知られざる旧日本軍の最終兵器
[出典:blogs.yahoo.co.jp/kakuchan1964]
静岡県島田市に住む古老から、かつてこの地で囁かれていた話を聞いた。
昭和二十年七月。強い熱気が地面に張りつくような午後、空から重く鈍い音が落ちてきた。雷でも飛行機でもない。腹の奥を叩くような音だったという。直後、地面が持ち上がる感覚があり、遅れて爆発音が追いついた。家々が揺れ、瓦が跳ね、黒煙が立ち上った。焦げた匂いと土埃で視界が白くなり、人々は訳も分からぬまま外へ飛び出した。
後にそれは模擬原爆だったと聞かされた。二週間後に長崎へ落とされた爆弾とほぼ同じ形と重さだったという。ただ、なぜ島田だったのか、その理由を説明する者はいなかった。聞こうとすると話題が途切れ、不安だけが残った。
町外れの一角には、以前から近づけない場所があった。高い柵と見張り。夜でも兵が立ち、通るたびに視線だけが追ってきた。地元の古い家の者たちは、そこに海軍の施設があることを知っていたが、口にはしなかった。
夜になると、その方向から一定ではない機械音が聞こえた。低く唸るような音が続いたかと思うと、突然止まる。そのたびに、周囲の家の柱がきしみ、畳の下が微かに震えたという。ある家では、庭に置いていた金属のバケツが、朝には縁だけを残して歪んでいた。火を当てた形跡はなかった。
若者二人が肝試しと称してその柵の近くまで行った夜がある。軍用トラックの音が消えたのを見計らい、草むらを抜けた。柵の向こうに赤い光があった。最初は点だった。それが膨らみ、渦のように回り始めた。風はなかった。音もなかった。ただ、皮膚の内側が焼けるような感覚がしたという。逃げ出した瞬間、背後で空気が裂ける音がした。
二人のうち一人は、数日後から高熱を出し、理由の分からないまま死んだ。もう一人は口を閉ざし、島田を離れた。
爆発の後、その施設は急に消えた。柵は撤去され、建物は壊され、跡地は均された。何があったのかを示すものは何一つ残らなかった。
その土地に後年建てられた家がある。夜になると、柱の奥から微かな音がするという。電気を落とした静かな時間帯に限って、ジジジという音が続く。配線を疑い、何度直しても消えなかった。ある夜、天井裏から白い煙のようなものが滲み出た。覗くと、梁の一部に焼け焦げた金属片が埋まっていた。取り除いたはずなのに、音だけは残った。
今もその家は建っている。夜更け、近くを通ると、時折、耳の奥が熱くなるような感覚があるという。理由を説明できる者はいない。島田では、その話を最後まで語る者もいない。ただ、あの夏の日から、何かが終わらずに残っていることだけが、静かに伝えられている。

[出典:matome.naver.jp]

[出典:home.catv.ne.jp]
戦後、島田の人間は「殺人光線」という言葉をあまり使わなくなった。口にすると、夜が妙に静かになるからだという。
町外れにあった研究所の跡地は、終戦から間もなく更地にされた。何をしていた場所かを説明する看板もなく、記録も残らなかった。ただ、取り壊しの最中、作業員が理由もなく手を止めることが何度もあったという。機械は止まっているのに、耳鳴りのような音が続いたからだ。
研究の中身を知る者はほとんどいなかった。ただ、あの施設では目に見えないものを集中的に扱っていたらしいという話だけが残った。光でも火でもない。音とも違う。だが、触れた痕跡は確かに残る。それを浴びた動物は、外傷もないまま動かなくなったという。
終戦後、外から来た人間たちが跡地に入った。彼らは長く滞在せず、箱に詰めた紙と金属を運び出しただけだった。誰も説明をせず、誰も質問を受けなかった。その日を境に、町の空気が少し変わったと古老は言う。
夜になると、跡地の周辺だけ虫の声が途切れる時間がある。風は吹いているのに、草は揺れない。そこを通ると、耳の奥がじわりと熱くなる。しばらくすると治るが、理由は分からない。
後年、その場所に家が建った。新築だった。だが、住人はすぐに気づいた。夜更け、決まって柱の内側から微かな振動が伝わってくる。音ではない。揺れでもない。ただ、体の奥に響く感じがある。眠れずに天井を見ていると、視界の端が一瞬だけ赤く滲むことがあった。
点検をしても異常は見つからなかった。柱を交換しても、音は残った。ある夜、天井裏から白い靄のようなものが降りてきた。触れるとすぐ消えたが、空気が焼けた匂いだけが残った。
島田では、その話を最後まで語らない。なぜあそこだったのか。何が未完成のまま残ったのか。答えを探そうとする者はいない。ただ、終わらなかったものが、形を変えてそこにあるという感覚だけが共有されている。
今も夜遅く、その家の前を通ると、耳鳴りのようなものが一瞬だけ走るという。それは音ではない。だが、確かに聞こえる。

[出典:central.or.jp]
夜の病棟で、機械の音がするという。
それは規則正しい駆動音ではない。低く、乾いた、狙いを定める前の沈黙のような音だと、夜勤の看護師は言った。
その装置はサイバーナイフと呼ばれている。動く腫瘍を追尾し、高精度の放射線を当てる治療装置だ。患者は横たわり、固定されない。呼吸し、僅かに身体を揺らしても、装置は遅れない。逃げ場を与えない。
照射の最中、音はしない。光も見えない。ただ、終わった後に、耳の奥がじんと痺れる感覚が残るという患者がいる。医師は副作用ではないと言う。数値に異常はない。画像もきれいだ。
それでも、治療を終えた患者の中には、同じ話をする者がいる。
夢の中で、何かに追われる。動くと、追ってくる。止まっても、位置を修正してくる。逃げるという選択肢が最初から存在しない。
サイバーナイフの制御技術は、元々は迎撃のために磨かれたものだ。空中を移動する爆弾を追い続け、確実に仕留めるための計算。誤差を許さない思想。そこでは「外す」ことが最も忌避された。
病院の装置は、その思想を引き継いでいる。目的が変わっただけだ。標的は爆弾から癌へ。だが、追尾するという性質だけは変わらなかった。
ある医師が、治療ログを見て気づいたことがある。照射が終わった後も、追尾アルゴリズムが僅かな時間だけ動き続けていた。意味のない動作だ。そこに標的は存在しないはずだった。
その動きを止める理由は見つからなかった。問題は起きていない。患者は回復している。だから、そのまま使われ続けた。
夜勤明け、機械室の前を通ると、誰もいないはずなのに装置が向きを変えていたことがある。点検では異常なしとされた。センサーの誤作動だろうと。
それ以来、その医師は装置の前に長く立たなくなった。理由を問われると、うまく説明できなかった。ただ、そこに立つと、自分がどこを狙われているのか分からなくなる気がしたのだという。
治療は続いている。成功例は増えている。希望と呼ばれている。
だが、夜の病棟で時折聞こえるあの音は、誰かを救う前の音と同じだと、島田の古老は静かに言った。
(了)