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中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

シミュラクラ現象 nc+

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今でも、あの時期の部屋を思い出すと、喉の奥がぎゅっと縮む感覚が蘇る。

安アパートの四階、北向きのワンルーム。梅雨が長引いていて、薄いカーテン越しの空はいつも灰色で、湿った光だけが床のフローリングに広がっていた。冷蔵庫のモーター音と、廊下のどこかの部屋で鳴るテレビの笑い声が、水の底から聞こえてくるみたいにくぐもっていた。

部屋自体は、よくある間取りだ。四畳半くらいのスペースに狭いキッチン、古びたユニットバス。安物のローテーブルと折りたたみ椅子、それから、引っ越しの時に親が押しつけてきた布団一式。実際には、そんなふうに箇条書きにできるほど単純な場所なのに、あの頃は別のものに囲まれていた気がする。

シミュラクラ現象、って言葉を最初に知ったのは、その少し前だった。

ネットのまとめサイトで「天井のシミが顔に見えたらそれ」みたいな話を読んだ。人間の脳は三つの点が並んでいると勝手に顔だと認識する、っていう、ちょっとした雑学。俺も子どもの頃、浴室のタイルの目地の汚れが笑っているように見えたことがあったから、ふうん、とだけ思ってその記事を閉じた。

それとは別に、もともと目っていう器官に対する苦手意識はあった。
黒目に自分が映るのを見るとぞわっとする。コンタクトレンズを入れる動画なんか見た日には、しばらく米を研ぐ水にも指を入れたくなくなる。見られている、という感覚が、皮膚じゃなくて眼球の裏側から這い上がってくる。

あの症状が出始めたのは、残業続きの六月の終わりだった。
その日は夜遅くまで職場にいて、終電近くの電車で帰ってきた。駅からの帰り道、湿ったアスファルトに街灯の光が丸く落ちている。水たまりに映った光が揺れるたび、胸がきゅっとして、なぜか視線をそらしてしまう自分に気づいた。

部屋に着いて、いつものように机の上に置きっぱなしのコップに水を注ごうとして、指が止まった。
透明なガラスのコップの底に、残っていた水滴がひとつ。丸くふくれたそれが、妙に濃く見えた。中心だけが暗く沈んでいて、周囲は光をまとっている。まるで黒目と白目みたいに。気味が悪くて、蛇口をひねり、勢いよく水を出して、流しの奥へ押し流した。

その夜はそれっきりで、眠りについた。
ところが翌朝、目を覚まして天井を見た瞬間、違和感が全身を走った。天井の四角い白い板には、黄ばんだ丸いシミがいくつか点在していた。それ自体は以前からあったはずなのに、その時は全てがこちらを向いているように感じた。中心がわずかに濃く、その周囲が薄くぼけている……ああ、これは全部、眼球だ、と直感的に思ってしまった。

シミュラクラ現象とはちょっと違う。
三つの点で顔に見える、なんていう甘いものじゃない。円形、球体、丸いものは何でも、俺の中で一つの形に変わった。黒目の奥だけが異常に深く沈んでいて、その縁を白く濁ったゼリーみたいなものが取り巻いている、巨大な目玉の断面図。それが天井のシミでも、コップの底でも、蛍光灯のカバーでも、全部同じように見えるようになった。

一番やっかいだったのは、部屋が、丸いもので溢れていると急に理解してしまったことだった。
コンセントの穴を囲む白い円、ガスコンロのつまみ、換気扇の丸い吸い込み口、リモコンの丸ボタン、姿見の隅に付いている固定用の吸盤。今までただ「形」として見ていたものが、一斉に「視線」に変わった。

机の上には、昔ゲームセンターで取った透明なガラス玉がひとつ置いてあった。
親指の先ほどの大きさのそれは、中に緑色の筋がひとすじ入っていて、光を受けるときらりと光る。何となく捨てられずに、メモ用紙の重し代わりに置きっぱなしにしていた。その日、それを見た瞬間、胃のあたりが冷たくなるのを感じた。ガラス玉の中心に、細い黒い線が浮かび上がった気がしたからだ。瞳孔みたいに。

仕事には行かなきゃならなかった。

目を逸らして生活することなんてできない。アパートのドアノブも丸い。階段の踊り場の照明も丸い。郵便受けの小窓も、遠くの電柱の上に付いた監視カメラも、みんな丸をしている。全部が、俺を追って首を動かしているように感じる。

会社のデスクに座る頃には、肩がひどくこわばっていた。
パソコンの電源ボタン、モニターの電源ランプ、マウスホイール、コーヒーの紙コップの飲み口。その一つ一つが、黒目と白目に変換される。画面に映る文字の中の「〇」「O」「0」。それらが一斉に瞳になって、文章を読んでいるつもりが、こちらが読まれている気がしてくる。

