違法民泊で私は、何かを「呼んで」いたのかもしれない
昨年の七月から十二月にかけて、私は六十泊以上の違法民泊に宿泊した。
不動産業界の業界紙で全国を飛び回る日々、出張のたびに安宿代わりに民泊を使っていた。あの頃はまだ「民泊」という言葉が今ほど知られておらず、いわゆる“民パッカー”の草分けだったといえる。
ただ、その経験は、単なる安宿の思い出では終わらなかった。
……最初に異変を意識したのは、秋口、東京の大田区で泊まったマンションだった。
そこに入室してすぐ、無意識のうちに「誰かが潜んでいないか」チェックしていた。風呂場、押し入れ、クローゼット、そしてベッドの下。まるで警察の家宅捜索のように、私は部屋をくまなく見て回った。
民泊というのは、普通の宿とは根本から異なる。誰でも鍵の場所さえ知っていれば入れる。大田区の物件では、鍵は無施錠の郵便受けに放り込まれ、チラシに埋もれていた。別の民泊では、キーボックスの番号が変えられておらず、すでに設定されたままだった。あるいは、ドアに鍵が刺さったままだったこともある。
「誰かが入ってくるかもしれない」
その不安が、夜中に襲ってくる。鍵を二重にかけても、何の安心にもならなかった。
……だが、その不安はある夜、確信に変わった。
京都の駅前で、深夜一一時過ぎにチェックインしたマンション。高級感のある外観だった。エレベーターで八階まで上がり、外廊下の先端にある部屋へ急いで向かうと、ふと視線を感じた。横を見ると、隣の部屋の玄関が少しだけ開いており、暗がりの奥から、目だけがこちらを覗いていた。
体が凍りついた。
視線を逸らせずに、震える手で鍵を差し込み、扉を開け、すぐさま内側からロックをかけた。
真っ暗な部屋。電気のスイッチをいくら押しても、灯りがつかない。
誰かがいるのではないか――そう思った瞬間、頭の奥で「何かが笑った」。
震える指でスマホのライトを点け、室内を探しながら、ようやくブレーカーを発見した。電源を入れた瞬間、全身から汗が噴き出した。
が、その直後、さらにぞっとすることが起きた。
布団をめくると、白いシーツの上に、一本の黒髪が落ちていた。妙に艶があって、まるで生きているように見えた。
「誰かが寝ていた痕」だった。
カーテンはなく、窓の向かいには大型マンション。こちらの部屋は丸見えだ。
……見られていた?
いや、見ていたのは私のほうじゃなかったか?
そんな部屋で、一晩を過ごした翌朝、私は全身に蕁麻疹を発症した。医者は「ダニですね」と即答したが、私の中では、それが「生き物」だったという確信はない。
実は、その前の夜、寝ている最中、耳元で女の声が聞こえた。
「また、来てくれたんだね」
目を開けたとき、天井の隅に長い黒髪の影があった。
その部屋だけではなかった。
大阪、江東区、名古屋――泊まるたび、部屋のどこかに「誰か」がいる感覚。風呂の鏡に、曇るはずのない場所に手形が浮いていた。冷蔵庫の中から、開封済みの缶コーヒーが見つかったこともある。
それらすべてを、最初は「管理のずさんさ」や「不注意」で片付けようとした。
でも、どうしても説明できない現象が続くようになった。
ある夜、テレビも何もない民泊の部屋で、ただ眠るだけのはずだったのに、朝になると、スマホに「知らない自分の寝顔」が録画されていた。自撮りカメラで、静止したまま、七時間分。
ホストに連絡しても返信はなし。番号はつながらず、物件は翌週にはサイトから消えていた。
その頃からだった。どの部屋に入っても、必ず「誰かの気配」がするようになったのは。
布団の下、シンクの中、テレビの裏。すべての空間に、そこにいないはずの「誰か」の影がちらつく。
そしてある夜、私はとうとうそれを、正面から見てしまった。
名古屋の物件だった。深夜二時。風呂場のドアが、誰もいないのに「カツン」と開いた。反射的にスマホのライトを向けると、曇った鏡の向こうに、逆さまの女の顔が浮かんでいた。
長い髪、黒い目。鏡の奥で、にたにたと笑っていた。
背中を向けて部屋から逃げようとしたとき、背後から耳元で、またあの声がした。
「今夜も、泊まりに来てくれてありがとう」
ふらつきながらドアを開け、外に出た。逃げながら後ろを振り返ったら、部屋の奥の薄明かりの中、ベッドの下から、その女の髪だけが覗いていた。
私は、何かを「呼んで」いたのかもしれない。
六十泊ものあいだ、誰もが避けた場所に、自らの意志で踏み込み続けた報い。
以来、民泊は使っていない。いや、使えない。
いまだに、夜になると、誰かの気配が枕元にする。寝入りばなの耳元で、あの声がまた聞こえるのだ。
「また、来てくれるよね……?」
[出典:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171219-00053828-gendaibiz-bus_all&p=1 ]