ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 洒落にならない怖い話

ひぐらしの元ネタ~広島一家行方不明事件 r+6,724-7,485

更新日:

Sponsord Link

ひぐらしの元ネタとなった広島一家行方不明事件

あの日、新聞の小さな記事に目が吸い寄せられた。湖に転落していた一台の車。中には一家四人の遺体。事件性はないと結論づけられたが、私にはそれ以上のものがちらついてならなかった。

夏の終わり、田畑に湿った風が流れ、夜には鈴虫の声が響く。世羅の町は一見穏やかで、誰もが顔見知りの閉じた世界だ。けれどその奥底に、濁った流れが沈殿しているような気配があった。

記事を追いながら、私はどうしても一年前の失踪のことを思い出してしまう。
戸締まりされた家。網をかけられたままの朝食。荷造り済みのスーツケース。何も乱れていないはずの空間で、人の気配だけがすっぽり抜け落ちていた。私はかつてその家を訪れたことがある。畳に座り、湯気の立つ急須を見た記憶が残っている。それだけに、忽然と消えたという報せは、皮膚の下に冷えた針を刺されたように感じた。

「神隠しだ」――そう呟いたのは隣家の老人だった。
彼の声には、怯えよりも諦めに近い響きがあった。まるで繰り返し聞いてきた言葉を再生しているような、乾いた調子だった。

私はやがて、大将神山という名を耳にする。
雲の影に覆われたその山には、昔から「人が消える」という話がこびりついていた。とりわけ、お夏という名の女性が一度山に入ったきり戻らなかったという逸話は、今も村人たちの口に残っている。彼女が仕えていた家は山上家と呼ばれ、京丸ダムで見つかった一家の先祖筋にあたるらしい。

伝承を繙くにつれ、私の背中を汗が伝う。お夏の失踪から幾世代も経ちながら、同じ家の血筋に「消える女」が絶えず現れたという。女たちは家を出る前に必ず視線を宙に向け、何かに呼ばれるように足を進めたと記されていた。

京丸ダムの湖底から引き上げられた車の内部について、捜査関係者の噂を聞いたのはずっと後のことだ。
一家は全員、同じ方向を見ていた――。
その言葉を耳にした瞬間、心臓が湿った布で包まれたように重くなる。水圧や偶然で説明できるはずがない、という思いが身体の奥で膨らんでいった。

次第に私は、家族が最後に見ていたものを想像するようになった。
濁った水の中、車の窓の向こうに浮かび上がる何か。お夏の時代から絶えず繰り返される「呼び声」の主。大将神山に漂う白い霧と、湖面の静かな揺れとが、ひとつに重なっていった。

京丸ダムの湖底を訪れたことがある。
水面は鏡のように静かで、わずかな風が立つと鈍い光がきらめいた。私はその場に立つと、どうしても湖底の暗闇に視線を落とさずにはいられなかった。胸の奥に小石を呑み込んだような重さが広がる。

周囲は田畑と廃屋の混じる風景で、道端には色あせた祠がぽつりと置かれている。手を合わせる人影はなく、蜘蛛の巣が結界のように張りついていた。祠の中には欠けた陶器の皿が一枚、裏返しに置かれていた。それが何を意味するのか、私はわからない。ただ、そこに不完全な祈りの痕跡を感じ取った。

夜になると湖畔はさらに冷える。
草むらに潜む虫の音と、遠くを走る車のエンジン音。その合間に、ときおり風でもない揺れが水面を撫でていく。私は耳の奥で「ざわ」と鳴る水音を聞いた。湖の中から呼び返されるような、低いざわめき。

その頃、私は山上家の古い戸籍や記録を追っていた。
驚くほど多くの女性が、若いうちに所在不明となっていた。行方不明者届の文面は淡々としているのに、不在の影が濃く刻まれている。特に昭和初期、同じ年にふたりの姉妹が消えているのを見つけた時には、背筋に冷たいものが走った。

不意に、ある証言が目に留まった。
「山の上から女の声がした。水の底から響くように重なっていた」
紙に残された一文は、どこか震えているように見えた。

私は、声がどこへ向かっているのか気になった。
山から水へ、水から人へ。あるいは、失われた女たちが呼び合い、血筋をたどって姿を求め続けているのではないか。そんな仮定を置いた途端、空気の密度が変わる。呼吸が浅くなり、足元の土の粒がざらついていく。

