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中編 集落・田舎の怖い話 n+2026 オリジナル作品

スピンオフ:カワサキ村~まだ足りない nc+

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――あの夜から、五年が経った。

俺はもう岐阜にはいない。
仕事も変わり、あのバーに通っていた頃の生活とはまるで別の場所で生きている。
それでも、完全に終わったとは思えない出来事がある。
川崎村、あるいは皮裂村と呼ばれていたあの場所だ。

思い出したきっかけは、一本の封筒だった。

差出人不明。
消印は、岐阜県内の市町村名。
宛名は俺の本名で、住所も正確だった。

中には写真が一枚と、紙切れが一枚入っていた。

写真は夜の山中で撮られたものだった。
フラッシュに照らされ、中央に立つ二つの石碑。
右の角張った石碑と、左の丸みを帯びた大きな石碑。
見覚えがありすぎて、胃の奥が重くなる。

問題は紙切れだ。

そこには、たった一行だけ、手書きでこう書かれていた。

「まだ足りない」

意味は分からない。
だが、なぜか俺は「人数」のことだと直感した。

翌日、俺はサーちゃんに連絡を取った。
あの電話以来、一度も連絡を取っていなかったが、番号は消していなかった。

三回目のコールで出た。

「……ユウキさん?」

声は変わっていなかった。
だが、妙に距離がある。

俺は封筒の話をした。
写真を見た瞬間、サーちゃんは黙り込んだ。

「それ、いつ届いたの」

「昨日」

「……私も」

彼女にも同じ封筒が届いていた。
中身も同じだったらしい。

話は早かった。
二人とも、あの村がまだ終わっていないことを理解していた。

週末、岐阜で会うことになった。

久しぶりに会ったサーちゃんは、どこか別人のようだった。
化粧は薄く、服装も地味だ。
何より、目が落ち着かない。

ファミレスで向かい合うと、彼女は周囲を気にしながら声を落とした。

「ユウキさん、あの後の話、全部聞きたい?」

俺は頷いた。

「あの夜、帰った後ね……私、夢を見たの」

老婆が出てくる夢ではなかった。
夢の中でサーちゃんは、あの小屋に立っていたという。
祭壇の前ではなく、四隅の一つに。

床に置かれていたのは、動物の頭ではなかった。

人の皮だった。

しかも、見覚えのある顔だった。

「タカシさんだった」

目覚めたとき、サーちゃんの爪の間には、土が詰まっていたという。
その日から、彼女は月に一度、決まった夜に同じ夢を見るようになった。

夢の内容は少しずつ変わる。
皮の数が増えていく。

マスター。
知らない男。
知らない女。

共通しているのは、全員が夢の中で「皮」になっていることだった。

「でもね」

サーちゃんは声を震わせた。

「最近、夢に私自身が出てきた」

祭壇の前に立つ老婆の隣に、もう一人いる。
若い女。
顔は自分と同じだった。

「その女がね、私に言うの」

――次はあなたよ。

俺は背筋が冷えた。

「村のこと、まだ調べてるのか」

「うん」

彼女はカバンからノートを取り出した。
そこには、手書きでびっしりと情報が書き込まれていた。

皮裂村。
被差別。
畜生信仰。
人皮供物。

だが、途中から内容が変わっていた。

「村は廃村になっていない」

そう書かれていた。

行政上は廃村。
記録上も廃村。
だが、信仰上は廃村ではない。

村が存在する条件は、人が住むことではない。
儀式が続いていること。
それだけだ。

「皮を捧げる役目の家系があったって、前に言ったよね」

俺は覚えていた。

「その家系、絶えてない」

サーちゃんは自分の腕を掴んだ。
指先が白くなるほど強く。

「私の祖母がね、岐阜の山村出身だった」

名字を聞いた瞬間、俺は凍りついた。
ファイルにあった、皮裂村の家系の一つと同じ名字だった。

「偶然だと思ってた。でも違う」

祖母は晩年、意味不明な言葉を口走っていたという。
動物の名前。
数字。
皮、という言葉。

そして亡くなる前、サーちゃんの手を握り、こう言った。

「戻らなきゃいけない時が来る」

封筒は、その合図だった。

「ユウキさん」

サーちゃんは俺を見た。

「あなたも呼ばれてる」

否定できなかった。
写真が送られてきた理由は、それしかない。

数日後、俺たちは再び山へ向かった。

あの時と同じ道。
同じ潰れたドライブイン。
同じ砂利道。

違うのは、二人きりだということと、逃げるつもりがないことだった。

石碑は変わらず立っていた。
だが、間を抜ける瞬間、俺は気づいた。

左の石碑。
以前より、表面が新しい。

苔が剥がれている部分があった。

そこに、薄く文字が刻まれていた。

慰霊碑
奉納
令和

背中に汗が流れた。

村は、続いている。

草原の小屋には、明かりが灯っていた。
中には、老婆はいなかった。

代わりに、誰かが立っていた。

背丈は低く、髪は黒い。

振り向いたその顔を見て、俺は理解した。

サーちゃんだった。

だが、俺の隣に立っているサーちゃんとは、微妙に違う。
目が違う。
感情がない。

「足りないの」

小屋の中のサーちゃんが言った。

「まだ、皮が」

隣のサーちゃんが、俺を見た。

その目に、覚悟があった。

どちらが本物か、そんなことは問題じゃなかった。
この場所が求めているのは、選択だ。

遠くで、獣の遠吠えが響いた。

俺は、一歩前に出た。

それが正しかったのかどうかは、今も分からない。
ただ一つ言えるのは、あの村は今も生きている。

そして、呼ばれた者は、必ず戻る。

皮を、置いていくために。

[出典:https://kowaiohanasi.net/kawasaki-mura]

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