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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

おいぼ岩の囁き r+3151

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時刻は夜十時を少し過ぎたころ。季節は冬。冷たい風が吹きすさぶ中、車を走らせていた。

僕と友人二人が乗り込んだその車は、真夜中の国道を走り抜け、潮の香りを辿りながら海を目指している。平均時速は80キロほど。行き先は、松林の奥にあるという曰く付きの岩、「おいぼ岩」だった。

僕たちの街から車で約二時間。太平洋を望む道に出て、そこからさらに西へ進む。やがて松林が視界に入り、そこが目的地だと幹夫から聞いていた。おいぼ岩。その名を初めて聞いたときには何とも思わなかったが、幹夫曰く「黒い曰く」が絡む物らしい。ただ、その詳細については教えてもらっていない。こういう無計画さは、僕たちの肝試しではいつものことだ。

運転をしているのは信吉、助手席に僕、そして後部座席では幹夫が寝息を立てている。幹夫がこのツアーの発案者だったが、車酔いで早々にダウンしてしまったため、車内に特別な緊張感や期待感はない。情報は現地に着いてから収集することになるだろう。

「なあ、信吉。おいぼ岩って知ってるか?」

僕は運転席の信吉に話しかけてみた。彼はあまり興味がなさそうに言う。

「いや、知らん。まあ、幹夫が飛びつく話だろ?どうせロクでもない話に決まってる」

「おいぼって、どういう意味なんだろうな?」

「確か“おぶる”って意味だったと思う。ばあちゃんがそんなこと言ってた記憶がある」

僕は少し考えた。「じゃあ、おいぼ岩って、二つの岩が重なってる形なんかな。雪だるまみたいに?」

信吉は曖昧に「知らん」とだけ返し、ハンドル操作に集中している。

車が目的地の松林に着いたのは、ちょうど夜中の十一時だった。僕たちは車を降り、幹夫を起こして林に足を踏み入れる。松林の向こうは海。反対側には急な岩山がそびえ立っていた。地面には針のような松の葉が散らばり、夜風にザラザラと音を立てている。

幹夫はまだぼんやりしている様子で、僕は早速聞いてみた。

「なあ幹夫。おいぼ岩ってどれのことだ?」

幹夫は目をこすりながら答える。「全部だよ。この辺りの岩は全部、おいぼ岩って呼ばれてんだ」

予想外の返答に僕は一瞬黙った。そして、辺りを見回す。松林の中には黒くいびつな岩が点在している。それらはどれも不気味な雰囲気をまとっていた。

幹夫が松林の奥へと進む。僕も続いてガードレールを跨ぎ、林の中へ入った。幹夫が足を止めた岩は、他より丸みを帯びた形をしており、恐竜の卵の化石のようだった。

「手形とか人型がどこかについてるって話なんだけどな。この岩じゃないみたいだな」

幹夫は岩の周囲を回りながらぶつぶつと呟いている。手形?人型?まだ何のことだか分からない僕は、改めて幹夫に訊ねた。

「なあ、おいぼ岩って何なんだよ。何か血なまぐさい言い伝えがあるって聞いたけど?」

幹夫はにやりと笑い、顎の下に懐中電灯を当てて語り始めた。その語り口は、まるで怪談話の名手、稲川淳二のようだった。

「おいぼ岩の“おいぼ”ってのは、“おんぶする”って意味なんだ。でも、岩には何も背負われてないだろ?不思議だと思わないか?」

正直、どうでもいい。僕は話を進めるよう促す。

幹夫は満足げに語り続けた。

「この辺りには昔、特殊な処刑方法があったらしい。あそこの岩山で切り出した岩に罪人を括りつけて、山の上から転がすんだってさ」

僕は思わず息を呑んだ。幹夫は構わず続ける。

「両手足と首にロープを括りつけて、転がしても体が岩から離れないようにしてからな。罪人が背負う岩、だからおいぼ岩だって話だ」

僕の背筋がぞわりとした。幹夫はさらに話を続ける。

「転がされた罪人たちの恨みが、この辺りの岩に染み込んでるんだってさ」

話を終えた幹夫は、懐中電灯のスイッチを「パチ」と切った。その瞬間、周囲の闇がいっそう濃くなった気がした。

僕は再び辺りを見回した。満月の光に浮かび上がる無数の黒い岩。その一つひとつに、人を押し潰した、擦り殺した記憶が宿っているのかもしれない――そんな想像が脳裏をよぎり、寒気を覚えた。