背中に冷たい汗がじわじわ滲み出して、シャツが張り付いた。
目の奥がじくじくと熱を持ち、瞬きをするたびにまぶたの裏側がざらついた感触を訴える。視界の端に、ぼんやりとした丸い残像が残り続けている。椅子の背もたれにもたれようとするたび、背後から無数の視線に押し返されているようで、浅く息をすることしかできなかった。

昼休みにコンビニへ行こうとして、入口で足が止まった。
ガラス戸に貼られたキャンペーンの丸いシール。割引シール、ラベルシール、ロゴマーク。店内にまで目を向ければ、ジュースのペットボトルのキャップ、缶コーヒーの天面、飴玉、肉まんの蒸気口。その全部が、瞬きをせずにこちらを見ている。入った瞬間、全身に針を刺されるような気がして、結局、何も買わずに踵を返した。

電車の中も堪えた。
吊り革が一列に並んで揺れている。ふだんは何気なく掴んでいた白い輪が、ぎっしり並んだ眼球の群れにしか見えない。車内広告の丸いロゴマーク、乗客の腕時計の文字盤、イヤホンの先端。視界の中の「丸」を避けようとすると、歩幅が不自然に偏り、天井ばかり見上げる格好になる。

どんどん、身体のほうが先に悲鳴を上げてきた。
肩こりや頭痛だけならまだしも、胸の奥の鼓動が妙に速く、荒い。眠ろうとしても、まぶたの裏に丸い残像が浮かび続ける。深く目を閉じるほど、瞳孔だけが浮かび上がって、暗闇に点々と増えていく。気づけば、夜中に何度も風呂場の鏡を覗き込み、自分の目の輪郭を爪でなぞっていた。

同僚に相談しようかと思ったこともある。
でも、「丸いものが全部目に見える」なんてどう説明すればいいのか分からない。「シミュラクラ現象のひどい版みたいなやつでさ」と笑い話にしようとしても、喉のあたりで言葉が引っかかる。職場の雑談で誰かが「最近、監視カメラ増えたよな」なんて話をすると、その日一日、俺はほとんど呼吸を忘れた。

限界だと思ったのは、ある夜、洗面所で歯を磨いていた時だ。
鏡に映った自分の顔をぼんやり眺めていると、頬のほくろが三つ並んでいるのに気づいた。三角形を描くように。その瞬間、脳が勝手に顔を一つ追加した。自分の顔の中に、別の顔が埋め込まれているような感覚。その「顔」が、目の位置だけをこちらに向けている。歯ブラシを持つ手が震えて、泡立った歯磨き粉が顎を伝い落ちた。

それでようやく、医者に行こうと決めた。

ただ、すぐに病院へ駆け込んだわけではない。その夜もまた、部屋に戻ってから、どうにか自分で対処できないか考えた。とりあえず、「目」に見えるものを隠せばいい。そう思って、文房具の引き出しから養生テープを取り出した。

まず、リモコンの丸いボタンを一つずつ覆った。
つまみも、コンセントの周りも、冷蔵庫の丸いマグネットも。ガラス玉には厚めにティッシュを巻きつけて、さらにテープでぐるぐる巻きにした。テーブルの脚に付いている丸い保護パッドまで気になり始め、結局、ほとんどの家具の隅にテープを貼ることになった。

貼っている間は、少しだけ楽になった気がした。
「目」を潰して回っているような、妙な達成感さえあった。けれど、部屋の明かりを消して布団に入ると、別の種類の圧迫感がやってきた。暗闇の中で、テープで覆われた丸い部分だけが、ぼってりと膨れ上がって、目隠しをされた眼球みたいに感じる。

やがて、それらが「見えないけれど見ている」としか思えなくなった。
テープの向こう側で、巨大な瞳孔が静かに開いている。息を潜めてこちらを伺っている。丸いものを隠すことで、逆にそれだけが浮き彫りになった。布団の中で耳を澄ますと、部屋中のあちこちから、乾いた瞬きの音が聞こえる気がした。

その晩はほとんど眠れず、翌朝、鏡を見た時、自分の顔色に驚いた。
目の下のクマが濃くなり、頬がこけている。肋骨の一本一本が、皮膚の下で板のように自己主張している。それでも、鏡の中で一番強く浮かび上がるのは、自分の黒目の丸さだった。自分自身が「目の形」をしている。それに気づいた瞬間、吐き気が込み上げた。

