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姉として、生きた r+2,416

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引っ越したのは、保育所に通い始めたばかりの頃だったと思う。

段ボールの匂いがする新しい家に着くなり、母に言われた。

「今日から、女の子になってね」

言葉の意味は、よくわからなかった。でも、母がそう言うのなら、そうなんだろうと納得した。子どもなんてそんなものだ。疑う理由も、疑う余裕もない。

保育所では、名前も変わらなかったけど、服装も髪型も完全に「女の子」になっていった。髪を伸ばすように言われ、切る機会もなく、卒園する頃には腰まで届いていた。

不思議なことに、まわりの大人たちは誰もそれを疑問に思わなかったようだった。むしろ、保育所の子どもたちも先生も、「女の子」として私を受け入れてくれた。同年代の女の子が少なかったからか、妙にモテた。同い年の女子はたしか四人くらいしかいなかったから、私の「女の子らしさ」は珍しく見えたのかもしれない。

ただ一つ、引っかかることがあった。

姉が、男の子の服を着るようになっていた。

昔は、長い髪をリボンで結んでいたはずなのに、気づけば刈り上げていて、ランドセルには缶バッジがついていて、誰もそれを咎めなかった。母は何も言わなかった。ただ、私にだけ、毎日フリルのついた服を着せた。買い物に出れば「お姫様みたい」と声をかけられ、母は満足げに笑っていた。

小学校に入ってからは、周囲の反応が二極化した。ある教師は「女の子」として私を扱い、ある教師は「男子」として出席を取った。友達の中には、入学前からの子もいたから、「あれ、君って男だったの?」と驚かれたこともある。

でも私は、もうどっちでもよかった。スカートは履き慣れていたし、髪を切るなんて考えられなかった。自分が誰なのか、よくわからなくなっていた。

ある日から、姉がいなくなった。何の前触れもなかった。ただ、母との二人きりの生活がはじまっただけだった。

そして、その生活は、徐々に奇妙になっていった。

朝、目が覚めると、知らないドレスがベッドの上に置かれていた。ティアラもあった。鏡の前でポーズを取らされ、「きれいね、〇〇ちゃん」と、姉の名前で呼ばれることが増えた。私はもう、姉の代わりだった。

学校に行かない日が増えた。母と映画を観に行ったり、公園でピクニックをしたり。楽しかったはずなのに、なんだか息が詰まるようだった。まるで檻の中で飼われているペットみたいだった。

何よりも、私が「私」として存在していない気がした。

その奇妙な生活が、いつ終わったのかは覚えていない。気づいたら、祖父母の家で暮らしていた。母はいなかった。姉もいなかった。

ただ、髪だけは長いままだった。誰も切れとは言わなかったし、自分でも切りたくなかった。スカートもまだ履いていた。男の子の格好に、違和感があった。鏡に映る自分の姿に、「誰?」と尋ねたくなるような、そんな毎日。

でも、徐々に取り戻していった。自分が「男の子」だという感覚を。祖母が用意してくれたジーンズを穿き、祖父に連れられて散髪に行った。そのとき、鏡の中の自分が泣いていた。無意識に泣いていた。

小四の冬、転校した。そのタイミングで、完全に「男」として生きるようになった。

母との生活も再開した。以前のような奇行はなく、落ち着いた様子だった。

だから、軽い気持ちで聞いてみたのだ。

「ねえ、なんであの頃、女の子にしたの?」

母は、ぽつりぽつりと語りはじめた。

――本当は、兄がいたんだよ。

そんなこと、初耳だった。

――あんたが保育所に入った頃に、死んじゃってね。

――それで……お姉ちゃんを、兄として育てるようになって。

――あんたは、お姉ちゃんとして育てた。

――……本当はね、いないことにしてたの。

部屋の空気が変わった。壁がじっとりと濡れているような、そんな感覚。

つまり、私は母の中で存在していなかったのだ。十年近く。この世にいなかったことにされていた。

母の言葉を聞いても、怒りは湧かなかった。ただ、深い海の底に沈んでいくような、ひどい静けさだけが残った。

なるほど、だからあの時の私は「姉」だったんだ。母にとって、私は“思い出のなかの姉”として必要だったのかもしれない。

そして、姉は“兄”として、きっと母のために生きていた。

そう思ったら、無性に胸が苦しくなった。

だけど、不思議なもので、女の子として過ごしたあの時間、全部が嫌だったわけじゃない。

保育所ではモテまくったし、スカートがふわっと広がるあの感覚は、なんだか好きだった。

今でも時々、昔のあだ名で呼ばれることがある。「〇〇ちゃん」って、女の子っぽいやつで。

呼ばれるたびに、背筋がすっと冷たくなる。

母は今、もうすっかり普通の人みたいに振る舞っているけれど、本当に“闇”は晴れたのだろうか。

私は時々、鏡の中に――あの頃の“姉”の顔を見る気がしてしまう。

あれは、いったい、誰だったんだろう。

私だったのか。

それとも……母が見た幻だったのか。

[出典:497 :本当にあった怖い名無し:2019/05/03(金) 11:22:20.63 ID:9SndWIDE0.net]

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