これは、親しい友人にだけしか話したことがない話だ。
俺自身も、いまだ信じ難い出来事だし、仕事柄、職務上の秘密も多いので、どうしても誰彼に話せるものでもない。
俺は地方のとある警察署で働く警察官だ。あの日、冬の厳寒の中、俺はいつも通り、自動車警らでパトロールをしていた。職歴3年目の駆け出しだが、現場での経験を少しずつ積んでいた頃だ。
その日は早朝から冷え込みが厳しく、数日前から降り積もった雪が冷たく固まって道路を覆っていた。夕方近く、俺は担当エリアの郊外にある駐車場に巡回に行った。夏はトラック運転手たちが休憩で利用する駐車場だが、冬の今の時期は山道も閉鎖され、ひっそりと静まり返っている。人影が消えた駐車場はときに薬物の温床にもなるため、冬場も定期的に巡回している場所だった。
そこに到着すると、車が一台、ひっそりと雪に埋もれていた。ワンボックスカーで、屋根やフロントガラスには約20センチほどの雪が積もっている。見たところ、タイヤの周りにも雪が積もり、車はしばらく動いていないようだった。タイヤの跡も見当たらない。放置車両か、それとも、ここで何かが起こったのかもしれない――。
俺はすぐに応援を要請し、一緒にパトロールしていた定年間際の同僚に車両の照会を頼んだ。俺が車に近づき、ドアの鍵を確認していると、同僚から無線が入った。
「この車、捜索願が出てる。自殺をほのめかして家を出た人のものらしい」
その瞬間、嫌な予感が背筋を這った。ふいに込み上げる不安に耐えながら、俺は車の窓につもった雪を手で払い、中を覗き込んだ。車内は薄暗く、後部座席に誰かが横たわっているのが見えた。まるで眠っているかのように目を閉じているが、応答がない。足元には練炭が無造作に置かれていた。
一瞬、胸に重いものがのしかかる。それでも、俺は車内の人物がまだ助かる可能性を信じ、窓を拳で叩いた。しかし、何の反応もない。冷たい空気の中、ただ時間が無情に流れていくだけだ。
救急車を呼んだという無線が入ると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。焦りに駆られて俺は窓を叩き割り、後部座席の人物の足を掴んで引き出そうとした瞬間――。
いきなり、その人物がクワッと目を見開いた。
息が止まるような瞬間だった。死んでいると思っていた人間が突然目を開けたのだ。俺は思わず手を引っ込め、凍りついたように立ち尽くした。体は凍えるほど冷たいのに、まるで強烈な生気を放つかのような視線。まばたきもせずに見開かれたその目が、何かを訴えるように俺を見据えている。
我に返った俺は心臓マッサージを始めたが、正直、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。俺の鼓動だけがやけに大きく感じられる。まもなく救急車と本署からの刑事が到着し、俺は状況を説明し、引き継いだ。しばらくして、仲のいい刑事が不思議そうな顔で俺に近寄ってきた。
「何で心臓マッサージなんかしたんだ?死後硬直の具合から見て、もう死後一日は経ってる。死因解明のためにも、明らかに死んで時間が経っている遺体には余計な手を加えない方がいい」
その瞬間、目の前が真っ暗になった。俺が見たあの目は何だったのか?死後一日が経過した遺体に、目が見開くなどありえない。
刑事の言葉に反論することもできず、あの瞬間のことを告げることもできなかった。そんなことを言えば、「新人の取り乱し」で終わるか、何か精神的におかしいと思われるのがオチだ。俺はただ頷いて、その場をやり過ごすしかなかった。
あの目の奥には、何が潜んでいたのだろうか。