親戚に霊能者と呼ばれている人がいる。
947 :みちかさん:04/02/07 07:29
彼女の地元ではそれなりに有名で、本名とは別に、近所の人は彼女のことを
《みちかさん》と呼んでいた。
なんでも《身近》と《未知か》・《道か》が混ざっていて、本人もいい感じで気に入っているので周りからそう呼れているらしい。
今現在北海道の紋別に在住、四十五歳である。
彼女は、昔東京で不動産会社の事務をしていたのだが、ふとしたきっかけでやめたらしい。
その原因は今でも話してくれない。
旦那さんとはその時期別れて、子供も旦那さんが引き取っている。
僕には元々霊感などないし、霊も怖いので彼女と話すのはあまり好きじゃなかった。
初めて話したのは、小学校四年の時、僕が京都に住んでいたときだ。
その時は丁度、家族で父親が昔住んでいた北海道を訪ねていた。
「あんた、家の近くにお墓のある公園があるでしょ?」
えっ?と僕は思った。
「むやみに拝んだらだめだよ。霊がついてくるからね」
初対面でいきなりこんなことを言われた。
そもそも何故彼女がそんなことを知っているかがわからなかった。
ただ、当時友達の間でほんの一時期、拝むのが流行って、僕も真似していたのは確かだった。両親すら知らない事だ。
それ以来拝むのはやめた。
二回目に会ったのは、東京でおじいちゃんの葬式があったときだ。
みちかさんは北海道から葬式に参加するために来ていた。
後から知ったのだが、その時はすでに霊能者まがいのことを地元でやっていたらしい。
その時はこう言われた。
「あんた苦労するよ。うん」
「でも、あんたの亡くなったおばあちゃんが、ええ人だからね。守ってくれてるのが救い。あんたの父親も苦労人だけど、そのおばあちゃん、つまりあんたの父親のお母さんだけど、その力があるから、今は結構幸せにやってるでしょ?」
僕のおばあちゃんは、僕が生まれて二、三年後に亡くなった。
おばあちゃんは、僕をとてもかわいがったらしい。
それにしても、僕はその時中学一年生だったが、またもや嫌な感じになった。
なんでこんなことをこの人は言うのだろう。
……そう思っていたのだった。
今振り返ると僕の人生は特別不幸というわけでもないが、とりたてて幸せというわけではなかった。
当たっていないわけでもない。
三回目に会ったのは、おじいちゃんの何回忌かの時だ。
小さい頃からみちかさんには嫌な感じを受けていた僕は、話さないようにしていたのだが、なんとなく目があって、話さなければいけない雰囲気になってしまった。
「あら、元気?」
初めてそう聞かれて僕はちょっとびっくりした。
「別に会うたびに小言言いたいわけじゃないのよ。ただ気になっただけだからさ」
と彼女は笑って言った。
「霊能者みたいな事しているんですって?」
僕は思い切って彼女に聞いてみた。
「まあね。といっても頼まれた時だけ。普通は自分からは何も言わないのよ。そんなにわかるわけでもないし。親戚だろうとね」
嘘つけ、と内心思ったが黙っていた。
「あんたは特別よ」
まるで僕の心を見透したように彼女は付け加えた。
「ところで、どんな感じなんですか?霊って?」
「どんな感じ?そりゃいろいろ。ほんと、いろいろ。でもどれも基本的にはさ、人間の思念の残りなわけよ。わかる?」
わかるわけがない。
「個人の何かの思いが霊になっちゃうわけよ。だから、その思いを知るのが大事なの。ね」
「ただ……」
「時々とんでもないのがある。私じゃどうしようもないのが」
「例えば?」
「聞きたいの?」
そう言って、みちかさんは僕に霊体験を語ってくれた。
みちかさんは知人に頼まれて北海道のある町にいくことになった。
そこには二年前ぐらいから原因不明の病に罹った十四歳の少年が待っていた。
なんでも胸がずっと苦しいらしい。
医者の方でも原因がわからず、かといって命にかかわるほど危険というものでもないので、入院費用のことも考え、自宅療養を続けているとのことだった。
学校は気分がいい時にだけ行っているらしい。
「行ってみてびっくりしたのよ。ほんと」
