今はもう状況が違うのだろうと信じたい。
だが、あの学校については、どうしても「終わった」と言い切れない。
記録のように書いておく。
俺が通っていたのは、県内でも有数の荒れた学校だった。校門の前には常に見慣れないバイクが止まり、授業中でも廊下を走る足音が止まらない。荷物検査ではタバコやナイフが出てくる。教師は疲れ切り、生徒はすでに何かを諦めていた。
背後からカッターナイフで制服を裂かれたとき、俺は職員室で報告した。教師は書類から目も上げずに言った。
「そんな事でいちいち驚いてたら、社会生活なんて送れないよ」
その言葉を聞いた瞬間、怒りよりも先に、妙な安心があった。ああ、ここではこれが普通なのだと理解できたからだ。
その頃から、俺は泣かなくなった。
ある日、掃除を終えて教室に戻る途中だった。
「アブナイヨ?」
小学生のような、妙に弾んだ声だった。振り向く間もなく、頭上から植木鉢が落ちてきた。髪をかすめ、足元で粉々になる。四階の窓から笑い声が降ってきた。
「あーっ!ハズレたあぁぁ惜しいぃぃ」
俺は怒らなかった。怖くもなかった。ただ理解した。この場所では、人に向けられる悪意もまた日常なのだと。
だが、それだけではなかった。
図書室で首を絞められたときも、相手の目は焦点が合っていなかった。彼は突然手を離し、「何もかも嫌になった」と繰り返した。その言葉は俺に向けられているようで、誰にも向けられていないようでもあった。
アルバム委員になったのは、その年だ。
過去の卒業アルバムを開くと、どの年度の写真も妙に似ていた。笑顔の形が、ではない。目だ。光の入り方も、黒目の濁り方も、なぜか同じだった。十年前も、二十年前も。
最初は思い込みだと思った。だが、自分たちの撮影が終わり、現像された写真を見たとき、背筋が冷えた。
俺の目も、同じだった。
撮影時、俺は確かに笑っていたはずだ。だが写真の中の俺は、どこも笑っていない。瞳だけが乾き、何かを削られたあとの空洞のように見えた。
夜、アルバム作業をしていたとき、廊下から激しい足音が響いた。誰もいないはずの校舎だ。扉を叩く音が連続する。先生は「見てくるわ」と笑って出ていった。
その間、俺は古いアルバムをめくり続けていた。
気づいたのは、そのときだ。
どの代にも、同じ位置に立つ生徒がいる。毎年、列の端。顔立ちは違うのに、目だけが同じだ。わずかに口角が上がり、だが瞳孔が開ききったまま、何かを見ていない。
俺はページをめくった。
三十年前。四十年前。
そして最後のページ。
そこには、まだ撮影されていないはずの、来年度の集合写真があった。
列の端に立つのは、俺だった。
笑っている。だが目は、完全に空洞だった。
気づけば、廊下の足音は止んでいた。戻ってきた先生は何も言わなかった。だが、その目もまた、同じ濁り方をしていた。
卒業式の日、新任教師が生徒の暴走に驚き、慌てて制止に入った。そのとき、俺は自然に口にしていた。
「そんな事でいちいち驚いてたら、学校生活なんて送れないですよ」
声は冷たかった。あのときの教師と、同じ調子だった。
周囲が静まり返る。俺は笑っていた。どこか遠くで、あの声が重なった。
「アブナイヨ?」
あれは警告だったのか。それとも、誘いだったのか。
卒業後、アルバムは処分したはずだ。燃やした記憶がある。炎の中で、あの目が溶けていくのを確かに見た。
だが数年前、地元の友人と母校の話になったとき、彼は言った。
「お前、まだアルバム持ってるだろ」
そんなはずはない。
けれど帰宅して押し入れを開けると、一冊だけ残っていた。表紙は焼けていない。ページも欠けていない。
最後のページを開く。
来年度の集合写真。
列の端に立つのは、見覚えのない少年だった。
だが目は、俺と同じだった。
その下に、小さく印字されている。
《担任》
名前は、俺だった。
そして今でも、ときどきあの声を思い出す。
「アブナイヨ?」
あれがあの学校のものだったのか、それとも、俺の中に残った何かなのか。
分からない。
ただ一つ言えるのは、あの学校の写真は毎年、きちんと更新され続けているということだ。
[出典:県内有数の不良校/投稿者「NO NAME」2015/01/24]