京丸ダム建設前、この一帯には小さな集落があったという。水没した家々の上にダム湖が広がったとき、祠や墓もいくつかはそのまま沈んだままだったらしい。もし湖底に残された「呼び声」の核があるのなら、一家が同じ方向を向いていた理由も説明できる。彼らは沈んだ何かを見ていたのだ。

そして、私の脳裏には、あの新聞記事に載らなかった証言が蘇る。
「車の窓ガラスに、女の髪のような影が貼りついていた」
ただの藻か、水草の塊かもしれない。だが、その影は一家四人の顔の正面に流れ落ちていたという。

私は、それを偶然と切り捨てられなかった。
車内の遺体が同じ方向を向き、外側のガラスに髪のようなものが重なる。その姿を想像するだけで、皮膚の表面が細かく泡立つ。視線の先に、呼び戻された誰かの顔が浮かんでいたのではないか。

秋が深まるにつれ、湖畔の空気は一層濃くなった。
日暮れ前の水面は鉄のように硬く光り、風が止むと周囲の音がすべて沈む。耳の奥で自分の血流だけが響き、心臓の鼓動が水に吸い込まれていく。私は立ち尽くし、無意識に指先を湿った土へ押し込んでいた。

その夜、湖のほとりで奇妙な体験をした。
わずかな霧が足元を包むなか、遠くから水を打つような音が近づいてきた。風は吹いていない。波もない。ただ、一定の間隔で「ぽちゃん」と水面を叩く響きが続く。私は耳を澄ませ、やがてそれが足音に似ていることに気づいた。水底を歩く誰かが、ゆっくりこちらへ近づいている――そう思った瞬間、膝の力が抜け、砂利に膝をついた。

視界の端に影が揺れる。
水面に映った月の光を裂くように、黒い縦の筋が立っていた。髪の束のようにも、長い布の切れ端のようにも見えた。私は声を上げられず、ただその影が湖の奥へと溶けるのを見送るしかなかった。

その後、山上家の古い蔵を調べる機会を得た。
埃に覆われた木箱の底に、一冊の帳面が残されていた。墨で走り書きされた断片にはこう記されていた。
「女は水に還る。山より呼ばれ、水に座す」
「一つの視線に四つの顔を揃えるとき、扉は開く」

読み進めるうちに背中を這い上がるものを感じた。四人――一家四人と重なる。扉が開く先がどこなのかは書かれていない。ただ、女たちが血を伝って呼び寄せる「座す場所」が、湖底であることだけははっきりしていた。

帳面を閉じた瞬間、耳の奥であの水音が蘇る。
「ぽちゃん……ぽちゃん……」
反射的に振り向くと、窓ガラスに髪のような影が貼りついていた。乾いた埃の中で揺れるはずもない黒い線。瞬きをしたときには消えていたが、空気はすでに湿っていた。

私はその夜から夢を見るようになった。
湖底に沈んだ車の中、四つの顔が同じ方向を向いている。ガラス越しに覗くと、その先に私自身が立っていた。水の外にいるはずの私と、車中の視線が重なった。凍りついた瞬間、どちらが外に立ち、どちらが中に座しているのか判別できなくなった。

やがて夢は現実に滲み出した。
湖畔に立つと、鏡のような水面に映る影は必ず四つ揃っていた。私一人でいても、隣に三つの淡い輪郭が並ぶ。子供の背丈のものも、女の肩の高さのものも。風が吹くたび、影はゆらぎながらも消えずに残った。

……今こうして筆を取っているときでさえ、背後に湿った気配が寄り添っている。
窓の外には夜の闇。ガラスに映る自分の姿は、一人分ではなかった。数を数えかけて、喉が詰まる。鏡のこちらと向こうが入れ替わる瞬間を、もう拒めないと悟った。

一家が見ていたものの正体は、おそらく私だ。
そして今、湖底からこちらを見つめ返しているのも、また私なのだ。

[出典:24 :2010/05/28(金) 03:18:22.88 ID:P5aKPVjO0]

《広島一家失踪事件》未解決事件考察 n+

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 洒落にならない怖い話
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.