ダイアナ死亡事故に新事実! 独占!元執事が語った真相とは?
事故か?陰謀か?世紀のミステリー/ダイアナの事故は陰謀なのか?

ダイアナ元皇太子妃の死──未解決の悲劇の真相とは
1997年8月31日。
この日、世界中が衝撃を受けました。
「ダイアナ元皇太子妃死亡事故」。
しかしこの事故には、今なお多くの謎が残されています。
王室を離れてからの悲劇
ダイアナ・フランシス・スペンサーは1981年、イギリス王室のチャールズ皇太子と結婚。
しかし1996年に離婚し、王室から離れることになります。
そのわずか1年後、36歳の若さで命を落とすことになるのです。
本国イギリスでは、事故を「単なる偶然」とは思っていない人も多く、国民の約半数が「何らかの陰謀があった」と考えています。
彼女を最も近くで見ていた人物
今回、取材班が訪ねたのは、イギリス・チェシャー州で花屋を営むポール・バレル氏。
彼はダイアナの執事として、10年間にわたり彼女に仕えてきました。
バレル氏は事故について、「不慮の事故とは思えない。背後に何らかの力が働いた可能性がある」と語ります。
事故当日の経緯
1997年8月31日 深夜0時。
ダイアナは当時の恋人、エジプト人実業家ドディ・アルファイド氏と、フランス・パリのホテルに滞在していました。
2人の交際は当時大きなスキャンダルとして報じられており、連日パパラッチが2人を追い回していました。
ホテルの前にも多くのカメラマンが張り付いており、ドディの父モハメド・アルファイド氏は「外に出るな」と忠告。
しかし、運転手のアンリ・ポールが「裏口から出れば大丈夫」と誘導し、車に乗り込みます。
その車には、ダイアナとドディ、運転手ポール、そしてボディーガードのトレバー・リース・ジョーンズの4人が同乗。
パパラッチを振り切ろうとスピードを上げ、トンネルに入った直後──
車は柱に衝突し、大破。
ダイアナ、ドディ、運転手のポールが死亡。唯一、生き残ったのはボディーガードのジョーンズでした。
不可解な事故報告
フランス当局の公式発表によると、事故の原因は「運転手の飲酒とスピード超過」。
遺体から検出された血中アルコール濃度は基準値の3倍にあたり、ワイン8杯分に相当する量だったといいます。
しかしバレル氏はこう反論します。
「アルファイド家はイスラム教徒。ドディ氏は特に飲酒に厳しく、運転手が酔っていることを許すはずがない」
さらに、ホテルの防犯カメラ映像では、運転手が冷静にダイアナたちを車へ誘導する様子が映っており、泥酔状態には到底見えません。
謎の「もう一台の白い車」
事故後の現場調査では、ダイアナたちの車に白い塗料が付着していたことが判明。
さらに、現場からは他車のものと思われるライトの破片も発見されました。
これにより、「事故直前に別の車と接触していた可能性」が浮上。
追跡調査の結果、塗料と破片はパパラッチのジェームス・アンダンソンが所有する白い車のものと一致しました。
その後、事故直前に撮られた写真も見つかり、ダイアナの姿が後部座席で確認されています。
しかしアンダンソン氏は3年後、詳細を語ることなく謎の自殺を遂げています。遺書はありませんでした。
唯一の生存者と失われた記憶
事故車に同乗していたボディーガードのジョーンズ氏は奇跡的に生存。
しかし頭部に重傷を負い、事故当時の記憶は失われたままです。
ダイアナが残した「予言の手紙」
事故の9ヶ月前、ダイアナはバレル氏に直筆の手紙を託していました。
そこには、自身の死を予感したかのような言葉が記されています。
「今、私は人生最大の危機にいます。車に細工をされ、事故を起こして頭部に重傷を負わされるかもしれない」
さらに手紙には、事故を仕組んでいると思われる人物の名前が書かれていました。
その部分は公開されていませんでしたが、バレル氏によれば──
「私の夫によって」
つまり、チャールズ皇太子の名が書かれていたというのです。
王室の影、女王の警告
バレル氏は最後に、ある衝撃的な一言を明かしました。
「女王が一度だけ私にこう言ったのです。『気をつけなさい。この国では、私の知らない力が動いている』と」
バレル氏の想い
「私はあれが偶然の事故だったと信じたい。なぜなら、あんなに美しいプリンセスの死を望む人間がいるなんて……信じたくないのです」
そう語るバレル氏の言葉が、今も胸に残ります。
(了)
[出典:2015年8月26日(水)「真相解明バラエティー トリックハンター 」]