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短編 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

ハンバーガーショック【ゆっくり朗読】5562-1230

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今住んでるマンションから徒歩十数分のところに、ハンバーガー屋がある。

フランチャイズ店ではなく、手作りの味を売りにしている店だ。

セット(バーガー+ポテト+ドリンク)で頼むと800円以上はするし、すごく美味いってわけでもないせいか、いつ行っても客がいない。

店内はそのくせわりと広いので、ちょっと寂しささえ感じるほどだ。

店は中年男性がレジと厨房、その奥さんらしき女性がウェイトレスや雑用を担当している。

店の奥は彼らの住居に直接繋がっている作りで、よく言えばアットホーム、悪くいえば生活感があり、飲食店としてはだらしない感じ。

店も店の二人も、70年代を感じさせるスタイル。

それもオシャレな感じじゃなく、ちょっと陰気な、貧乏臭い感じのものだ。

フロアの中央には、各種調味料が置いてある。

おれの好きなサルサソースも置いてあるので、他に食べたいものがない時に、消去法でここに来ることがたまにあった。

調味料置き場には、

『当店のハンバーガーには、独自の味付けをしております。調味料の類は、一度召し上がってからお付け下さい』

というメッセージが書かれている。

独自の味付けっていっても、ケチャップとフレンチドレッシングがかかっているだけだ。(たぶん)

おれは、最初からサルサソースをドバドバかけて食っていた。

確か3度目に、この店を訪れた時だったと思う。

レジでの注文時に、

「うちのハンバーガーは、そのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと、味がわからなくなりますからね」

と言われた。

おせっかいだなぁと思いながらも、「ええ」とだけ無難な返事をしておいた。

その日も結局、いきなりサルサソースどばどばで食べた。

それから、なんとはなしにその店に行かなかったのだが、2、3ヶ月は経ってから、ふとまた食べたくなり、久しぶりに店を訪れた。

「うちのハンバーガーは、そのまま食べてみて下さいね。あまり調味料を使うと、味がわからなくなりますからね」

はっきりと覚えているわけではないのだが、前回と同じセリフをそっくりそのまま言われた。

で、今回はおっさんの顔がちょっと引き攣っていて、口調も何か感情を押し殺した様に、変に棒読みなんだ。

口元なんかちょっとプルプル震えて、どもりをすれすれで免れた感じ。

ここに至って初めて、ちょっと不審に思った。

この店はレジが一階にあり、客が飲食するフロアは階段を上ったところにある。

ウェイトレスの奥さんも、注文した品を席まで届けると、飲食フロアの奥にある自宅へと引っ込んでしまうので、おれがハンバーガーを食べているところを、彼らに直接見られた記憶がないのだ。

でも、さっきの口調は通り一遍の説明ではなく、はっきりとおれへの非難が感じられるもの。

いつもおれがサルサソースどばどばやってるのを、見られていたのかな。

まあでも、客がどんな食い方をしようと勝手だ。

奥さんが注文したセットを置いて、フロアの奥の方へ向かったのを確認して、おれはまた調味料コーナーへ向かい、バーガーのバンズを取り、サルサをどばどばかけた。

なんかおっさんが押し付けがましいのがムカつくけど、たまに食うとわりと美味いなーと思いながら、むしゃむしゃやっていた。

半分くらい食べたところだったか、不意にガシャンというガラスの割れる大きな音がした。

驚いて音のする方を反射的に振り返ると、それはフロアの奥の店主達の住居の入り口。

そこから半身だけのぞかせ、店主と奥さんがこちらを凝視していた。

店主は何かを床に叩きつけた直後の様な姿勢で、顔だけこちらを向いている。

一瞬だけ視線が合ったが、すぐに目を逸らせて小走りに店を出た。ただただ怖かった。

彼の表情は、おれに暴力的な危害を加えようというような、つまり、殺気を感じさせるようなものではなかった。

自我の崩壊というものが表情に表れるとしたら、ああいう感じではなかろうか、と思わせるものだった。

さらに数ヵ月後、店の前を通りかかった。

店は売りに出されていた。

貼り紙から察するに、最後に店を訪れてからほどなくのことのようだった。

(了)

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