次の瞬間、首筋に冷たい感触。振り返ると――そこで物語が狂い始める。

その冷たい感触は風ではなかった。だが、振り返った先には誰もいない。ただ、背後の松林が闇の中で黒々とそびえ立っているだけだ。僕は息を呑みながら、もう一度周囲を見回した。

「おい、どうした?」

信吉の声が背中越しに聞こえた。僕は少しの間、声が出なかったが、なんとか平静を装って返事をした。

「いや、何でもない。風が冷たいだけだ」

信吉は訝しむような視線を送ってきたが、それ以上何も言わなかった。幹夫はというと、別の岩に興味を示して、すでに林の奥へと進んでいる。

僕たちは暗い松林の中を慎重に歩き続けた。下草がほとんどないせいで視界は確保できるが、足元の松葉が滑りやすい。懐中電灯の光が左右に揺れるたび、岩影が動くように見えて妙に落ち着かない。

やがて幹夫が足を止めた。目の前には、他の岩よりも大きく、形も異様な岩が横たわっていた。丸みを帯びた表面には、無数の擦れた跡が刻まれている。それが人の手形や足形に見える気がして、僕は思わず息を呑んだ。

「これがそうだ。見ろよ、こいつは特に重たそうだな」

幹夫が懐中電灯をその岩に向ける。確かに異様な迫力がある。岩の側面には、無数の線状の傷跡が走っていた。まるで何かが激しく引きずられたかのような痕跡。それを見た瞬間、言いようのない不安が胸を支配した。

「これ……誰かが動かしたのか?」

信吉が低い声で呟いた。その声に混じるかすかな震えを、僕は聞き逃さなかった。幹夫は無邪気に笑う。

「まさか。これだけの岩を人が動かせるわけがないだろ?でも、動いたって話はあるんだ。ほら、この線、転がった跡だってさ」

幹夫の言葉を聞きながら、僕は懐中電灯をもう一度岩の表面に向けた。そのとき、ふいに背後で「ザッ」と松葉を踏む音がした。

反射的に振り返る。そこには、僕たち以外に誰もいない。だが、確かに音は聞こえた。間違いない。僕の心臓が早鐘を打つ。

「おい、やめろよ。ビビらせんな」

僕が声を震わせて言うと、幹夫が不思議そうな顔をした。

「いや、何もしてないぞ?」

僕の言葉を聞いて、信吉も辺りを見回し始めた。懐中電灯の光が岩と岩の間を行き交う。しかし、その光が照らすのはただの岩と松林の闇だけだった。

その瞬間、ふいに冷たい風が吹き抜けた。そして、耳元で誰かが囁いたような気がした。

「――おぶってくれ」

僕は全身が凍りついた。あまりの恐怖に足がすくむ。声がした?いや、そんなはずはない。風の音がそう聞こえただけだ、そう自分に言い聞かせる。

「どうした?顔が真っ青だぞ」

信吉が心配そうに問いかけてきた。僕は何とか首を振り、気にするなと言いたかったが、言葉が出てこない。そのときだった。幹夫が突然、声を上げた。

「おい、こっちだ!こいつを見ろよ!」

幹夫が指差したのは、岩の表面の一部。そこには、明らかに人の手形が残っていた。擦り傷ではない。本物の手形。五本の指の形がくっきりと刻まれている。

「うそだろ……」

信吉が低く呟く。僕も目を疑ったが、どれだけ見てもその手形は消えない。それどころか、じっと見つめていると、その手形がわずかに動いているように見えた。

「帰ろう。ここ、やばいって」

信吉が震える声で提案した。しかし、幹夫は笑いながら手形に触れようと手を伸ばした。

「何がやばいんだよ。ただの岩だろ――」

その瞬間だった。幹夫の手が岩に触れると同時に、地面がぐらりと揺れた。周囲の松林が音を立ててざわめき、僕たちは全員その場に立ち尽くした。

岩が……動いている。

岩が確かに動いていた。音もなく、地面をわずかに滑るようにして。僕たちは全員、その光景に言葉を失った。手を伸ばしていた幹夫も固まったまま、次の一歩を踏み出すことができない。