精神科に行く、とだけ職場に伝え、昼休みの時間を削って近所のクリニックへ向かった。
受付に座る丸顔の女性職員の輪郭も、壁に掛かった時計も、待合室の丸い椅子も、例によって目玉に見えた。診察室に呼ばれるまでの時間が、やけに長かった気がする。名前を呼ばれた時、立ち上がろうとして、膝がかくんと折れた。

医者は、眼鏡をかけた中年の男だった。
彼の眼鏡に映る蛍光灯の丸い光が、まず目に入る。その縁取りが白く、レンズの奥に本来の黒目があるせいで、「目の中に目」が二重に並んでいるように見えた。その異様さをどうにか押し込めながら、俺は症状を説明しようとした。

「丸いものが、全部……目に見えるんです」
声に出してしまうと、自分でも馬鹿げて聞こえた。けれど、医者は「ふん」と鼻を鳴らしただけで、パソコンに何かを打ち込みながら、いくつか質問を投げてきた。いつからか、どのくらいの頻度か、仕事や生活に支障が出ているか、眠れているか。

説明の途中で、医者が言葉を挟んだ。
「シミュラクラ現象って、聞いたことありますか」
その単語が出た瞬間、背筋に冷たいものが走った。つい最近自分でも読んだばかりのその言葉が、別の口から発せられるだけで、何かが現実に引き寄せられる。

医者はいくらか噛み砕いて説明してくれた。
人間の脳は「顔」や「目」を認識する回路が過敏で、それが行き過ぎると、偶然の形にも人の気配を読み取ってしまう。天井のシミやコンセントの穴が、顔に見えるのはそのせいだ、と。ただ、俺の場合は少し極端で、「丸」という形に過剰に意味づけが起きているらしい。

「丸いものを一時的に減らした環境で生活してみる、というのも手ですね」
医者はそう言って、紙に何かを書きつけた。紹介状だった。彼の説明によると、同じビルの上の階に、小規模の入院設備を持ったメンタルクリニックがあり、症状の強い患者には「環境調整」をした病室を用意することがあるらしい。

入院と聞いて、最初は身構えた。

大げさすぎるんじゃないか、とも思った。なんとなく、「病棟」という言葉の響きだけで、自分が異常な領域に押し込められる気がした。それでも、部屋中の丸いものに睨まれながら眠れない夜をもう一度過ごすくらいなら、と考え直した。

翌日、紹介されたクリニックに行くと、白い壁と灰色の床だけの簡素な受付が出迎えた。
そこにも、丸いものはいくつもあった。壁掛け時計、観葉植物の鉢、待合室のスツール。それらに視線を合わせないように、足元ばかり見てついて行くと、看護師らしき女性が、一室の前で立ち止まった。

「ここが、丸いものをできるだけ排除したお部屋です」
そう言われて、ドアが開いたとき、思わず息を呑んだ。
室内には、ベッドと小さなローテーブル、それから収納用の棚があるだけ。ベッドの脚も、テーブルの天板も、角ばっていて、角だけが少し丸めてある。壁には何一つ掲示がない。天井の照明は長方形で、排気口も、細いスリットのような形をしていた。

窓の取っ手も、縦長の棒状のものに変えられていた。
カーテンの留め具も四角。床の模様も木目ではなく、灰色一色だ。目を凝らしても、「丸」を見つけることができない。たったそれだけのことなのに、胸の奥に溜まっていた粘ついたものが、少しだけ溶けて流れ出すのを感じた。

「ここで、しばらく様子を見ましょう」
看護師はそう言って、簡単な説明をしていった。食事は決まった時間に運びます、ナースコールはここです、と。唯一、ナースコールのボタンがわずかに丸みを帯びている気がしたが、真正面から見なければ平気だった。

入院初日の夜、ベッドに横になると、久しぶりに「視線の密度」が薄くなった気がした。
天井には、何もない。ただ、白い面があるだけ。照明はすでに消され、非常灯からの淡い光が部屋の隅をうっすらと照らしている。その光も、長方形の枠に収まっている。丸い輪郭が一つも浮かび上がらないことが、こんなに静かなのか、と妙な感慨があった。

けれど、二日、三日と過ごすうちに、別の違和感が芽を出した。
丸いものが消えたはずの部屋で、俺の目は相変わらず「何か」を探し続けている。壁紙の継ぎ目、床と壁の境界、ベッドの手すりの影。直線と直線が交わるところに、じっとしていられない視線の痕跡のようなものを感じる。

