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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

最初に呼ばれたのは rw+8,219-0328

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子どもの頃から大学に入るまで、ずっと海辺の町で育った。

浜に沿って国道が一本走り、その背後はすぐ山だった。山の斜面には家がへばりつくように建ち、浜には漁に使う小屋が並んでいた。朝になれば船外機の音が響き、昼には網の匂いが漂い、夕方には潮と魚の生臭さが町じゅうに薄く残る。そういう土地だった。

ただ、うちだけは漁師ではなかった。親父は市役所の職員で、祖父の代からこの町に住んではいたが、海の仕事には一度も就かなかった。そのせいか、子どもの頃から自分は町の中にいながら、ほんの少しだけ外の人間だった。仲間外れにされるほどではないが、どこかで線を引かれている感覚があった。漁師の家の子どもたちは結束が強く、本家だ分家だという話も平気で口にした。誰がどこの筋で、どこの家が古いか。そういうことを、まだ小学生のうちから皆が知っていた。

毎年、八月の初めになると、七日までは漁に出てはいけない決まりがあった。特に七日の夜から翌朝にかけては、子どもは絶対に外へ出るなと言われた。理由は一つだけだった。

ふだらく様の舟が来るからだ。

外に出ていると連れていかれる。しかも連れていかれるのは、女や余所者ではなく、本家筋の跡取りの男の子だと聞かされた。なぜそんな偏った選び方をするのか、子どもの頃に尋ねても、大人はまともに答えなかった。ただ「そういうもんだ」「昔から決まっとる」としか言わない。祖母は「名前を呼ばれても返事するな」と言い、祖父は「波の音と間違えても耳を貸すな」と言った。親父はそういう話を嫌っていて、「古い迷信だ」と吐き捨てていたが、それでも七日の晩だけは戸締まりを確かめ、俺が寝るまで居間の明かりを消さなかった。

その夜、大人たちは公民館に集まった。酒を飲み、くだを巻き、時には怒鳴り合いまでした。子どもは家でおはぎを食べて、早く寝る。それがこの町の七日だった。誰も信じていないような顔をしながら、誰も破ろうとはしない。そういう種類の決まりだった。

けれど、俺が中学生になる頃には、その風習はだいぶ形骸化していた。公民館に集まる人数も減り、若い連中は「くだらない」と笑っていたし、親の目を盗んで外に出る子もいた。海に近づくな、七日前後に騒ぐな、その程度の言葉だけが惰性で残っていた。

あれは中二の八月六日の朝だった。

夏休みで暇を持て余していた俺は、浜の端の岩場まで行って、漂着物を探していた。外国の文字が書かれたブイや、見たことのない色の浮き、どこから流れ着いたのかわからないプラスチックの箱。そういうものを拾うのが好きだった。あの町では、海は遊び場でもあったが、海の外側に触れられる場所でもあった。

岩場の陰に回り込んだとき、二メートルほど先の浅い海の底に、人の尻が見えた。

最初は、大きなマネキンか何かだと思った。だが妙に白い。水の揺れに合わせて、裸の足先が少しずつ角度を変えていた。頭が下になっていて、上半身は岩の陰に沈んで見えなかった。呼吸が止まったみたいに体が固まり、それから急に喉が開いて、俺は叫びながら浜へ走った。

引き上げられたのは、近くの親戚の家に帰省していた大学生だった。海水を吸って膨れた肌が、日に焼けた海の町の人間とは違う、粉をふいたような白さになっていた。顔は見えなかったが、体だけで、もう人ではないことがわかった。警察は昼過ぎに来て、いろいろ訊いていった。前日の午後にはもう死んでいた可能性が高いと言っていたらしい。

祖父に「ふだらく様と関係あるの」と聞くと、酒の匂いをさせながら煙草を持ったまま、「あるかもしれねえなあ」と答えた。そして、笑いもせずに続けた。

「ふだらく様は男が好きだからな」

その言い方が嫌だった。昔話をしているようでも、脅かしているようでもなく、本当にそう思っている声だった。

その日の夜、俺は言われるまま早く布団に入った。暑くて寝苦しかったが、いつの間にか眠っていて、ふと目が覚めたのは夜中の二時頃だった。尿意で目が覚めたのだと思う。

当時の家はまだ改築前で、便所は母屋の外にあった。裏戸を開けると、夏の闇がそのまま庭に落ちていた。風はなく、虫の声だけがやけに近かった。山側にある便所へ向かって数歩歩いたとき、沖のほうから、かすかにドン、ドンと太鼓の音が聞こえた。

