十年ほど前のことだ。この時期になると、夏の夜の熱気とアルコールで、みんな妙に口が軽くなる。
あの日も例外じゃなかった。居酒屋のテーブルで酔いが回りはじめたころ、一人がぽつりと口にした。最近、地元で有名な心霊スポットに行ってきたんだ、と。
「全然怖くなかったよ。ほら、他のグループと一緒に行ったし、大勢だったからさ」
そう言うその顔は、ほんの少しだけ、虚勢を張っているようにも見えた。
酒の勢いもあって、俺たちは「じゃあ俺たちも行こう」と盛り上がった。結局、翌日の深夜に決行することに。
集まったのは七人。二台の車で山を目指した。霊感なんてまるでない俺は、薄暗い森に入る程度の覚悟しかなかった。けれど、渡井と庄司、この二人だけはずっと渋っていた。霊感が強いらしく、「やめたほうがいい」の一点張り。それを鼻で笑って、ハンドルを握った。
途中、城跡へ向かう道の手前に、その城の主の墓があると聞き、ウォーミングアップのつもりで寄り道した。月明かりの下、山道を五分ほど登ると、一基だけ石塔がぽつんと立っていた。渡井も庄司も特に反応を見せず、俺は勝手に安心して、ふざけ半分で写真を数枚撮った。
そして本命の城跡へ。山道を三十分ほど登らなければならない。途中、別の五人組とすれ違い、「何も出なかった」と笑われたが、祠の話を振ると、なぜか彼らの表情が曇った。「あそこは……近づきづらい」と。結局その場の勢いで彼らも合流し、十数人の大所帯になった。
祠が見えたとき、渡井と庄司、それに別グループの一人が小声で何かを言い合っていた。嫌な気配がする、と。しかし強引に鳥居をくぐった瞬間、その一人が突然叫び、泣きながら「やめようよ」を繰り返した。俺は訳もわからないまま引きずられ、全員で山道を駆け下りた。
落ち着いたところで、その友人が息を荒げて言った。「建物の裏から落武者みたいなのが出てきた。しかも反対側にも二十人以上……」
それを聞いてもなお、数人は「戻って確かめたい」と言い出し、俺も結局ついて行った。祠の前、確かに鎧武者のような影がこちらを見ていた。誰も動けなかったが、フラッシュが焚かれた瞬間、影は跡形もなく消えた。
安堵したのも束の間、残っていた組が駐車場のほうから「逃げろ!」と叫んでくる。耳元で『殺す』と囁かれたらしい。さらに犬のような獣が近寄ってきたと。俺たちはただ黙って戻った。
帰る前、最後に全員で記念撮影をした。それが後に、すべての始まりになるとは、そのとき誰も思っていなかった。
一週間後、写真を現像した友人から「すごいのが撮れた」と連絡があった。だがすぐには会えず、さらに日が経ったある日、全員で集まることになった。昼間の公園、彼が差し出した写真を見て、最初は何が変なのかわからなかった。雑木林の前に並んだ集合写真──だが、その一枚だけが異様に鮮明だった。夜のはずなのに昼間のように。
庄司の背後、木の幹から人の手が無数に伸びていた。大人の手、子供の手、枝のように絡み合い、すべてが手招きをしている。凝視していると引きずり込まれるような感覚があった。
その瞬間、渡井が白目を剥いて倒れた。住職に抱えられ、お堂で御祓いが行われた。写真は処分されたが、住職は言った。「あそこは入口だ。あなたたちはまだ踏み込んでいないだけだ」
祠の鎧武者は守り神のような存在で、危害は加えないという。ただし、もう二度と行ってはいけない、と。
それから十年。俺は一度もあの山に近づいていない。だが、今も夏になると、あの昼のような夜と、幹から伸びる手の感触を、夢で見ることがある。夢の中の手は、もう手招きしてはいない。ただ、じっと俺を掴もうとしている。
(了)
[出典:157 :本当にあった怖い名無し:2007/07/14(土) 15:29:02 ID:PCuM4soE0]