写真の中の手は、最初は飯島の肩に乗っていた。
そう言うと、たいていの人は気味の悪い作り話だと思うらしい。私も九年前までは、誰かがそんな話をしたら笑って聞き流していたはずだ。だが、あの一枚だけは今も捨てられない。捨てるたびに、なぜか机のいちばん下の引き出しに戻ってくるからだ。
当時、私は保険会社の営業所で課長をしていた。数字は悪くなかった。部下にも恵まれていたと思う。飯島、高橋、姫川の三人は特に近く、仕事終わりに飲みに行くことも多かった。
最初に箱を見たのは、四人で飲んだ帰りだった。店を出たあと、飯島が「見せたいものがあるんですよ」と言って、自宅に私たちを連れていった。古い木造アパートの一室で、押し入れの奥から持ち出してきたのが、両手に乗るくらいの木箱だった。
黒ずんだ木肌に、細い溝が何本も走っていた。寄木細工のようにも見えたが、きれいではなかった。部品ごとに木の色が違い、ひとつだけ向きを間違えた骨が混ざっているような、落ち着かない形をしていた。
「兄貴に、絶対いじるなって言われてるんです」
そう言いながら、飯島は笑っていた。酔っていたせいもあるだろうが、妙に機嫌がよく、箱を指で撫でながら、開け方を探ること自体を楽しんでいるように見えた。
私は触りたくなかった。理由は説明しにくい。ただ、木目を目で追っているうちに、箱ではなく、何かの背中を見ているような気がした。黙っていた高橋まで「それ、今日やるのやめたほうがよくないですか」と言ったくらいだから、場の空気がおかしかったのは私だけではない。
姫川が冗談めかして「そういうのって、開けたら終わりなんじゃないですか」と言うと、飯島は笑ったまま、箱を抱えて立ち上がった。
「終わるなら終わるで見たいんですよ。こういうのって」
その日はそこで解散した。私は帰りの電車の窓に映る自分の肩を、なぜか何度も見た。
数日後、四人で夜桜を見に行った。高橋が古いポラロイドカメラを持ってきていて、記念に何枚か撮ろうという話になった。最初の一枚は、現像が上がった時点で全体がぼんやり赤かった。酔っていた誰かがレンズを指で触ったのだろうと笑って捨てた。二枚目も同じだった。三枚目はもっとひどく、顔の位置だけが暗く沈み、輪郭のまわりが赤く滲んだ。
高橋が「フィルム終わってるな」と言って、最後に試しで飯島だけを撮った。
出てきた写真を見たとき、四人とも声が出なかった。
飯島は、こちらを向いて立っていた。顔はいつもの笑顔だった。だが、左肩の上にだけ、子供の手のようなものが乗っていた。小さく、細く、指が不自然に長い。色だけが妙に鮮やかで、黄色というより、古い紙を水に浸して剥がしたような色だった。
合成だの光線だのと言える写り方ではなかった。肩に置かれた手が、布地の上から体重をかけているように見えた。飯島本人も、それを見た途端に黙った。
その場で写真は燃やそうという話になったが、飯島が「いや、もらう」と言ってポケットに入れた。冗談にするには、全員が静かすぎた。
翌日の昼休み、飯島は自分からあの箱のことを話し出した。昨夜のうちに開いたのだという。
「袋が入ってたんですよ。小さい布袋が何個も。ひとつに紙が巻いてあって、古い字で何か書いてあった。読めたのは、『天皇ノタメ名誉の死ヲタタエテ』ってところだけです」
そこで一度、飯島は口を閉じた。
私が何も言わずにいると、飯島は続けた。
「袋の中、爪でした。髪も。けっこう入ってたんで、気持ち悪くて、朝イチで焼却炉に捨てました」
そのとき、飯島は笑わなかった。指先だけが落ち着かない様子で、何もない肩を何度か払っていた。
その日の夜、飯島は事故で死んだ。
居眠り運転のトラックに横から突っ込まれたと聞いた。即死だったらしい。通夜の席で顔を見たが、左の肩口だけ喪服の上からでもおかしく見えた。盛り上がっているというか、誰かが後ろから指をかけているように布が引かれていた。気のせいだと思いたかったが、焼香の列に並んでいるあいだじゅう、私はそこから目が離せなかった。
遺族が、部屋にあったものを引き取ってくれないかと言ってきた。箱のことだとすぐわかった。高橋も姫川も嫌がったので、私が受け取った。
家に持ち帰ったその夜、箱は押し入れに入れたはずなのに、夜中に目が覚めると枕元にあった。夢だと思って電気をつけたが、本当にあった。私は箱に触れず、タオルで包んで朝まで見ないようにした。
寺に持ち込んだのはその翌日だ。住職は事情を聞き終える前に箱を見て、しばらく黙っていた。ようやく口を開いたときも、供養するとも処分するともしなかった。
「写真はありますか」
そう訊かれた。私はポラロイドを渡した。住職は写真を見た瞬間、箱より先にそれを伏せた。
「これは、もう持ち歩かないでください」
それだけだった。箱については何も言わなかった。ただ、預かるとも言わず、最終的には持ち帰らされた。帰り際、私は箱を寺に置いて帰ろうかと思ったが、玄関を出る前に、なぜかそれができなくなった。自分のものではないのに、置いていくことがひどく悪いことのように思えた。
そのあと姫川が火事で死に、高橋は妻子を亡くした。高橋とは最後に一度だけ会ったが、ひどく痩せていて、開口一番にこう言った。
「課長、まだ持ってるんですか」
箱のことだとわかった。私はうなずいた。高橋はそれ以上何も言わなかったが、別れ際に私の肩の後ろを見て、一歩だけ下がった。
それからしばらくして、高橋も死んだ。
残ったのは私だけだった。
箱は今も手元にない。ある日、鍵をかけたロッカーに入れ、そのまま処分を頼んだ。搬出の記録も残っている。だが、なくなったと確信するたび、別の形で戻ってくる。髪の毛が机の中にあるとか、焼いたはずの布袋の切れ端が上着のポケットに入っているとか、そういうことではない。
写真だ。
あのポラロイドは、最初は飯島の肩にだけ手があった。何年もそうだった。だが、見返すたびに位置が変わる。最初は肩口だった指先が、次に首筋にかかり、今は背中の後ろから覗き込むように写っている。
先月、とうとうおかしなことに気づいた。
写真の中に、飯島が二人いる。
立っている飯島の後ろ、桜の影のほうに、もう一人、ぼんやり同じ顔がある。前からあったのか、最近できたのか、私にはわからない。ただ、その後ろの飯島は、こちらを見ていない。私の背中のほうを見ている。
それを見てから、自宅で写真を撮れなくなった。スマートフォンの内カメラを開くと、肩のあたりだけ色が浅くなる。ネクタイを締めて出勤前に一枚撮ると、布地の上に、黄ばんだ細い指が半分だけ重なっていることがある。消しても、次に撮ると少し位置が上がる。
誰にも見せていない。見せたら、今度はそちらに移る気がするからだ。
それでも、こうして書いた。
書けば少し遠ざかると思ったからだ。実際、書いているあいだは肩が軽かった。だが、さっき原稿を保存する前に、画面の黒い反射に自分の姿が映った。
私の肩には何もなかった。
その少し後ろに、手があった。
(了)