胸の奥が先にわかった。

ふだらく様だ。

見てはいけない。行ってはいけない。そう思ったのに、体は便所のほうへ向かなかった。裏庭を抜け、家の脇を回り、国道のほうへ歩いていた。眠気はもうなかった。夢遊病みたいに足だけが静かに前へ出た。止まろうと考えても、止まる理由が思い出せなかった。行かなければならない気がしていた。誰かに呼ばれているというより、自分から遅刻しそうになって急いでいるような感覚だった。

国道を渡り、浜へ下りる。

月は出ていなかった。海と空の境目もほとんど見えなかったが、沖にだけ、赤い光が浮かんでいた。

小さな舟だった。漁船のようにも見えたが、形が妙だった。板屋根の下から、いくつもの鳥居が突き出している。鳥居はまっすぐ立っているようで、波に合わせて少しずつ傾き、そのたびに重なり合って見えた。舟全体が赤い光に包まれていて、その赤は提灯のようでも炎のようでもなかった。暗闇を照らしているのに、海面にも浜にもほとんど反射しない。ただ舟だけが、そこにあるとわかる色だった。

太鼓の音は、その鳥居の奥からしていた。

ドン、ドン。

ゆっくりで、重くて、急かすようでも慰めるようでもある音だった。

そのとき、声がした。

――坊や、おいで。

耳で聞いた気はしなかった。頭の内側に、最初からそこにあった言葉が浮かぶように響いた。

――いい所へ連れていってあげるよ。

俺はその場で答えていた。口が動いたのか、頭の中だけだったのかはわからない。

――いい所って、どこ。

すると、声は少しだけ嬉しそうになった。

――南だよ。補陀落だよ。何もいらない所だ。争わなくていい。羨ましがらなくていい。欲しがらなくていい。坊やの欲しいものは、向こうでみんな出る。

欲しいもの。

その言葉で、昼間のことより先に、ゴンたちの顔が浮かんだ。漁師の家の子どもたちだ。俺のことを半端者扱いして、何かあるたびに突き飛ばし、物を取り上げ、仲間に入れるふりをして笑った。俺はあいつらが嫌いだった。怖かったし、羨ましかった。あいつらには土地があり、家があり、将来もあった。俺はその輪の外から、いつも少しだけ下を向いていた。

――争わなくていい。

その言葉は、優しいというより、ひどく都合がよかった。

気づけば、波打ち際まで歩いていた。足先が濡れ、砂が沈み、もう一歩出せば膝まで海に入る距離だった。舟はさっきより近く見えた。鳥居の数も増えていた。屋根の下に誰か立っている気がしたが、顔は見えない。ただ、こちらを見ているという感じだけがあった。

――おいで。

声はもう甘くなかった。返事を待つ声でもなかった。思い出させる声だった。来る約束だっただろう、とでも言うように。

その瞬間、後ろから腕をつかまれた。

「行くな!」

耳元で怒鳴られ、体がようやく自分のものに戻った。振り返ると、源兄ちゃんがいた。漁協で働いている二十歳そこそこの青年で、子どもの頃から顔は知っていた。普段はぼんやりした人だったが、そのときの目だけは、夜より濃く見えた。

「あれはあの世だ!」

叩きつけるように言われて、もう一度沖を見たときには、舟は消えていた。赤い光も、鳥居も、太鼓の音もなかった。波の音だけが残っていた。つかまれた腕が痛かった。自分がどれだけ前へ出ていたか、その痛みで初めてわかった。

源兄ちゃんは、その時期だけ若い衆が交代で見張りをしているのだと言った。形だけは古い風習が残っているから、本気で信じていなくても、誰かは浜を見ているのだと。俺がふらふら浜へ下りていくのを国道の向こうから見つけ、慌てて追いかけてきたらしい。

「見たこと、誰にも詳しく言うなよ」

家まで送る途中で、源兄ちゃんはそう言った。

「何で」

「言葉にすると、寄るからだ」

それ以上は何も言わなかった。家の前で別れるとき、源兄ちゃんは裏戸ではなく表の玄関を指さして、「今日はそっちから入れ」と言った。理由は言わなかった。

翌日、噂は昼のうちに広まった。どうやって漏れたのかはわからない。祖父か、見張りの誰かか、あるいは俺が寝ぼけて何か喋ったのかもしれない。とにかく、ゴンたちはもう知っていた。

放課後、浜の裏の空き地で囲まれた。

「何て言われたんだ」

「知らない」

殴られて、こめかみが熱くなった。

「何て言われた」

「言いたくない」

もう一発来ると思ったとき、俺は先に口を開いていた。

「浄土に連れていくって」

ゴンが眉をひそめた。

「浄土って何だよ」

「いい所だよ」

そう言った瞬間、自分でまずいと思った。だが、もう遅かった。

「何があるんだ」

「何でもある。お菓子も、玩具も、欲しいものは向こうで出るって」

「ケーキもか」

横から別のやつが訊いた。

「あるよ」

「ゲームもか」

「ある」

「親も先生もいねえのか」

そこは答えなかった。けれど、黙ったことが答えになった。

彼らの顔つきが変わった。ふざけている顔ではなかった。腹をすかせた犬みたいに、目だけが先に食いついていた。俺は急に怖くなって、「でも、行ったら戻れないかもしれない」と言い添えた。するとゴンは笑った。

