短編 山にまつわる怖い話

高野山の噂【ゆっくり朗読】3900-0107

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俺が高野山に住んでいた時、こんな噂話を聞いた。

曰く、「昔、坊主専用の廓が、山のどこかにあった」

「その廓は終戦後取り潰されて廃墟になったが、今でも形を保っている」

「そこはとんでもなくヤバイところで、何が出るかは知らないが、行ったら正気では帰って来れない」

と、ものすごく好奇心をそそる内容。

当時寮生だった俺は、ある夏の休日に、寮の後輩を無理矢理引き連れて、噂の廃墟へと向かったのさ。

と言っても、廃墟の場所は正確にわからないから、ちょっとしたピクニック気分で山の中に入っていったんだ。

それが甘かった。

高野山の山の中って、同じような木が同じように生えているばかりで、一度迷ったらなかなか現在位置がわからなくなるんだよね。

面白がって細い獣道ばかり選んでた俺らは、それこそ一瞬にして迷った。

帰り道どころか、今どの山を歩いているのかもわからない。

歩けば歩くほど、より奥に迷い込んでいく感じだった。

いよいよ日も翳りはじめてきた頃、誰かが「迷ったら尾根に出ろ」と言い出した。

多分どこかでの聞きかじりだったのだろうけど、一面槇の木に囲まれているよりは、回りが見渡せる方がましだ。

とにかく上に向かって上り始めた俺たち。

どのくらい上ったのか、尾根らしきところに出ると、やっと回りを見渡す事が出来た。

遠くに大きな町と、反対側の近くに小さな町。

あれは奈良で、反対側は九度山か?と推理しても、現在地は不明。

その時はもう、みんなつかれきった上空腹で、喉も渇いている。

とにかく尾根沿いに歩くしかないと、遠くに見える町のほうに歩き出した時、後輩の一人が

「水!水がありますよ!」と叫んだ。

立ち止まり耳を澄ますと、確かに水の流れる音がする。

水のにおいも漂っている。近くに沢があるのか。

とにかく乾いていた俺たちは、水の音に向かってダッシュした。

五分ほど薮を踏み越えていくと、いきなり周囲の景色が開けて、驚くくらい大きな川が流れていた。

大きな川と言っても、幅は5~6mくらいだったのだけれども。

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とにかく水があったことで、みんな激しく喜んだ。

まず靴を脱いで足を浸すもの、コンビニのビニールに水を汲もうとするものなどいたけれど、俺はまず水が飲みたかったから、水を両手ですくって、そこで固まった。

「おい待ておまいら!この水飲むな!」

不信そうな後輩たちの視線をあびながら、俺は川底を指差した。

その川は、岩盤の上をずっと水が流れていたのだけれども、水底の岩の色が普通じゃなかった。

真っ赤。

これ以上ないくらい赤。

上流まで、ずっと鮮やかな赤。

あまりに鮮やかな赤い川を見ながら、みんなが同時にある事を思い出していた。

昔々、丹紗とか丹とか呼ばれて、万能薬とされてた鉱物があったと授業で聴いた。

お大師さんも、高野山から京都にその薬を持ち込んでいたらしい。

でも実際は、人体にとって毒物でしかなかったと言う。

で、恐らく水に混じって流れてたのは、岩盤を赤く染めていたのは、その丹紗、万能薬、要するに硫化水銀。

硫化水銀の赤色。

毒も気持ち悪いけど、それ以上に、なにか触れてはいけないものに触れたようで、全員がそこで固まってしまった。

川底の岩盤は、上流に向かってより赤みを増しているようだった。

面白い論文が書ける、という誘惑は確かにあった。

でも、誰も川をさかのぼろうとは言わなかった。

登山の常識としては最悪だと聞いたけど、俺たちはそのまま沢を下る事に決めた。

二時間ほど歩いて、偶然にも小さな集落に出て、俺たちは親切な農家のおじさんの軽トラで、最寄り駅まで送ってもらう事が出来た。

で、その後高野山に帰った俺たちは、また普段通りの日常に戻ったわけだ。

しばらくしてから、農家のおじさんにお礼に行ったら、既にそこは廃村になっていたり、また、赤い川はもう見つからなかったりとかしたけど、それはそれでいい体験だったと思う。

2004/02/02 00:59

(了)

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