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赤く塗られた窓 r+4,296

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小学四年の夏、俺たちは郊外の新興住宅地に引っ越した。

丘陵を切り崩して造られたばかりの街で、家々はみんな真新しく、植え込みもまだ痩せた苗木のように細かった。舗装の匂いが夕立のたびにむっと立ち上がり、夜は虫の声よりも、どこか遠くから聞こえる工事の残響のようなものが支配していた。

近所に二つ年上の女の子がいた。黒髪を肩で切りそろえた、大人びた顔立ちの子で、最初に会った日のことを今も覚えている。新居の段ボールを開けていた母の背中越しに、玄関先からひょっこり顔を覗かせ、にやりと笑って「遊ぼう」と言った。あの笑顔が、あれから何年経っても、頭の中で不気味に鮮明だ。

その住宅地には子どもが少なく、同年代は俺と彼女くらいだった。自然とよく一緒に遊んだ。鬼ごっこや自転車の競争。夏は蝉を捕まえ、冬は公園の砂場に雪を積んだ。彼女は中学に上がっても、外で会えば笑顔で挨拶をしてくれた。年上らしい距離感を保ちつつ、時々からかうような視線を投げる。俺はそのたびに、なぜか少し緊張した。

高校に入ってからは塾通いを始めた。授業が終わるのは夜の九時過ぎ。真っ直ぐ帰ればいいものを、俺はよく住宅地裏の高台にある公園へ寄り道した。ベンチに腰掛け、コンビニで買ったパンを齧りながらジュースを飲み、携帯ゲームをいじる。公園からは住宅地全体が見渡せ、灯りのひとつひとつがどこか水槽の中の魚のように、静かに瞬いていた。

あの日も、そんな寄り道のひとつだった。九月。夏休みが終わってしばらく経った、湿った夜のことだ。遠くで犬が鳴いていた。公園の柵に肘を置き、何とはなしに住宅地の方を見下ろした。すると、見覚えのあるシルエットが目に入った。

あの彼女だった。二階の窓の向こうに立っていた。部屋の明かりに照らされ、輪郭がはっきり見える。だが、その姿は異様だった。制服の上から、全身が赤く染まっていたのだ。赤は、照明のせいでも夕焼けでもなかった。どう見ても液体の色で、しかも飛び散り方が不規則で、乾いていないように見えた。ペンキか血か……そんな単語が、頭の中で脈打つ。

さらにおかしいのは、その窓の部屋は彼女の家ではなかった。独身の男性が一人で住んでいる家だ。年齢は三十代か四十代。俺は彼の顔をほとんど知らないが、休日の朝にスーツを干している姿を見たことがある。

窓の下には、その男と思しき人物が倒れていた。白いシャツがびっしりと赤く染まり、動かない。彼女の右手には何か銀色のものが握られていた。刃物だと思った。思考が、そこから進まなくなった。

芝居か何かだと自分に言い聞かせた。新築の家で、こんなふうに騒ぎを起こすはずがない。ハロウィンでもないし、近所でそんなふざけた催しをする空気でもない。でも、彼女の表情が……あれは笑っていなかった。険しいというより、何か別の感情——怒りとも悲しみともつかない、ねじれた感情で顔が歪んでいた。

ほんの三十秒ほどだったはずだ。それ以上は見られなかった。あの顔と目が合ったら、何か取り返しのつかないことになる気がした。覗き見して叱られるどころではない、もっと根源的な「まずさ」があった。俺は背を向け、公園を飛び出して帰った。

家に戻っても親には話せなかった。こんなことを言えば、夢でも見たのだと笑われるか、逆に真剣に心配されるかだ。どちらも耐えられなかった。次の日、近所はいつも通りだった。警察も来ないし、大人たちも普段通りに挨拶を交わしている。数日後、道端で彼女と会い、「おはよ」と言われた。まるで何事もなかったように。

そのまま時間は流れた。俺は大学進学で家を出て、夏休みに帰省した。ある晩、縁側で麦茶を飲みながら、ふとあの夜のことを思い出した。軽い気持ちで親に訊いた。「そういえば、あの独身の人、今どうしてるの?」と。

母は何でもない顔で答えた。「あの人ね、あんたが高一の一月ごろに亡くなったのよ。心筋梗塞だって」 俺は思わず聞き返した。「血まみれだったとか……そういうんじゃなかったの?」 母は首を振り、「全然。自室で静かに亡くなってたって」と笑った。特に隠している様子はない。

近所の人にもそれとなく聞いた。みんな同じことを言った。心筋梗塞、静かな最期。誰も血の話なんかしない。

それでも、あの夜見た光景は俺の中で鮮明だ。窓の明かり、赤く染まった制服、倒れていた男の姿。そして、手の中の刃物。もしあれが幻だったとしても、どうして俺の脳はあんな映像を作り出したのか。

思えば、彼女の笑顔は最初に会った日からどこか奇妙だった。距離を詰める時の一歩が、人より半歩だけ近い。目を合わせる瞬間、わずかに息を止めているように見える。そんな小さな違和感が積もり、あの夜の光景にたどり着いたのかもしれない。

夏の夜は虫の声で満ちている。窓の外の暗がりから、あの視線がまだこちらを覗いている気がする。俺はカーテンを閉めた。閉めても、その布の向こうに赤い影がじっと立っている気がしてならない。

(了)

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