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死角の扉 r+2,367

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ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを口に含んだ瞬間、喉奥にざらついた記憶が引っかかった。

あれはちょうど一年前。祖母が亡くなる二日前のことだった。

暑さもすでに飽和したような七月の終わり。
夜の仕事帰り、ふとした拍子に祖母の顔が頭をよぎった。病院にいるはずの、痩せこけたあの顔ではない。
笑いじわの深かった元気な頃の、あの頃の祖母だった。

直感で、娘を連れて見舞いに行かなければと強く思った。
娘はまだ二歳。祖母にとっては初めてのひ孫だった。見せたい、というより、会わせなければならないという焦りのようなものがあった。
あの感情を説明する言葉は今でも見つからない。

夜の病院。祖母はすでに眠っていた。
無理に起こすのも気が引けて、小さな声で耳元に話しかけるにとどめた。

「がんばって元気になってね。来年には兄ちゃんのところ、赤ちゃん生まれるよ。ひ孫、二人目だよ」

娘はまだよくわかっていない顔で、私のスカートを握っていた。

そして次の日の未明、午前四時半。

あんな夢を見た。

夢の中では、色とりどりの花が咲き乱れ、子供たちが笑いながら走り回っていた。娘もその中にいて、私は何も不安を感じていなかった。
なのに、あの女が現れた。
子供をひとり、明らかに手にかけたばかりの女。表情は、ない。
笑ってもいない。怒ってもいない。なにかが欠けたまま動いているような女だった。

白い車に乗っていた。
突然、アクセルを踏み込むように、こちらに突っ込んできた。
子供たちが悲鳴を上げて散り散りに逃げる。私は娘の手を握り、そばにあった木造の家に駆け込んだ。

どこか懐かしい家。だが、記憶のどこかをくすぐるような違和感もあった。

家に入ったあとも、女はしつこく追いかけてくる。
ふと玄関を見ると、大人の男と子供二人が逃げてきた。男が転び、子供たちも足が止まる。
私は娘の手を離し、とっさに男の腕をつかんで引っ張った。

場面が切り替わった。

家の中は緊張感で満ちていた。
扉を閉め、鍵をかけ、窓のロックもすべて確認していく。
最後の一枚。玄関の引き戸だけが、なぜか閉まらなかった。

かちり、と鍵の音がしない。何度やっても、閉まらない。

そこから、女がぬっと顔を出した。

昭和の古い制服のような服装。茶色い三つ編み。肩下までの髪。無表情。
なのに、心のどこかで「この女は知ってる」と思った。

取っ組み合いになった。
「いいかげんにしろ!」と叫び、髪を掴んで引きずり出そうとしたときだった。
真正面から、顔を見た。
茶色い、瞳孔のない目。黒くもなく、濁ってもいない。無の色だった。

その瞬間、手を離した。気づけば蹴りを入れていた。
倒れ込んだ拍子に、目が覚めた。

息が詰まっていた。
布団の中、私は娘の手を握りしめていた。夢の中と同じ形で。
手のひらが熱かった。汗ではない。心が焼けたような熱だった。

胸騒ぎが止まらなかった。
七時、夫に夢のことを話した。
昔から、悪い夢を見たときは誰かに話すようにしている。正夢にならないように。
そのときも同じだった。

夢で取っ組み合った家の玄関、それが祖母の建て替え前の家とまったく同じだったこと。
顔を見た瞬間、「あれは祖母だ」と、自然に思ってしまったこと。
祖母が今日、死ぬような気がしたこと。

「でも、追い返したから大丈夫かも……」

口にしたそばから、携帯が鳴った。
母からのメッセージ。「ばあちゃん、ちょっと危ないかも」

震えた。
でも私はその日、午後から半休を取っていたため、朝は一応出勤していた。

昼前、再び母から連絡が入った。

「ばあちゃん、なんか復活したよ!」

心底ほっとして、同僚に夢の話を笑い話のように披露した。
でも、その午後。

祖母は息を引き取った。

……どこかで私は、覚悟していたのかもしれない。
けれども、あの夢の中の「女」と祖母が、どうしても結びつかない。
祖母は人を殺すような人ではない。むしろ、子供が大好きだった。

数日後。葬儀のあとで母がぽつりと言った。

「あんたの従姉妹、来てなかったでしょ。お腹の子が……流れたらしいの。ばあちゃん亡くなる前に」

それを聞いた瞬間、背筋が凍った。
夢の中で子供をひとり殺した女。あれは誰だったんだろう。

祖母なのか。従姉妹なのか。あるいは、別の何か。

あの時、私が蹴った「女」が、本当に祖母だったのなら……。
娘は、守れたのかもしれない。

でも、別の命が……。

そのときから、私は家の玄関を二重にロックするようになった。
理由は訊かれても、答えられない。
ただ、あの夢の玄関と似た「音」が、夜中にする気がするから。

ガチャリ。

どこかで、誰かが、また入って来ようとしている気配が、してしまうから。

[出典:投稿者「NO NAME ◆9BcKIDhM」 2013/07/21]

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