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窓の外にいたもの rw+2,535

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祖母が亡くなった夜のことだった。

通夜を終え、俺は弟と二人で父の車を借り、家へ戻る途中だった。田舎の農道は街灯もなく、ヘッドライトが照らす範囲だけが切り取られたように浮かび上がっていた。月は雲に隠れ、闇の厚みがいつもより重い。

運転席の俺は、何度も無意味にルームミラーを見ていた。理由は分からない。ただ、後部座席に「空白」がある感じがして落ち着かなかった。弟は助手席で黙り込んでいたが、急に小さく息を吸い込んだ。

「なあ……さっきからさ」

「ん?」

「車の後ろ、なんかついてきてる気がする」

気のせいだと即座に言えばよかった。だが、そのときの弟の声は、怖がらせようとする調子ではなかった。確認するような、確信を含んだ響きだった。

「野良犬だろ。通夜帰りで神経立ってるだけだ」

そう言い切ったものの、弟はそれ以上何も言わなかった。家に着くと、車庫に入れた瞬間、弟はドアを勢いよく開け、振り返りもせず玄関へ走った。振り向いた顔は真っ青で、唇が震えていた。

「見えた」

それだけ言い残して、家の中に消えた。

翌朝、弟は布団から出てこなかった。葬儀の準備で家が慌ただしい中でも、弟は部屋に籠もり「外に出たくない」を繰り返すだけだった。理由を聞いても、目を泳がせるばかりで言葉が続かない。

結局、弟は祖母の葬式に出なかった。俺と両親だけで式を終え、夕方に帰宅すると、弟は居間のソファに座ってテレビも点けずに笑っていた。

「え、今日だったの? もう終わったんだ」

その笑い方が、どこか軽すぎた。悲しみが抜けたというより、何かが抜け落ちたような顔だった。

それから一週間ほどで、弟の様子は目に見えておかしくなった。仕事を休みがちになり、夜中に部屋の中を歩き回る音がする。朝になると、弟の部屋の壁や天井に、半紙が何枚も貼られていた。

「入ってくるんだ」

弟は天井を見上げて言った。

「玄関じゃない。上からも、壁からも」

貼られた紙には、拙い字で書かれた文言が並んでいた。後で知ったが、ネットで拾った御札の文句を真似たものらしい。だが書き写すうちに、字が少しずつ崩れ、意味を成さない線に変わっていった。

日を追うごとに紙は増えた。両親は最初こそ心配していたが、やがて苛立ちを隠さなくなった。母は「もう分からない」と呟き、父は黙って菩提寺に電話を入れた。

数日後、副住職のAさんが家に来た。弟の部屋を一通り見回し、貼られた紙を数枚手に取って首を傾げた。

「とりあえず、これを玄関に貼っておきましょう」

そう言って一枚の半紙を渡し、そそくさと帰っていった。安心させるための処置、そんな印象だった。

その夜、弟は少し落ち着いたように見えた。だが、翌日からまた物音が始まり、紙はさらに増えた。

後から聞いた話だが、Aさんはその晩、同期の僧侶Bさんに相談していたらしい。

「あの紙、まずいよ。あれ、寄せてる」
「寄せてる?」
「本気のやつだ。四つ足の気配がする。根っこに恨みがある」

ちゃんとしたお祓いが必要だとBさんは言った。紙を全部剥がし、清めて、弟に加持を施せと。ただ、Aさんは忙しく、日程が合わないまま時間だけが過ぎた。

二週間が経った。

その日の夕方、俺は縁側で煙草を吸っていた。珍しく弟が居間に出てきて、窓の外を眺めていた。

「もう大丈夫だと思う」

弟は笑った。

「なんか、すっきりした」

曇った空に、風が少し強く吹いていた。俺は煙を吐きながら「よかったな」とだけ返した。

次の瞬間だった。

「うわっ」

短い叫び声と同時に、ガシャアッという破裂音が響いた。振り向くと、弟が窓ガラスに頭を突っ込んだまま倒れていた。目を見開き、血を流して動かない。

救急車を呼び、病院へ運ばれたが、間に合わなかった。

葬儀の後、家の空気は変わった。音が減り、風の通り方が変わった。誰もそれを口にしなかったが、皆が感じていた。

俺は後日、Aさんに電話をした。何が起きていたのか、弟は何を見ていたのか。

Aさんは歯切れが悪かったが、調べた結果だけを教えてくれた。

「裏の雑木林に、気になる場所があった」

詳しいことは言わなかった。ただ、昔から誰も手を入れていない場所だと。

俺と父で林に入った。苔に覆われた石の集まりがあり、奥に何かが埋まっている跡があった。掘り返すと、赤黒く染まった布が出てきた。

布には、油性マジックで名前が書かれていた。

弟の名前に見えた。そう思った瞬間、他の線も名前に見え始めた。父の名、母の名、そして俺の名。

本当にそう書いてあったのか、自信はない。ただ、その場で見たとき、確かにそう読めた。

掘り返した途端、背後から湿った風が吹いた。土が、沈んだように見えた気がした。

それ以来、家では仏壇に手を合わせるとき、必ず窓を閉める。理由は誰も聞かないし、誰も答えない。

ただ、夜になると、ときどき思う。あのとき弟が窓の外に何を見たのかを。

風が強い夜、遠くで笑い声のような音がすると、あれは弟の声だったのか、それとも最初から別のものだったのか、分からなくなる。

終わったのかどうかも、分からない。

[出典:954 :本当にあった怖い名無し:2021/11/05(金) 20:46:20.73 ID:kHCSeknP0.net]

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