「な、何だよこれ……」

信吉が震える声で呟いた。その言葉は、僕の頭の中の混乱を代弁していた。目の前の岩がわずかに傾き、その表面に刻まれた無数の線状の傷跡が、まるで生きているように動き出して見えたのだ。刻まれた傷が一つずつ揺れ、光を反射しているかのようだった。

そして、再び聞こえた。今度は耳元ではない。岩そのものから、かすれた声が漏れ出した。

「――おぶって……くれ……」

それははっきりとした言葉だった。僕は背筋を駆け上がる寒気を感じながら、後ずさる。だが、足がもつれて地面に尻もちをついてしまった。信吉も同じように一歩後ずさりし、震える手で懐中電灯を握り直している。

「聞いたか?今の、聞いたよな?」

信吉が僕に叫ぶように問いかけるが、僕は答える余裕がない。ただ幹夫を見つめることしかできなかった。幹夫の表情は、いつもの悪ふざけとは全く違っていた。目を見開き、口をパクパクと動かしながらも、言葉が出ない様子だった。

そして幹夫の足元。そこに異変が起きていることに気がついた。彼が立っている場所――岩と地面の境目から、何か黒いものがじわじわと滲み出ていた。液体?いや、液体ではない。それは形のない影のように見えた。だが、その影が幹夫の靴に触れた瞬間、彼は悲鳴を上げて後ろに跳ねた。

「く、靴が……!」

幹夫が叫んでいる間にも、影は靴の表面を這うようにして広がっていく。それが何であるのか分からないが、明らかに普通ではなかった。僕は恐怖心に駆られながらも、とっさに懐中電灯をその影に向けた。光を浴びた影は、まるで焼かれるように一瞬だけ引っ込んだ。

「おい、急げ!ここを離れるぞ!」

信吉が声を張り上げる。彼の叫びで我に返った僕たちは、全員その場を飛び出すようにして走り出した。足元の松葉が滑ろうが、枝が顔に当たろうが気にしていられない。ただ一刻も早く、あの岩と影から距離を取りたかった。

林を抜け、駐車した車が見えたとき、僕たちは全員息を切らせていた。幹夫は走りながらも何度も靴を確認し、ついには脱ぎ捨てるようにして車に乗り込んだ。信吉がエンジンをかけ、タイヤが砂利を巻き上げる音を響かせる。

車が松林を後にすると同時に、後部座席から幹夫が低い声で呟いた。

「なあ……」

その声が震えているのに気づいて、僕は振り返った。幹夫は靴下のままの足を見つめていた。その足先が、薄黒く変色していたのだ。

「これ、岩の……影のせいか?」

幹夫の声には冗談めいた調子は全くなく、ただ恐怖が滲んでいた。僕も信吉も、それに答えることはできなかった。

車内には沈黙が流れる。ハンドルを握る信吉の手が小刻みに震えているのが分かった。僕はふと窓の外に目をやる。街灯のない道路を車が進む中、闇に飲み込まれるような松林が遠ざかっていく。

そのときだった。車のスピーカーから、不意に音が鳴った。

「……ぶって……」

僕は声を上げそうになり、咄嗟にスピーカーを手で押さえた。だが、音は止まらない。幹夫が怯えた目でスピーカーを見つめる。

「やばい……まだ、ついてきてるのか?」

その言葉に、全員の顔が青ざめた。僕は震える手でスマートフォンを取り出し、何か助けを求めようとしたが、圏外の表示が画面に浮かんでいるだけだった。

信吉が突然叫んだ。

「後ろ!見るな!絶対に振り返るな!」

その声に僕は硬直する。だが、視界の端に何かが映った気がした。車のリアガラス越しに、黒い影が――いや、人の形をした何かが揺れていた。

「振り返るな!」

信吉の言葉に従い、僕はひたすら前を見た。アクセルを踏み込む信吉の車は速度を上げ、闇夜を突き抜けていく。

やがて、街灯の明かりが見え始めた。リアガラスに映る影もいつの間にか消えていた。

街に戻った僕たちは、互いに何も話さないまま車を降りた。ただ、全員が心に誓った。この夜の出来事を、決して誰にも語らないと。

それでも僕は、あの時耳にした声を忘れることができない。

「――おぶってくれ」

影は、今もどこかで岩のそばに佇み、次の「背負う者」を待っているのだろうか。

(完)

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