「戻る必要ねえだろ。そんなとこなら」

その笑い方を、今でも時々思い出す。希望に似ていた。だから気味が悪かった。

翌朝、ゴンたちはいなくなった。

一人ではなく、三人まとめて消えた。夜のうちに家を抜け出したらしく、靴だけが浜に揃っていたとか、国道沿いで話しているのを見た人がいるとか、赤い光を見たという婆さんがいるとか、噂はいくらでも出た。だが、海にも山にも、町のどこにもいなかった。警察も消防団も探したが、見つからなかった。遺体も、衣服も、何も上がらなかった。

源兄ちゃんは、その数年後に死んだ。漁の最中の事故だと聞いた。船から落ちて、網に足を取られたらしい。遺体が上がったのは八月七日の朝だった。誰もそのことを口にしなかったが、町の空気は明らかに変わった。翌年から、公民館の酒盛りは復活した。見張りの人数も増えた。信じていないふりをする人が減った。

俺は高校を出て町を離れ、東京の大学に進み、そのまま製薬会社に就職した。今はもう海の匂いがしない場所で暮らしている。七日のことを思い出すのも、年に一度あるかないかだ。ふだんは忘れている。忘れていられる。

ただ、八月が近づくと、ときどき変な電話が入る。

無言電話でもない。雑音だけでもない。最初は回線の向こうで、遠くの工事現場みたいな低い響きがしているだけだ。けれど耳を澄ますと、それは太鼓の音に近い。ドン、ドン、と間が長い。切っても、またかかる。着信履歴には番号が残らない。会社の携帯にも、一度だけ来たことがある。

去年の八月六日の夜、その電話のあとで、見慣れない荷物が玄関前に置かれていた。白い箱だった。差出人も伝票もなく、発泡スチロールの箱みたいに軽かった。開けると、中にはケーキが三つ入っていた。

どれもひどくきれいだった。崩れていないのに、匂いがなかった。箱の底に、塩が少しだけ溜まっていた。

食べていない。すぐに捨てた。そう思っていた。

なのに、翌朝、台所の流しにフォークが一本置いてあった。銀色の先に、生クリームが筋のようについていた。自分の部屋のゴミ箱には、箱の蓋だけが残っていた。肝心の中身がどこにもなかった。

その日から、夢を見なくなった。眠ってはいるのに、夜が途切れるだけになった。そして朝起きると、口の中に甘い匂いが残っていることがある。

争いも妬みもない所。欲しいものは向こうでみんな出る。

あの声を、もう一度だけ聞いたことがある。今年の二月だった。出張先のホテルで夜中に目が覚めたとき、窓の外は海でもないのに、真っ暗なガラスの向こうから声がした。

――坊や、まだいるじゃないか。

その言い方でわかった。あれは誘っているんじゃなかった。迎えに来る順番を確認しているだけだったのだ。

そして、もっと嫌なこともわかった。

俺は、ゴンたちに教えてしまったんじゃない。あのとき、口に出させられたのだ。

今年ももうすぐ八月七日が来る。

さっき、実家の母から電話があった。町では昨夜、中学生の男子が二人いなくなったという。海でも山でも見つかっていないらしい。母は関係ない話のように話していたが、最後に一つだけ妙なことを言った。

「あんた、小さい頃に仲の悪かった子たちいたでしょう。あの子たちの家の人がね、今でも言うのよ。最初に呼ばれたのは、あんただったって」

電話を切ったあと、机の上に水の輪ができているのに気づいた。濡れた跡は、丸ではなかった。小さな鳥居がいくつも縦に並んだような形だった。

窓は閉まっている。部屋は十四階だ。海なんて見えない。

それでも、さっきからかすかに太鼓の音がする。

今夜、もし玄関が鳴ったら、たぶん母ではない。
たぶん宅配でもない。
名前を呼ばれたら返事をするなと、祖母は言っていた。

なのに、自分はもう、あの声が自分の名前を知っていることを知っている。あの町で一度でも聞いてしまった者は、たぶん外へ出ても終わらない。

ゴンたちは今も、どこかでケーキを食べているのかもしれない。
源兄ちゃんは、あの夜、本当に俺を助けたのかもしれない。
あるいは、順番を一度後ろに回しただけかもしれない。

次が誰なのかは、たぶんもう決まっている。
ただ、それを知らされる日付まで、毎年少しずつ近づいているだけだ。

(了)

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