

ポケットに入っていた携帯を見る。
通話履歴。あった。だが、その番号は──『非通知』。

俺が会話していた相手は、いったい誰だったんだ。

その晩、二人とも紙を持ち帰っていた。呪符。無意識に、ポケットに。

すぐに焼いた。塩を撒いた。
それ以降、不思議なことは起きていない。

……だが、あの橋には、もう二度と近づかない。

歩いて渡るなど、もってのほかだ。

あの白い女の歪んだ顔が、今も夢に出てくる。

──まだ、あの橋にいる。
何かを、待っている。

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