と彼女は興奮気味に言った。
「最初はさ、まあ私のような胡散くさい人間に頼んでくるくらいなんだから、当然霊がらみなのはわかってたけどさ」
そこは、北海道地方に特有の屋根が三角に尖った普通の家だった。壁はクリーム色で屋根は赤い家。
その時には別段変な感じはしなかったと言う。
ところが、家に入ると、「ウッ!」という胸が押しつぶされる感じに襲われたらしい。
「知人に引きつられて中に入ると、その母親が待ってたわけよ。当然だけどね。父親は仕事を休んだらしく、少年が寝ているベッドの前で正座してたわ」
「で、挨拶して、『みちかです』と自己紹介したわけ。その時ちょっとピンと来たんだけどさ。ま、やりながしたの」
何を?と聞く前に彼女は続けた。
「それで、いよいよ少年とご対面。案の定、何か黒っぽい服を来た人が少年の胸に乗っかっているのね。その時丁度父親はトイレに行くって下へ行ったのよ。変でしょ、これから除霊をするってのに」
……確かに変だ。
「で、よ~くその霊の顔を見たらさ……なんとその父親の顔してるじゃない!予感はしてたけど、本当にびっくりしたわ。で、母親にちょっと事情を聞いたらさ、どうやら、その子は母親の連れ子らしいのね。『はは~ん。そういうわけか』って思ったの。
その母親は三年前にその父親と知り会って、再婚したんだって。で、二年前から胸が苦しくなったってことは、どうやら父親がその子を疎ましく思ったみたいね」
なるほど。
「でも困ったことにさ、生霊ってのは私もその時初めてで、除霊したことないのよ。故人の霊なら問題ないんだけど。生きている場合はねえ。で、どうしようか考えてたらさ……なんとその父親の生霊が突然っ!私の方すっごい形相で睨んで、私の胸を両手でこうぐ~って、押しつぶすようにし始めたのよ!
私、もう『うっ、うっ!』ってなって息できなくなって。苦しみながら『外だして、外だして!』って知人に言ったの。で、連れ出して貰って、玄関出たらすぐ息できるようになって」
「それで結局除霊はどうしたんですか?」
「諦めた」
「えっ?」
「だって、父親が原因だなんて言えないし。言ったら家庭崩壊だよ?そりゃ息子はよくなるかもしれないけど」
「そのままにしといたんですか?」
「ん。あの父親による思念も、いつも強いわけじゃないから、そのうちね。無くなるでしょ。なんかで」
「いいかげんだな~」
「だって、別に大金もらってやってるわけでもないし。壷売ってるわけでもないしさ(笑)
ま、それは冗談として。生霊はね、取り扱いを間違えると本当に大変なことになる。当たり前だけどね、死んだ人よりね、生きている人のほうが思いが強いんだよ」
その後、その少年の話を聞いたが、結局あの夫婦は離婚したとのこと。
それ以来少年は胸の痛みが消えたそうだ。
でもあの時一番怖かったのは、みちかさんの話の最後の部分だった。
「知人が私を外に連れ出そうとした時、知人は、居間で父親を見たらしいんだけど……」
「正座して両目見開いてこっちをが~って見てたって。机で右拳を震わせながらね。すごい顔してたって。それ聞いて、生半可な霊よりぞ~っとしたわ」
僕には田中さん(仮名)という親戚がいるのだが、その家を親戚一同で訪ねた後、みちかさんはこうつぶやいた。
963 :みちかさんpart2:04/02/07 13:32
「あの家、空気がよどんでるね」
僕と両親は、その訪問のかなり後になって、当時15歳だった田中さん家の娘が、無断外泊したり、その娘が彼氏を家に連れ込んだりして問題になっていること、そのせいで夫婦仲が険悪になり、さらに田中さんの母と奥さんも、今まで以上に無いほど仲が悪くなっていたことなどを知る。
しかも、離婚話まで後に持ちあがった。
訪問した時は何の予感もなかったのだが。
彼女が事前に知っていたという事はあり得ない。
彼女は僕の両親を除いて少し親戚から避けられているので、親戚関係の話は僕の両親から伝わるからである。
後で田中さんの離婚騒ぎがわかった時、両親が彼女にその事を話すと、「ふーん」と言っただけで、興味が無いようだった。
