学生時代、地方都市で下宿生活をしていた俺は、夜はクラブのボーイとして働いていた。
その店は主に中小企業の重役たちが接待に使うような場で、親会社が経営を握り、その下にマスター、ママ、チーママ、そしてホステスたちがいる構造だった。ホステスの中ではチーママが特に有能で、客にも人気が高かった。
俺自身もホステスや常連客から気に入られていて、出勤すれば弁当をもらったり、おひねりをもらったりして楽しく働いていた。ただ、それでも店は「女の世界」だった。ホステス同士のいざこざは日常茶飯事で、嫌な客を押し付け合ったり、枕営業で客を奪い合ったりと騒動が絶えなかった。
中でも問題になったのはママのひいき。特定のホステスを優遇して、良い客につけたり、出勤時間や手当を加算したりしていた。こうした行為が不満を呼び、ホステスたちの間に「ママとその取り巻き」対「他のホステス」という対立構造が生まれていた。その板挟みになったのがチーママだった。
チーママはママから反抗的なホステスのリーダーと見なされ、日々嫌がらせを受けていた。一方、ホステスたちからは「もっとしっかりしてくれ」と責められ、次第に精神的に追い詰められていった。マスターも相談に乗っていたが、チーママは酒に依存するようになり、酔ったまま出勤しては接客中に眠り込むことも増えていった。
やがて彼女はホステスに降格され、出勤日数も削減。店での飲酒も禁じられた。しかし事態は収まらなかった。ある日、俺が出勤すると、店の鍵はすでに開いていた。いつもなら俺が開けるはずだが、「マスターが先に来たのだろう」と思って気にしなかった。
その後、二階に酒を運びに行った時だった。倉庫の中を覗くと、そこには散乱する空き瓶と、血を流してうずくまるチーママの姿があった。驚いて救急車を呼び、命は取り留めたものの、彼女の状況は深刻だった。親会社からとがめられ、彼女はその後、入院生活を送ることになった。
だが一週間後、俺は再び異変に遭遇する。ロッカールームを掃除していると、チーママのロッカーが突然開き、中からドレスが落ちてきた。奇妙な不安に襲われた矢先、マスターからの電話でチーママが急性肝炎で亡くなったと知らされた。電話を切る手が震えた。
それから十日後、さらなる悲劇が起きた。ママが店の階段を一人で上る途中、頭から転げ落ち、帰らぬ人となった。その瞬間、店にいた全員が「ちょっと、やめて!髪を引っ張らないで!」というママの声を聞いたという。ママはその時、誰も触れなかったチーママの遺品を整理するために二階へ向かっていた。
店には奇妙な沈黙が訪れた。もはや誰も、二階のロッカールームには近づこうとしなかった。