ある晩、天井の隅をぼんやり眺めていると、微かな黒ずみが三つ並んでいることに気づいた。
小さな染みが、三角形のように配置されている。ただの汚れだ、と頭で理解しても、脳が勝手に顔の輪郭を補ってしまう。丸いものがないだけで、今度は点と点の組み合わせに「目」が現れ始める。シミュラクラ現象の教科書みたいな顔が、視界の端でぼんやり笑っている。

丸を排除したはずの環境で、別の形の「目」が増殖していく。
ベッドの柵の縦棒三本が、目と鼻に見える。ドアの小窓の角に付いたわずかな傷が、片目だけをこちらに向けている。直方体のテーブルの角に落ちた影が、薄く開いたまぶたのように見える。俺の意識は、形に飢えた獣みたいに、意味の欠片を拾っては「これは目だ」と決めつけていく。

気づけば、「丸」が無くても「見られている」と感じるようになっていた。
視覚が拾っているのは単なる光と影のはずなのに、その背後にある「誰か」の存在だけが強く輪郭を持って立ち現れる。ここには監視カメラも窓もほとんどないはずだ、と自分に言い聞かせても、背中に貼りついた視線の感覚は薄れない。

ある夜、眠れずにベッドの上で指先を眺めていると、意識が急に自分の身体に向いた。

爪の根元にある半月形の白い部分。指先の肉の丸み。手のひらの線が作る楕円。足の爪、膝頭、肩の関節。丸は、部屋から消しても、自分の身体からは消せなかった。とりわけ、自分の瞳の丸さを思い出した瞬間、ひゅっと肺から空気が抜けていった。

「丸いものを排除した部屋」で、丸いものの中心にいるのは自分自身だ。
自分の眼球こそが、一番巨大な「◯」なのだと、いやでも思い知らされる。
鏡がないから直接は見えない。けれど、その見えない丸が、部屋の何もかもを照らし出している。世界中の丸いものを目玉に変換していたのは、結局、自分の目のほうなのかもしれない。

その頃、医者が何度か病室を訪れた。
「どうですか、丸いものは減りましたか」
そう聞かれて、正直に答えるべきか迷った。物理的な丸は減った。けれど、「見られている感覚」は形を変えて持続している。言葉にしようとすると、喉の奥で絡まり合うので、俺は「前よりは楽になりました」とだけ言った。

医者は満足そうに頷き、「経過は悪くないですね」とカルテに何かを書いた。
そのペン先が紙に穿つ黒い点も、インクが少し滲んで丸く見えた。俺は視線をテーブルに落としながら、「この部屋に、丸いものは本当に一つも無いんですか」と尋ねた。医者は少し考えてから、「できる限りは排除していますよ」と答えた。

「ただね」と、医者は付け加えた。
「丸いものを全部なくすことはできません。世界は完全な直線でできているわけじゃない。脳が『丸』を探すのをやめること、それが本当の意味での治療なんです」
その言葉はもっともらしく聞こえたが、同時に、何かを諦めろと言われているようでもあった。

入院してから数週間が過ぎた頃、俺は少しずつ眠れるようになっていった。

完全に丸を忘れることはできないが、丸を見つけても、すぐにそれを「目」と結びつけない練習を繰り返した。看護師が持ってくる薬の小さな錠剤も、なるべく「ただの形」として飲み込む。丸いナースコールのボタンだけは、意地でも直視しないようにした。

ある日、医者が「そろそろ退院を考えましょう」と告げた。
日常生活に戻ってからも通院は必要だが、症状は落ち着いてきている、と。俺は頷きながら、どこか現実感のない感覚に包まれていた。外の世界は、あの丸だらけの景色のままだ。そこに戻ることを考えると、胃の辺りがひやりと冷えた。

退院前の一晩、俺は眠れずに、枕元のメモ帳を手に取った。
医者から、「気になったことや考えをメモするといい」と渡されていたものだ。表紙は四角く、角もきっちりしている。けれど、ページをめくれば、紙を留める小さな金具が丸い頭を覗かせている。そこから目を逸らしつつ、俺はペンを握った。

最初に書いたのは、「シミュラクラ現象」という言葉だった。
その横に、「丸いものが全部目に見える」と自分なりの症状を書き足した。文字を書いていると、自分の中で何かが少し整理されていく。けれど、ひとつ問題があった。日本語の文字はそれほど丸くないが、「◯」という記号だけは、どうしても目玉そのものに感じられる。

それでも、俺はあえてその記号を使った。
「世の中の『◯』は、全部誰かの目かもしれない」と。
書き終えた瞬間、紙の上の黒い丸が、じっとこちらを見上げている気がした。手の中のペン先がぬるりと湿った何かを突いたような錯覚が走り、思わずペンを離した。

