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中編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

虚ろな笑顔のアルバム r+10,801

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今はもう状況が違うのだろうと信じたいが、当時のあれは確かに現実だった。

だから、記録のように書いておきたい。

「そんな事でいちいち驚いてたら、社会生活なんて送れないよ」

そう言ったのは、職員室にいる教師の一人だった。俺が廊下で、背後から突然カッターナイフで切りつけられたことを話したときの反応だ。幸い制服の背中が裂かれただけで済んだのだが、俺にとっては恐怖以外の何物でもなかった。なのに、あの人にとっては取るに足らない出来事のようだった。その時、俺は「聞いてもらえただけ幸運なのかもしれない」と妙に冷静に考えてしまった。

俺が通っていたのは、県内でも有数の不良校だった。治安の悪さは冗談みたいに語られていて、荷物検査でタバコやバタフライナイフが押収されるのが当たり前の学校だった。昭和の終わりに絶滅したはずの暴走族が、平成の真ん中でまだ息をしているような場所。跳梁跋扈という言葉がぴったりだ。
家庭環境も荒んでいた。借金、離婚、暴力、アルコール依存……家庭が壊れているから子どもも壊れて、壊れた子どもはさらに他の子どもを壊していく。負の連鎖が学校全体を蝕んでいた。教室はいつも欠席者が目立ち、授業は崩壊していた。

校内を卒業生がバイクで走り回る。体育館の窓が次々と割られる。お礼参りが盛んで、教師も怯えていた。
そんな学校の教師に理想を抱くほうが愚かだった。授業中に居眠りする者もいれば、気に食わない生徒を殴る者もいた。体罰も暴言も日常。俺はただ毎日をやり過ごすことだけを考えていた。

だからだろう、あの声を聞いた時も現実感がなかった。

「アブナイヨ?」

小学生くらいの楽しげな声だった。掃除を終えて教室に戻る途中、どこかで確かに聞いた。直後、髪に何かがかすり、足元に植木鉢が落ちて粉々になった。見上げると、四階の窓から笑い声が響いた。

「あーっ!ハズレたあぁぁ惜しいぃぃ」

「ちゃんと当てろよー」

俺はただ立ち尽くした。怒りよりも先に、冷たい理解が胸に広がった。あの子たちももう限界なのだ。だから誰でもよかった。ただ無差別の悪意が、校舎の四階から重力に乗って落ちてきただけ。人の形をした悪意が、そこにあった。

それ以来、俺は感情を失ったように泣かなくなった。不登校になったクラスメートにプリントを届けに行くたび、逆に心配されるくらいだった。「大丈夫、全然平気」と笑うことが増えた。だが、笑顔はどこかぎこちなく、目が笑っていないとよく言われた。

ある時、大人しいクラスメートが突然教師に殴りかかった。理由は「先生が何もしないから」だった。意味の分からない叫びに教師は逆上し、殴り返した。暴力を浴びせられた生徒はそのまま黙り込み、不登校になった。あの顔は、大人の疲れ果てた中年の顔と同じだった。笑うことも泣くこともなく、ただ「終わった人間」の顔だった。

俺自身も、あの「無差別の悪意」に飲まれかけたことがある。図書室で本を眺めていた時、背後から首を絞められたのだ。「みんな死ねばいいのに」という声が聞こえた気がして、気がつけば床に倒れていた。押し倒してきたのはクラスメートで、彼は虚ろな目をして俺を殺そうとしていた。だが突然正気に返り、手を離した。「何もかも嫌になった」と彼は繰り返した。まるで自分で自分が分からなくなったかのように。

アルバム委員になった時も、あの「虚ろな目」と再会した。過去の卒業アルバムを開けば、笑顔のはずの生徒たちの瞳はどれも濁っていた。疲れ果てた顔、笑っているのに笑っていない顔。写真を選んでいると、明るく振る舞う先生が「みんなすごくいい笑顔ね!」と無邪気に言った。だが俺には、それがどうしても「死にかけた者の顔」にしか見えなかった。先生の顔も、笑っているのに時々空虚に見えた。

夜の作業中、廊下から激しい足音と扉を叩きつける音が響いた。俺たちだけしかいないはずの校舎に、誰かがいる。先生は笑顔で「見てくるわ」と言い、俺たちを残して出ていった。その時、古いアルバムをめくっていた俺は、不意に気づいた。どの代の写真も、同じなのだ。代が変わっても、笑顔の形も虚ろな目も何一つ変わっていない。
まるで学校そのものが、人の魂を削り取っているように思えた。

卒業式の日、目の前の生徒が突然暴れた。新しく来た教師が慌てて止めに入る。その時、俺は自然にこう口にしていた。

「そんな事でいちいち驚いてたら、学校生活なんて送れないですよ」

その声は俺のものだったはずなのに、氷のように冷たく響いていた。誰かに操られているような感覚。気づけば笑っていた。笑って、笑って、そして泣いた。止まらなく泣いて、喉が枯れるほど叫んだ。最後に、アルバムを燃やした。炎の中で浮かび上がる虚ろな笑顔を見ながら。

時が流れ、俺たちはもう大人になった。中には親になった者もいる。地元の友人と再会した時、母校のホームページを一緒に見たことがあった。そこにはこう記されていた。

「現在はだいぶ落ち着いたとはいえ、予断を許さない状況にあります」

数年後、その一文は削除された。だが、あれは確かに書かれていた。俺の記憶違いではない。
記録に残さなければ、出来事は「空白」になる。いじめも暴力も、存在しなかったことにされる。それを大人たちは「穏便に」と呼んだ。だが俺にとっては違う。あれはただの地獄だった。社会の闇を垣間見たのは、中学生の頃だったのだ。

本当に怖いことは、忘れられないということだ。
そして俺はいまも時々、あの声を思い出す。

「アブナイヨ?」

それが俺自身の心の声だったのか、あの学校の呪いのようなものだったのかは、いまだに分からない。

[出典:投稿者「NO NAME」2015/01/24]

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