中編 集落・田舎の怖い話

補陀落渡海行者の亡霊~ふだらく様伝説【ゆっくり朗読】6400

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補陀落渡海(ふだらくとかい)とは、南方海上にあると想像された補陀洛世界に往生または真の観音浄土を目指して船出する宗教的実践行である。

観音に対する信仰表出であり、漂流、入水の形態をとって行なわれた一種の捨身行であった。

九世紀半ば過ぎから十八世紀初頭まで継続的、或いは集中的におこなわれた。

この行の基本的な形態は、南方に臨む海岸に渡海船と呼ばれる小型の木造船を浮かべて行者が乗り込み、そのまま沖に出るというものである。

その後、伴走船が沖まで曳航し、綱を切って見送る。

場合によってはさらに百八の石を体に巻き付けて、行者の生還を防止する。

船上に設置された箱の中には行者が乗り込むことになるが、この箱は船室とは異なり、乗組員が出入りすることは考えられていない。

すなわち行者は渡海船の箱の中に入ったら、壊れない限りそこから出ることはない。

渡海船には艪、櫂、帆などの動力装置は搭載されておらず、出航後、伴走船から切り離された後は、海流に流されて漂流するだけとなる。

生きながら観音浄土へという補陀洛世界に魅せられて、多くの修行者の人々が小船を仕立て南方の海上の彼方へ消えていったという……

補陀落様その1

2012/06/25(月) 20:38:17.84 ID:BJubRJDG0

自分は子どもの頃から大学に入るまでずっと浜で育ったんだけど、海辺ならではの不思議な話がいろいろあった。

自分の家はその界隈で一件だけ漁師ではなく親父は市役所の勤め人だった。

砂浜があって国道がありその後ろはすぐ山になっていて、その山の斜面にぽつんぽつんと家が建っていて、浜に漁のための小屋があるようなところ。

自分が小学校頃までは八月の最初の週、七日の日までは漁師は漁に出ちゃいけないことになっていて、特に七日の晩から朝までは子どもは家の外へも出ちゃいけないことになってた。

何でも沖に「ふだらく様」の舟が来て外に出ている子どもは引かれてしまうらしい。

こういうのは神隠しとか普通は女の子が危ないんじゃないかと思うけど、特に本家筋の跡取りの男の子なんかが危ないという話だった。

大人達は集落の公民館に集まって朝まで酒飲むし漁師だから喧嘩もする。

夏休み中の子どもは家でおはぎを食べて早く寝るという日なんだ。

ただそんな日でも国道は少ないながらもときたまは車が通ってるわけだし、世の中が合理的になったのか自分が中学校になる頃には行われなくなった。

それでもやっぱり八月七日前後は海で遊んじゃいけないとは言われてたんだけど、中学校二年の八月六日の日の朝に浜に出て水死体を発見した。

岩場になってるところを歩いていて外国のブイなんかの漂着物を探していたら、海中2mくらいのとこに人のお尻が見える。

あわてて大人を呼んで、引き上げられたのは近くに帰省してた大学生だった。

波で海パンが脱げて頭を下にして沈んでた。

その前日の午後には亡くなってたのだろうと来た警察の人が言っていた。

自分がまだ当時健在だった爺ちゃんに「ふだらく様」と水死した人は何か関係があるのか聞くと

「関係あるかもしれないね、ふだらく様は男が好きだから」という話。

その出来事で自分は子どもながらもすごくショックを受けたんだけど、次の日が八月七日で本来の忌み日。

ちょうどテレビで怪談特集とかやってて自分は見ないで早く寝た。

けど早く寝すぎて夜中の二時過ぎ頃トイレに起きてしまった。

その頃は実家も改築する前で、家の外にボットントイレがある状態。

トイレは山側なので浜を見ることはないけど、まだ暗い夏の闇の中を裏戸から出て歩いていると沖の方からドン・ドンと太鼓を叩くような音がかすかに聞こえてくる。

自分はその時「これは、ふだらく様だから見にいっちゃいけない」と思った。

思ったけど自分は馬鹿だから見に行ってしまったんだよ。

そしたら国道をはさんで沖の方に板屋根のついた昔の小さな舟が浮かんでいる。

距離感がよくわからない。

本来沖は真っ暗で見えるはずがないんだけど、赤い光がその舟を包んだようになってて見えるんだな。

沖は波が荒いのか舟は上下に浮き沈みしてて、よく見ると舟には何本か鳥居がついている。

太鼓の音も小さく聞こえていて、自分を呼んでいるような気がする。

しばらく見てるうちにぼうっとしてきて浜の方に歩き出そうとした。

そのとき国道を大きな音をたてて大型トラックが通って目が覚めたようになった。

もう一度見たら沖の舟は消えていた……

 