その時、ふと奇妙な発想が浮かんだ。
もしかして、この症状は「見る側」の病気ではなく、「見られる側」の病気なのではないか。丸いものが目に見えるのではなく、丸いものの向こう側から、誰かがこちらを覗いている。その「誰か」を、脳が無理やり目玉の形に翻訳しているだけなのではないか。

もしそうだとしたら――丸を隠すことも、丸を減らすことも、本当の解決にはならない。
隠された向こう側からの視線は消えず、むしろ濃くなる。
俺が「◯」と書いたその瞬間、その丸の向こうで誰かがこちらを見始める。文章を読んだ誰かが、その「◯」を目だと認識した時、その人の世界にも目が増え始める。そう考えると、メモ帳の上の丸が、じわじわと増殖していくような感覚に襲われた。

退院の日、俺はメモ帳をポケットに入れて病室を出た。

廊下に出た途端、丸が一気に増えた。非常灯、スプリンクラーのノズル、ドアノブ、エレベーターのボタン。目に入るたびに心臓が跳ねたが、深呼吸をして、「ただの形、ただの形」と心の中で唱えた。医者の言葉通り、完全に丸を消す世界なんて存在しない。

外に出ると、昼下がりの光が、俺を包み込んだ。
青空に浮かぶ白い雲の隙間から、太陽が顔を出している。太陽だって丸い。眩しさに目を細めつつ、俺は、その丸を直視しないようにしながらも、「これはただの光の塊だ」と自分に言い聞かせた。
それでも、胸のどこかで、「あれも誰かの目かもしれない」という声が、小さく笑っていた。

しばらくは、仕事を減らして自宅療養になった。
部屋に戻ると、入院前にテープで覆った丸いものたちが、まだそのまま残っていた。テープは湿気を吸って端がめくれ、下に隠した輪郭がうっすらと透けて見える。それらを一つずつ剥がしていく作業は、奇妙な儀式のようだった。

テープを剥がし終える頃には、部屋中の丸いものが、以前よりも少しだけ「物」に戻っていた。
目には見えるが、睨みつけてはこない。ただ、そこにいる。ガラス玉も、ティッシュとテープを剥がすと、昔と同じ透明な丸い体を取り戻した。手のひらに乗せて光に透かしてみても、中心に黒い線は見えない。ただ、緑色の筋がゆらりと揺れるだけだ。

それでも、ふとした瞬間に、視界の端で丸が目に変わることがある。
完全に治ったわけではないのだと思う。コンビニのレジ横に並んだ飴玉、信号機の赤い灯り、誰かの虹彩。そういうものに出会うたび、胸の奥がきゅっと縮まる。けれど、「これが全部目なら、俺もその一部だ」と思うことで、少しだけ楽になる。

世界はきっと、誰かにとっては全部「目」なのかもしれない。
シミュラクラ現象が教えてくれるのは、脳が勝手に顔や人を探す仕組みだ。でも、その裏側には、「自分も誰かの視界の一部に過ぎない」という感覚が隠れている気がする。丸が増えるということは、視界の向こう側にいる「誰か」の数を数えているだけなのかもしれない。

だから、こうしてこの話を書いている。

ガラス玉を文鎮代わりにして、机の上のノートに文字を並べている。あなたがこれを読んでいるとしたら、その画面の中にもきっと、いくつかの「◯」があるはずだ。ブラウザのタブ、アイコン、通知のマーク。キーボードの「O」。あなたの部屋にも、時計やカップやボタンがあるだろう。

それらが、少しでも「目」に見え始めたとしたら、それは多分、俺のせいだ。
文章の中の「◯」を目だと認識した瞬間、あなたの脳のどこかで、丸と視線が結びついた。シミュラクラ現象の回路に、余計な配線を足してしまった。俺はそうやって、自分の病気を、ゆっくりと他人に分けているのかもしれない。

だけど、安心していい、と言うべきなのかどうか、今でも迷う。
丸が全部目に見えたところで、その向こう側にいる「誰か」の正体が分かるわけじゃない。睨まれているように感じても、それが責めているのか、ただ覗いているだけなのかも分からない。医者は「気にしない練習を」と言ったが、気にしないふりをするたび、丸の数だけ増えていく気がする。

だから俺は、最後にこう付け加える。
お前らも気をつけろよ。
……何を気をつけたらいいのかは、俺には分からないままだ。
ただ一つ確かなのは、今この瞬間も、お前が画面を見ているその目の形が、世界のどこかの誰かには「◯」に見えている、ということだ。

(了)

[出典:68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/07/02(月) 15:48:27.34 ID:rnBYkvce0]

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