中学時代の同級生から聞いた話。
彼の住むマンションから徒歩で十数分ほど、駅からも少し外れた寂れた通りに、そのハンバーガー屋はあるという。錆びた看板に赤いペンキで「HAND MADE BURGER」と書かれているが、文字は褪せ、雨の跡でところどころ滲んでいた。
店のドアを開けると、鈍いチャイムの音と共に、微かに焦げた油の匂いと生活臭が混ざりあった空気が顔にまとわりついてくる。広々とした店内には客の姿はなく、注文カウンターの奥では中年の男が油を落とした髪をまとめ、レジに立っている。奥から時折、主婦らしき女の咳き込む声が聞こえるという。
テーブルは数十席。中央には調味料の瓶が無造作に置かれており、ケチャップやマスタード、そしてサルサソースが埃をかぶって並んでいる。その瓶たちの脇に、古びた木の札が吊るされていて、そこには手書きでこう記されている。
「当店のハンバーガーには独自の味付けを施しております。まずはそのままお召し上がり下さい」
味付けといっても、ケチャップと市販のフレンチドレッシングをかけただけのような、なんということのない味だ。彼はサルサソースが好きで、最初からドバドバかけて食べるのが常だった。
三度目に店を訪れた時だった。
レジでセットメニューを注文すると、店主が笑みとも無表情ともつかない顔で言った。
「うちのハンバーガーは、そのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと、味がわからなくなりますからね」
語尾にかすかな棘があったように感じたが、その場では特に気に留めず、「はい」とだけ返事をして、いつものようにサルサソースをかけて食べた。
それから二、三ヶ月はその店に行かなかった。なんとなく気が向かず、足が遠のいたというだけのことだったが、ある日の夕暮れ、急にあのハンバーガーの味を思い出し、再び足を運んだ。
レジの前に立つと、店主が前とまったく同じセリフを繰り返した。
「うちのハンバーガーは、そのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと、味がわからなくなりますからね」
声の調子が妙だった。淡々としているのに、どこか無理に抑え込んだような歪みがあり、唇が微かに震えていた。言葉を言い終える直前に一瞬、目の焦点が合って、それがこちらに向けられた敵意ではなく、何か重たい、言い表せぬ絶望のようなものだと気づいた。
飲食スペースは階段を上った中二階にあり、注文後、奥さんが品を運んできては奥の住居に引っ込むので、彼がどう食べているかは見えないはずだった。
だが、店主のあの言い回しには、明らかに「見ていた」者の視線があった。
気味の悪さはあったが、腹が減っていたのもあり、品が届くといつものようにサルサをたっぷりとかけて食べ始めた。バンズにしみた赤いソースは見た目ほど辛くなく、油にまみれたパティの雑な風味に奇妙に馴染んでいた。
バーガーを半分ほど平らげた頃、不意にガシャンという割れる音が階下から響いた。金属音を伴ったそれは、明らかに故意に叩きつけたような激しさだった。
反射的に音の方を振り返ると、階段奥の住居との境目、磨りガラスのはまった扉がわずかに開いていて、その隙間から店主と奥さんが半身をのぞかせ、じっと彼を見ていた。
何かを床に叩きつけた直後のように、店主の肩は大きく上がっており、視線は固く、動かない。瞳だけが濁って揺れていた。奥さんの顔は陰になってよく見えなかったが、その影の奥で、何かが異様な速さで蠢いていた気がした。
すぐに目を逸らし、ハンバーガーを残したまま階段を駆け下りて店を出た。息が詰まりそうなほどの恐怖だったが、それは「怒り」や「狂気」に対する恐れではなく、「理解不能」に対する本能的な嫌悪感だった。
あの視線には、自我というものが完全に溶けて失われたような、形容のしがたい空洞が宿っていた。
それからしばらく、その道は避けるようにしていたが、ある日、偶然その前を通った時、店には「売物件」の貼り紙が出ていた。すぐに売りに出されたようで、貼り紙はまだ新しかった。
だがその横、調味料台のあった場所に、一枚の白い紙が風に揺れていたという。
「どうして、わかってくれないの」
それは誰の筆跡だったのか、何に対する訴えだったのかは、誰にもわからなかった。