同居していた頃のことを、私は今でも正確な時系列で思い出せない。
あの家にいた時間は、昼と夜の境目が曖昧で、言葉がそのまま形を持って漂っていた。
姑との摩擦は日常だった。
怒鳴り声や悪意のある言葉が、壁や床に染み込み、家そのものが私を拒んでいるようだった。妊娠中の身体には、それだけで十分すぎる重さだった。
ある日、近所に住む友人が訪ねてきた。
彼女は占い師だ。肩書きより先に、妙に「いるべきでない場所」に馴染む人だった。
姑は玄関に立った瞬間から彼女を嫌悪した。
視線、声の高さ、間の取り方、そのすべてが攻撃だった。
話題が私の腹に移ったとき、空気が一段重くなった。
「女腹なんて、役に立たない」
「跡取りが欲しかった」
そのとき、友人が姿勢を正し、姑をまっすぐ見た。
表情は穏やかなままだった。
「お姑さんは、お孫さんを抱けません」
声は低く、断定だった。
占いでも予言でもない、ただの事実を告げるような言い方だった。
姑は何も言わず、その場を出て行った。
逃げるように、近所の家へ入っていった。
それ以降、家の空気が変わった。
姑は私の腹を見なくなった。
声をかけると、一瞬だけ遅れて反応する。まるで、私ではない何かを見ているようだった。
ほどなく夫の栄転が決まり、引っ越しが決まった。
同居は解消された。
娘が生まれても、姑には会わせなかった。夫が拒んだ。
友人は時折訪ねてきて、「当たってよかったね」とだけ言った。
私はそれを冗談として受け取れなかった。
それからしばらくして、姑が突然現れた。
新住所は教えていなかった。
娘は幼稚園に行っていた。
姑は無言で家に入り、仏間に向かい、父の位牌を抱えて出て行った。
呼び止めると、振り返りもせず言った。
「孫を見せたら返す」
翌日、義実家に行った。
位牌は見つからなかった。
「もう捨てたわ」
「場所? 知りたい?」
その言葉で、身体の芯が冷えた。
父が、行き場を失ったような気がした。
そのとき、携帯が鳴った。
友人だった。
「今、義実家にいるよね」
「下手なことしないで」
一時間後、友人が現れた。
手には、父の位牌があった。
「不思議でしょ」
「どうして私が持っているか」
姑は何も言えなかった。
視線だけが、位牌と友人の間を行き来していた。
「お父さん、怒ってる」
「あなたが、娘だけじゃなく、孫にまで触れようとしたから」
友人は淡々と続けた。
次に何かしたら、どうなるか分かるでしょう、と。
その場で姑は崩れ落ちた。
床に広がった染みを、誰も見なかったことにした。
後で聞いた。
位牌は、山裾の藪に捨てられていたらしい。
人が倒れても気づかれない場所だったという。
友人は言った。
「見てるよ」
「守ってるって」
それが父なのか、別の何かなのか、私は確かめていない。
確かめる必要もない。
今も、夜になると位牌の前で、時々、気配が増える。
守られているのか、見張られているのか、判断はつかない。
ただ一つ分かっているのは、
あの言葉は予言ではなかったということだ。
すでに決まっていた事実を、先に聞かされただけだった。
[出典:399 :名無しさん@HOME :2007/02/27(火) 16:54:33]