もう三十年ほど前の話だ。
当時の自分は中学生で、父が入院していたため、夜に母と連れ立って病院へ見舞いに行った。外来はすでに終わり、面会時間もぎりぎりだった。病室を出て一階へ戻る頃には、院内の照明は落とされ、廊下の先が薄く陰るような静けさに変わっていた。
帰る前に喉が渇いたので、地下一階にある自動販売機に寄ろうということになった。エレベーターは二基あったが、どちらも上階に向かって動いていて、なかなか戻ってきそうにない。待つのも面倒で、階段で降りることにした。
自分はその病院に来るのが初めてだった。階段はコンクリート打ちで、壁も床も無機質な灰色だった。照明は一定間隔で設置されていて、暗すぎるわけではない。ただ、やけに天井が高い気がした。
階段を降り始めてしばらくすると、踊り場に出た。手すりを回り込んで、さらに下へ進む。もう一度踊り場を通過した。まだ着かない。地下は一階分だけのはずなのに、妙に長い。
三度目、四度目と踊り場を通過しても、地下に着く気配がない。自分は「ずいぶん天井が高い病院なんだな」と、どこか呑気に考えながら降り続けていた。運動部でもなかったが、疲れを感じるほどではなかった。
その時、前を歩いていた母が足を止めた。
「……着かないね」
独り言のような声だった。
「戻ろうか」
そう言って、母は振り返った。表情は暗くてよく見えなかったが、冗談めいた調子ではなかった。
言われるままに、今度は階段を上がった。すると、踊り場を一回通過しただけで、すぐに一階の廊下に出た。さっきまでの長さが嘘のようだった。
自動販売機は諦め、そのまま病院を出た。夜風に当たっても、妙な違和感が胸の奥に残っていた。
帰り道、しばらく無言だった母が、急に立ち止まった。街灯の下で、こちらを見て言った。
「さっきは言わなかったけど」
声の調子がいつもと違った。
「地下に霊安室があるんよ、あの病院」
それだけ言って、また歩き出した。
霊安室という言葉自体も怖かったが、それ以上に引っかかったのは、母がそんな話をすることだった。母は怖い話に興味がなく、心霊現象も一切信じない人だった。テレビでそういう特集が流れると、すぐにチャンネルを変える。そんな母が、あの階段の話を否定もせず、むしろ真面目な顔で受け止めていた。
後日、その体験をオカルト好きの友達に話した。すると、夜にもう一度その病院へ行ってみようと言い出した。中学生だけで夜の病院に入るわけにはいかないので、外来がまだやっている時間帯を狙って行った。
例の階段を降りてみたが、その時は踊り場を一回通過しただけで、あっさり地下一階に着いた。自分は「この前はずっと降りてたのに」と言いながらも、せっかく来たので踊り場の写真を撮ることにした。
当時は携帯電話もデジタルカメラもない時代で、「写ルンです」というインスタントカメラを使っていた。フィルムを使い切ったら現像に出すタイプのものだ。階段で何枚か撮ったが、まだフィルムは残っていたので、そのまま放置して存在自体を忘れていた。
しばらくして、家のテーブルの上にネガと写真が並んでいるのを見つけた。姉が自分の分と一緒に、まとめて現像に出したらしい。思い出して、例の階段の写真を探した。
何度見返しても、階段や踊り場の写真が見当たらない。写したはずなのに、一枚もない。おかしいと思ってネガを確認した。すると、階段らしき構図のコマは確かにあった。ただ、踊り場の隅に、四角い箱のようなものが写り込んでいた。
自分が撮った時、そんなものはなかった。清掃用具も置かれていなかったし、物を置くような場所でもない。形だけ見れば、箱に見えた。
怖くなって、そのコマは現像していない。何が写っていたのかは、今でもわからない。
そのネガを見ていると、背後に気配を感じた。振り返ると母が立っていた。母は黙ってネガを一枚ずつ眺め、例のコマで手を止めた。
しばらく何も言わなかった。
「……これ、もういいから」
低い声でそう言って、ネガをそっと伏せた。
理由は聞けなかったし、母もそれ以上何も言わなかった。ただ、その後、そのネガと写真はいつの間にか処分されていた。
今でもたまに、あの時の話をすると、母は「怖かったね」とだけ言う。それ以上は語らない。その態度が、あの階段や、写ってはいけなかった何かが、気のせいではなかったことを示しているようで、今も胸の奥に冷たいものが残っている。
[出典:490 :本当にあった怖い名無し:2025/06/10(火) 23:51:48.24ID:0RiS2Pav0]