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補陀落様その2

2012/08/22(水) 22:40:51.42 ID:TfDuHLVl0

「三千円、持ってきたか?」

「今日はこれしかないよ」

私は一枚の千円札を見せた。

「おい、てめえ、なめてんじゃねえよ」

ゴンは私の髪をつかんだ。

「払えねえなら、これ食えよな」

やっこが割り箸を近づけてきた。

子供というのは残酷なもので、先端に青虫を突き刺してある。まだ生きていて、うごめいている。

ぴろしが私のあごをつかみ、無理やり口を開かせる。

人はなぜいじめをするのだろうか。弱い者からむしりとり、自分の生きる力とするのか。

「こら、お前ら、何をやっている」

源兄ちゃんだ。

私は一人っ子だったが、源兄ちゃんは本当の兄のように親しくしていた。

「この時期子供は外に出ちゃいけねえって、母ちゃんに言われているだろう」

「ああ、分かってるよ」

ゴンが源兄ちゃんをにらむ。

「こいつがふらふらしてるもんだから、連れ戻しに来たんだ」

「健太は虫なんか好かねえけどな」

源兄ちゃんもすごみを利かせる。

「ああ分かった、分かった。おい、帰ろうぜ」

ゴンは子分達を連れて走っていった。

「健太、お前も帰るんだ」

当時、小学生だった私は漁村で暮らしていた。

砂浜に沿って国道があり、その後ろはすぐ山になっていて、斜面にまばらに家が建っている。

浜に漁のための小屋があるようなところだ。

いじめの理由はみな漁師の子で、私だけが市役所の勤め人の息子だという、ただそれだけのことだった。

人間は異物を排除したがる動物だ。

八月の初めの七日間、「ふだらく様がお通りになるから」という理由で漁は休みだった。

特に子供達は外に出ることさえ禁じられていた。ふだらく様の船が来て連れていかれるという。

実際、本家筋の跡取り息子が神隠しにあったらしい。

供はおはぎを食べて早く寝るという風習だった。

やっちゃいけないと言われるとやりたくなるのが子供だ。

八月の四日か五日だったと思う。

その朝、私は岩場の方に歩いていった。するとなにやら人だかりがある。

巡査と刑事らしき人物がいて、男の人二人に尋問している。女の人が泣いている。

この近辺では見かけない顔だ。

源兄ちゃんがいたので私は近づいていった。

「何があったの?」

「まったく、都会のちゃらちゃらしたもんがこんな時期に海になんか来るもんじゃねえ」

源兄ちゃんは怒りをあらわにしていた。

「大学生が遊びに来て、一人おぼれ死んだんだとよ」

こんな時期に?

「ふだらく様と関係があるの?」

「そうさなあ」

源兄ちゃんは怒ったような、悲しいような顔をした。

「あるかもしれねえなあ」

その夜、早く寝すぎた私は二時頃目を覚ましてしまった。

その頃は実家も改築する前で、 家の外に汲み取り式便所があった。

懐中電灯を持って、裏戸から夏の闇の中に出ていった。

トイレは山側なので浜を見ることはないが、海の方から太鼓を叩く音がかすかに聞こえてきた。

ふだらく様だ。見ちゃいけない。

私の意に反して、体は坂を下りていく。私の家は山のふもとにあり、浜まではすぐだ。

尿意も忘れ、催眠術にかかったように足が動く。

砂浜の近くに船が見えた。

懐中電灯の明かりではない。赤い光がその小船を薄ぼんやりと包んでいるのだ。

板屋根があって、前後左右を鳥居が囲んでいるという、奇妙なデザインで、太鼓の音はその中から響いているようだ。

国道を横切ってさらに近づいた時、男の声が聞こえた。

――坊や、おいで。いい所に連れていってあげるよ。

それは、耳からではなく、頭に直接入ってくるようだった。

――いい所って、どこ?
――南だよ。補陀落に行くんだよ。

――ふだらく? ふだらく様?
――浄土だよ。

――じょうど?
――みんながあこがれる場所だよ。願えば何でもかなうよ。お菓子だって、いくらでも食べられるよ。おもちゃだって、好きなだけもらえるよ。恨みも、妬みも、争いもない平和な所だよ。

――争いが……ない。

私の脳裏にゴンと、やっこと、ぴろしの顔がちらついた。一歩船に向かって踏み出した。

「行くな」

突然後ろから右の二の腕をつかまれた。振り返ると源兄ちゃんが立っていた。

「源兄ちゃん、じょうどって、何?」

「あの世だよ!」

源兄ちゃんのおっかない形相は今も忘れることができない。

「お前、もう少しで死ぬとこだったぞ」

……もう船は消えていた。

子供が神隠しにあわないよう、若い者が交代で見張りをしていたとのことだった。

源兄ちゃんは見なかったけど、私が船に引き寄せられているのは確実だと直感したそうだ。

「お前、ふだらく様に会ったんだってな」

おそらく、源兄ちゃんが誰かに話して、その誰かが誰かに話して、いつの間にかゴン達の耳に入ったのだろう。

次の日、電話で学校の体育館の裏に呼び出された。

行きたくなかったが、行かなければまた何をされるか分からない。昨日のこともあり、家から出るなと厳重注意されていたが、家族の目を盗んでこっそり抜け出してきたのだ。

「なんて言われた?」

「言いたくないよ」

「隠してんじゃねえよ」

ゴンの拳がこめかみに当たる。

「浄土に連れていってくれるって」

「じょうど? なんだそりゃ」

あの世だよ!

「とてもいい所なんだ。願えば何でもかなうんだよ。お菓子だっていくらでも食べられるんだ」

「ケーキもか?」

「俺チョコケーキ食いてえ」

やっこが無邪気にはしゃいだ。

「俺モンブラン」

ぴろしもよだれを垂らさんばかりだ。

漁村の子供にとって、ケーキは年に数回食べられるぜいたく品だった。

「何でもって、ファミコンもか」

もう少しで死ぬとこだったぞ。

「ああもちろんだよ。ソフト全部もらえるんだ」

ゴンは目を爛々と輝かせた。

翌朝、ゴン達は姿を消した。捜索願も出されたが、ついに見つかることはなかった。

私は大学に入って浜を離れた。

現在は東京の製薬会社に勤めている。

ゴン達は今もケーキを食べながらゲームをしているのかなあなどと、時々思う。

 

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