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中編 r+ カルト宗教

名前を出すな rw+7,106-0311

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高校時代の友人に、仮に竜太郎としておくが、あいつの家には今でも家族の誰も入らない部屋がある。

理由を聞いたのは、卒業してしばらくしてからだ。竜太郎は母親と姉との三人暮らしで、父親はもう何年も家にいなかった。ただ、父が残したものだけは家の中に残っていた。居間の隅にある仏壇と、その前で毎朝手を合わせる習慣だった。

一家は、父親の縁である宗教団体に入っていた。母も姉も、そこまで熱心ではなかったらしい。だが竜太郎だけは妙に真面目で、教えられたことを律儀に守っていたという。線香を切らさず、朝夕に礼をし、教義で禁じられている神社や寺には近づかない。近づくと頭が割れるように痛くなり、その日は決まって熱を出したからだ。

そのくせ、竜太郎は昔から神社や寺が気になって仕方なかったらしい。遠足や初詣で鳥居が見えるたび、なぜか胸がざわついたという。入ってはいけないと分かっているのに、向こうから見られている気がしたと。

竜太郎には、子どものころからひとつ妙なことがあった。死んだ祖父がよく夢に出るのだ。ただの思い出ではない。朝になると、夢の中で言われたことがそのまま現実になることが何度かあった。道を変えろと言われて事故を避けたこともある。竜太郎はそれを、祖父が守ってくれているのだと信じていた。

その考えが変わったのは、高校二年の秋だった。

母親の職場の集まりに顔を出したとき、知らない男に声をかけられた。年齢の分からない、妙に目の静かな男で、竜太郎の顔を見るなりこう言ったらしい。

「まだ、毎朝やってるんだね」

何を、とは聞き返せなかったという。男は笑いもせず、仏壇の前での所作を細かく言い当てたあと、最後に小さな数珠を差し出した。

「持ってみな」

竜太郎が腕に通した瞬間、透明な玉のひとつに、糸みたいな白い筋が入った。

男はそのまま数珠を返さず、「今夜は自分の部屋で寝るな」とだけ言って去った。

意味が分からなかったが、気味が悪くて、竜太郎はその夜だけ姉の部屋の床で寝た。夜中、目が覚めた。廊下の奥から、鈴のような音がしていたという。高く澄んだ音ではなく、金属を湿った布で包んで振ったような、くぐもった音だった。

シャン。
少し間があって、またシャン。

音は、自分の部屋の中からしていた。

翌朝、机の上に置いていた教科書が床に散っていた。窓は閉まっていた。母親は泥棒を疑ったが、鍵は内側から掛かったままだった。姉は、夜中に誰かが部屋の前を行った気がすると言った。だが足音ではなかった、とも言った。畳の上を、重いものがずっていくような音だったと。

それから竜太郎は、自分の部屋に入れなくなった。

閉めた襖の向こうから、ときどき鈴の音がした。何もしていないのに、本棚の影が襖の下の隙間に差した。中に人が立っているみたいに、影の形だけがゆっくり揺れたこともあった。家族は最初、気のせいだと言っていた。だが部屋の前を通るたび、母親まで無言になった。

数日後、あの男がまた現れた。今度は竜太郎を外に連れ出し、夜の神社に連れて行った。鳥居をくぐった瞬間、竜太郎は自分の住所も名前も出てこなくなったという。頭の中が白く抜け、代わりに、仏壇の前で毎朝口にしていた文句だけが妙にはっきり残っていた。

男はしばらく黙っていたが、帰り際にこう言った。

「おまえの家にいるのは、あとから来たものじゃない」

それが何を意味するのか、最後まで説明しなかった。

翌日から、竜太郎は家の四隅に白い紙を敷き、その上に砂を置いた。誰に教わったのかは言わなかった。ただ、三日目の朝、その砂がきれいに輪を崩していた。誰かが踏んだのではなく、中央だけを避けるように、指でつまんでずらしたみたいに動いていたという。

その晩、母親と姉に全部話した。笑われると思っていたのに、二人とも黙って聞いていた。途中、誰もいないはずの竜太郎の部屋から、男の笑い声がしたからだ。

低く、喉の奥で噛み殺したような笑いだった。

母親が泣き出し、姉が襖を開けようとして、竜太郎が止めた。あのとき初めて、家族全員があの部屋を見ないようにしたらしい。

翌朝、母親は青い顔で言った。昨夜、夢に祖父が出たと。

竜太郎を信じろ、と祖父は言ったらしい。そして最後に、一言だけ謝った。

何に対しての謝罪だったのか、母親は聞けなかったという。

その日から、家の空気は少しだけ変わった。鈴の音は遠のき、部屋の前を通っても息が詰まらなくなった。母親は仏壇に近づかなくなり、姉は朝の習慣をやめた。竜太郎も手を合わせるのをやめた。

静かになったのは四日だけだった。

五日目の朝、居間の仏壇の扉が少し開いていた。家族の誰も触っていなかった。中には位牌と過去帳しかないはずなのに、奥の暗がりに、何か白いものが引っ込むのを竜太郎だけが見たという。

その日の夕方、家の中を歩いていた母親が、仏壇の前で急に立ち止まった。そして、誰に言うでもなく小さくうなずいた。

「そういうことだったんだね」

何を見たのか聞いても、母親はそれきり言わなかった。

結局、仏壇は処分された。あの男が来て、箱ごと運び出した。中は空だったという。位牌も過去帳も入っていたのに、空だったとしか言わなかったらしい。おかしな話だが、竜太郎はそこを言い直さなかった。

そのあと宗教団体の人間が何人も家に来て、母親を責め、竜太郎を悪魔だと言った。だがその時期のことを、竜太郎はあまり話したがらなかった。あいつが本当に嫌がったのは、連中の怒鳴り声ではなく、そのあいだ一度も祖父が夢に出てこなかったことのほうだった。

「守ってくれてたんじゃなかったのか」と聞いたら、竜太郎は少し考えてから首を振った。

「たぶん逆だった」

それ以上は言わなかった。

今、あいつの家は静からしい。笑い声も鈴も聞こえない。母親も姉も元気で、昔みたいに怯えた顔はしなくなったという。

ただ、あの家では誰も、仏壇が置いてあった場所を掃除しない。

埃はたまるのに、そこだけはいつ見ても床がうっすら白いままだそうだ。

最後に会ったとき、竜太郎はぽつりと言った。

「これ、人に話すときは祖父の名前だけは出すなよ」

理由を聞いたら、あいつは笑わずに答えた。

「名前を出すと、向こうが気づく」

そのときは脅かしているだけだと思った。

だが、この話を書こうとして、祖父の名前を思い出そうとした瞬間、部屋のどこからか、鈴みたいな音が一度だけした。

[出典:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1439619142/]

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