「あんたは、私から何か言われるのがイヤなんでしょ?」
と彼女は言う。
よくわかってらっしゃる。
人生は其の基本において、自分で切り開くものと考える僕は、たまに迷惑をかけてしまう両親や家族の忠告を除いて、占いや霊視の類を信じないのである。
「時々心配になる。あんたは境界にいるからね。いろんな意味で。ま、あんたのおばあちゃんに感謝しときな」
境界?なんだそれ?いずれにせよ大きなお世話だった。
幸いにして、洒落にならないほどの霊体験は今まで僕自身には起きてない。
洒落にならないほどの実体験なら結構あるが。
それでも、何故だかみちかさんには惹かれるものがあった。
それが何なのかはわからない。
好きではなく、興味の対象……といったところだろうか。
ともかく、親戚関係で北海道を訪れるたび、みちかさんの話を僕は聞くようになっていく。
例のごとく知人に、「ちょっとみてほしい」と頼まれた彼女は、A市まで車で知人と出向いた。そこの団地のとある二階の部屋。
「なんかね、イヤだね。どよーんとした空気がさ」
そこには一人暮らしのおばあちゃんが住んでいた。
なんでも、そのおばあちゃんが変な夢を夜見るらしい。
毎晩誰かに焼かれそうになる夢だそうだ。
その誰かは夢ではわからないらしく、実際恨まれる記憶も無いとのこと。
「昼間ではちょっとわからなかったのね。原因が。こりゃ夜まで待たないとだめだってわかった。やぶ霊能者とか言わないでよね。実際私は、後天的に霊能力がついたからさ。笑」
……後天的。
僕は、彼女が東京で不動産屋の事務をやっていた時を意味しているのかな、と思った。
おそらく事故物件がらみ、そんなところかもしれない。
もちろん、そんなことは聞かなかった。
「で、実際夜になったんだけど……やっぱりわからないのよ。特に霊が見えるわけでもない。ただね、おばあちゃんが何か隠しているのには気付いた。で、おばあちゃんにこう聞いたの。『おばあちゃん、昔火事起こしてない?』
そしたら、おばあちゃんぼろぼろ泣き出しちゃって。夜中一時なのに大声で。近所の人が起きてきちゃって、『あんたら何やってんだ!』って怒鳴られて。で、とりあえず中止」
「また、諦めたんですか?」と、僕は意地悪な質問をした。
「諦めたっていうか、日を改めようと思ったの。で、その日は『もう遅いから明日にしましょう』ってね」
それで帰ったらしい。
「そしたらね……次の日の昼に知人から電話があって、おばあちゃん亡くなってた」
「嘘!?」
僕はめちゃくちゃ驚いた。
「その死に方がすごいの。明け方五時ごろぐらいかな?『ドンドン!ドンドン!』ってドアを叩く音と、『助けて!助けて!』って声がしたから、近所の人が管理人さん叩き起こして、鍵持ってきて開けてもらったらしいの。
そしたらね、『ドアを叩く格好で燃えながら、丁度扉を開けた管理人に倒れかかってきた』んだって。管理人は『ギャ―!!』って言って、おばあちゃんをあわてて振り払ったの。そしたら、倒れて近くにいた隣の家の人の両足首をつかんで、『あ、ん、たのせい……よ……』って言ったらしい」
僕はブルッときた。
「隣の人は、つかまれたまま一瞬動けなくって、両足にやけどを負ったの。やけど自体はたいしたことなかったんだけどね。両足首に手型がバッチリ残った。多分、精神やられちゃったね」
「その人は何か過去に、おばあちゃんに何かしたんですか?」
「してないでしょ。ただの偶然。その場にいただけでしょ」
「じゃあ、なんで『あんたのせい……よ……』って言ったんですか?」
「おそらくね、過去にあのおばあちゃんが原因の火事で、誰か亡くなってるね。それで、おばあちゃんずっとそれを後悔してて、自分で自分をずっと責めてたんじゃないかな。無意識の内に。だから、あれは自殺だね」
「だから、何でそれで『あんたのせい……よ……』って言うんですか?」
「それは、夢の中で自分をそういう風に責めてたからでしょ」
ああなるほど。そういうことだったのか。
「いつも霊が怨念かますとか思わないでね。自己暗示も多いんだから」
と、みちかさんは僕に言うのだった。
(了)