高校時代の友人――仮に竜太郎としておく――から聞いた話である。
母子家庭で育ち、母と姉の三人暮らし。祖父はすでに亡くなっていたが、不思議と夢に現れては彼を導いてくれる存在だったという。小さな頃から霊感めいたものがあったが、それが本物かどうかは、自身でも半信半疑だった。
彼の家は、かつて父親の影響で某宗教団体に入信していた。父はすでに家を出ていたが、信仰だけは家に根を下ろしていた。竜太郎はその教義を忠実に守り、毎日仏壇に手を合わせていたという。ただ、ひとつだけ違っていた。教義では他宗派を「邪教」と断じていたが、彼だけはなぜか神社や寺に心惹かれた。とはいえ、境内に入るたび激しい頭痛に襲われ、三日間は体調を崩すのが常だった。まるで何かに拒まれているようだった。
そんなある日、母親の職場の集まりに顔を出した竜太郎は、一人の男に出会う。仮に“師匠”と呼ばれるその人物と目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「君、気づいてるよね。強いね、その力」
ふざけ半分で霊感の話をしたときに、返ってきたのがこの言葉だった。
その後、彼は矢継ぎ早に自分の体験を話した。亡くなった祖父が夢で教えてくれたこと。親友の姉の霊が事故を防いだこと……。師匠はすべてを肯定し、「気のせい」ではないと断じた。
別れ際に手渡された数珠。腕に通した瞬間、透明だった石に細かいヒビが走った。
その夜からである。寝ていると、「シャン……シャン……」と鈴を鳴らすような音が枕元で聞こえるようになった。坊主が持つ錫杖の音に似ていたという。家族も異変を感じ取り、彼の部屋を避けるようになった。やがて竜太郎自身も自室から物を運び出し、部屋を閉ざした。
そして師匠との再会。ファミレスで顔を合わせた途端、「竜太郎の顔が何かに押さえつけられている」と告げられる。師匠は言った。「今もカバンの中の数珠と本の対象が、睨んでいるよ」
彼の家の仏壇に“何か”が憑いている。しかも、それは竜太郎自身が強まった霊感のせいで活性化し、暴れているというのだ。事態は一刻を争う。夜の神社に連れて行かれ、彼は氏神に面通しをされるが、神前に立つと自分の名前も住所も思い出せなくなっていた。
翌朝、彼は一人で再び神社へ向かい、正式な挨拶を終えた。
次に行ったのは、部屋に結界を張ること。水の神から授かった砂を使い、部屋の四方を囲った。だが、それも三日持たず破られる。和紙の上に置いた砂が、まるで何者かが意図的に動かしたように形だけが残り、ずれていた。
結局、家全体に結界を張るしかなかった。だがそれには母と姉の理解が必要だった。
竜太郎は、泣きながらすべてを話した。仏壇に潜む存在、家族に見えないものの存在。だが二人は信じず、激しい口論となった。その最中、彼の部屋から男の笑い声が響いた。誰もいないはずの部屋から。
翌朝、母が夢の中で亡き祖父と会ったという。祖父は言った。「竜太郎を信じなさい。そして……すまなかった」と。
その日から、結界は再び張り直され、家の空気が変わった。霊現象は一度は収まり、数日間の安寧が訪れた。
しかし、四日目の夜。再び砂が動いていた。今度は和紙ごとズラされていた。これを目にしたとき、母と姉もようやく悟った。「この家には何かいる」
だが師匠は近づけなかった。霊障により、車が動かず、連絡も取れなくなったという。竜太郎は、一人で戦うことを決意した。
毎日家の中央で柏手を打ち、部屋を清め、仏壇を無視し続けた。そして三ヶ月後、ようやく師匠が家に入れるほど、結界は強まった。
師匠の力を借りて、ついに仏壇の中の存在を追い出した。それはもう“空の箱”になっていた。
だが終わりではなかった。宗教団体の幹部たちが家に押しかけ、母を何時間も説得し、竜太郎自身も「悪魔」呼ばわりされた。
それでも彼は折れなかった。どれほど罵倒されようとも、「家族を守る」という強い意志だけで耐えたという。
彼は言った。
「今、信仰を捨てた俺たちは、かつてよりもずっと、静かで幸せな日々を送れている」
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