七月の終わり、土曜日の午前中。
Aから連絡が来る。十年前から変わらない文面で、「今年も行くぞ」とだけ書かれている。
年に一度しか会わない友人が二人いる。
AとB。高校の同級生だった……はずの二人だ。
集合はいつも同じ場所。郊外の大型スーパーの駐車場。
俺が先に着き、しばらくしてAが来る。Bは少し遅れて合流する。三人で食料と酒を買い込み、長野の山へ入る。
未整備の原生林。人の気配はなく、夜は焚き火の爆ぜる音しかない。
二泊三日、火を囲みながら昔話をする。
文化祭で作ったお化け屋敷。初詣でBが酔いつぶれた夜。Aの家に集まって延々とゲーム『ポピュラス』をやったこと。
三人しか知らないはずの細部まで、妙に一致する。笑いながら、確認し合うように語る。
今年も同じ流れだった。
だが、最初のキャンプの話になった瞬間、空気がわずかに濁った。
「俺は大学院を出てすぐだから二十五だな」とAが言う。
「いや、俺が東京から戻ったのが二十七だ。その年の夏だろ」と俺が返す。
「違うって。俺の結婚式の年だよ。二十九」とBが笑う。
数字が揃わない。
なのに、出来事だけは揃う。
焚き火の火が落ちかけたころ、Aが唐突に言った。
「なあ、お前ら何年生まれだっけ」
軽い調子だった。だが俺が「昭和四十七年」と答えた瞬間、Bの手が止まった。
Aは四十三年生まれ、Bは四十九年生まれだと言う。
四つ違い。高校の同級生というには、噛み合わない。
「高校、○○だったよな」
Bが言いかけると、Aが遮った。
「お前、△△だろ」
財布から免許証を出す。
三人同時にテーブル代わりのクーラーボックスに並べる。
生年は違い、卒業校も違っていた。
それでも、俺は確信している。
あの教室で、窓際の席に座っていたAの横顔を覚えている。Bが廊下で教師に叱られていた日の空気も、確かに知っている。
三人で昼休みにパンを分け合った。放課後、誰もいない校庭でボールを蹴った。
だが、共通の友人の名前がひとつも出てこない。
担任の名前も、部活の顧問も、曖昧なままだ。
思い出せるのは、三人の場面だけだ。
夜が深まるほど、記憶は濃くなる。
濃いのに、支えがない。
最終日の朝、頭が重かった。
テントの外に出ると、焚き火の跡が冷えている。
Bの寝袋がない。荷物もない。
「先に帰ったんじゃね」
Aが言う。声は平板だった。
地面には、俺とAの足跡しかない。
三人分のはずの空間に、二人分しか残っていない。
帰宅してから、Bの連絡先を探した。
スマートフォンの履歴に、Bの名前はなかった。写真フォルダにも、三人で写った画像は一枚もない。
あるのは、俺とAが並んだ写真だけだ。
Aからメールが来た。
「来年もやるぞ。十一周年」
Bのことは書かれていない。
俺が返信で「Bは?」と打ちかけて、消した。
本当に三人だったのか。
それとも、毎年、どちらかが入れ替わっているのか。
そもそも、十年前に最初に誘われたのは誰だったのか。
鏡を見る。
映っている顔は、見慣れているはずなのに、文化祭の記憶の中の「俺」と微妙に違う。
来年の七月、Aから連絡が来るだろう。
そのとき、俺は何人分の記憶を持っているのか。
火を囲んで笑っている三人のうち、誰が、いま読んでいるあなたなのか。
[出典:571 :本当にあった怖い名無し:2009/10/04(日) 00:39:26 ID:CGPgCMkW0]