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顔咲 r+1,335

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タクシー運転手をやっていた頃、暇な時間によく乗客に話しかけていた。

世間話や天気のことが多かったが、ときどき「怖い話、聞いたことありません?」なんて訊くこともあった。そういうのが好きだったんだ。だが、たいていの人は笑ってごまかすだけで、ほんとうに不思議な話を聞かせてくれることは滅多になかった。

だけど、ある日だけは違った。

その日、乗せたのは五十代くらいの男の人で、Aさんというらしい。同業者だった。タクシー運転手歴はもう三十年を越えると言っていた。俺がいつものように冗談まじりで「怖い体験、あったりしますか?」と訊くと、彼はしばらく無言のまま、車窓の方を向いていた。やがてぽつりと、こう言った。

「……たった一度だけ、不思議なことがあったなあ」

彼が話してくれた内容は、簡単に言えばこうだ。

勤務先の車庫まではいつも徒歩で通っていたそうだ。歩いて十五分くらいの、変哲のない住宅街。通勤路も決まっていて、毎日同じ景色を見ながら歩いていた。途中に、一軒の平屋がある。小さな花壇が道路に面していて、季節ごとにささやかな花が植え替えられていた。

ある朝、その家の前を通ったときのこと。ふと目に入った花壇に、見慣れない植物が生えていた。種類はわからないが、茎は太く、健康的にピンと伸びていた。五十センチはあっただろう。先端には花のつぼみのようなものが付いていたが、色味も質感もどこか異様で、花なのか実なのか、区別がつかなかった。

けれど、彼はそのとき深く考えなかったという。ただのガーデニングの一環だろうと思った。珍しい品種なのかもしれない。そう思って通り過ぎた。

その日の勤務を終え、夜に同じ道を帰ると、植物はそこに変わらずあった。だが、あの「つぼみ」のような部分が、朝よりほんのわずかに膨らんでいた。気のせいかもしれないが、まるで息をしているようにも見えた。

翌朝、また花壇を通ると、それはさらに成長していた。今度は明らかに実だとわかる形になっていたそうだ。楕円形のフォルム。表面には細かい凹みがあり、どこか有機的な、いや、生物的な感触を覚えさせたという。

三日目。実はもう手のひらほどの大きさに育っていた。色はやや灰がかった肌色。表面には細かな皺が寄り、つやもなくなっていた。まるで、年老いた人間の皮膚のようだった。

「いやね、そのとき思ったんですよ……これ、なんかの顔に似てるなって」

彼はそう言って、少し笑った。

それが何の顔か、すぐには思い出せなかったそうだ。ただ、見覚えがある。見たことがある顔。男の顔。誰かを思い出しそうで、思い出せない。歯がゆいような感覚だけが残っていた。

その夜、自宅に戻ると妻から封筒を渡された。中には一枚のはがきが入っていた。中学時代の同級生の訃報だった。名前を見た瞬間、何かが弾けたように思い出した。

「そうだ、あの顔……あの実の形は、彼だった」

通夜の日。会場には旧友たちがぽつぽつと集まり、香典を手にしていた。あまり親しい仲ではなかったから、顔を合わせても会釈程度だったが、焼香の列に並んでいるとき、不意に背筋が冷たくなった。

棺の中で眠っている彼の顔を見て、確信したのだ。

「やっぱり、間違いない。あの植物の実は、この顔だ」

同級生とはほとんど会話した記憶もない。卒業してからは一度も連絡を取ったことすらなかった。彼のことを思い出したのも、数十年ぶりだった。それなのに、なぜ、どうして、彼の顔が通勤路の花壇に咲くのか?

訝しげな表情を浮かべていた俺に、Aさんは苦笑しながら言った。

「変ですよねえ……虫の知らせってやつにしても、もっと縁の深い人ならわかるんですけど。ほとんど喋ったこともない相手なんですよ。こっちの名前だって、覚えてたかどうか……」

葬儀が終わって数日後、再びその家の前を通ったという。例の花壇を見て、思わず足を止めた。

花壇は荒れていた。土は掘り返されたようにぼこぼこで、植物の痕跡も何もなかった。まるで最初から何もなかったかのように、さらさらの土だけが、そこにあった。

「……なんだったんでしょうね、あれ」

俺はその話を聞き終えたとき、思わずゾッとした。もし仮に、あの植物が人の顔を模す性質を持っていたとしたら? それとも、死者の顔が宿る器だったとしたら? では、それは誰が植えたのか。そして、次に咲くのは――

車内には、しばらく沈黙が流れていた。

Aさんは穏やかに笑った。だが、瞳の奥には何かが沈んでいるようだった。

そのとき、俺はふと、思った。

もし自分が死んだとき、誰か知らない人の前に、自分の顔が咲いてしまったら……その誰かが困り笑いを浮かべながら、俺の顔を見下ろしていたとしたら……いったい、自分はどうすればいいのだろうか。

[345 :本当にあった怖い名無し:2022/01/26(水) 00:06:27.48 ID:icuE+6v90.net]

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