T山は、福岡では知られた山だ。麓にあるS霊園のせいで、心霊スポットとして名前が出ることも多い。
高校生の頃、その山の頂上近くに誰でも使える小屋があると聞き、夜に登って集まろうという話になった。キャンプというほどの準備はしていない。テントも寝袋もない。ただ、夜に登る。それだけだった。
登り始めたのは夜十時過ぎだった。懐中電灯の光だけを頼りに山道を進み、三十分ほどで小屋に着いた。中は囲炉裏と古い椅子があるだけの簡素な造りだった。
囲炉裏のそばに、灰と一緒に焦げた紙片が落ちていた。誰かが先に来ていたのかと思ったが、火はもう消えていて、熱も残っていない。紙は端だけが残っており、文字は読めなかった。
薪が足りず、じゃんけんで負けた自分たち三人が小屋の外へ探しに出た。少し歩くと、小さな社があった。地図にも載らないような、古くて低い社だ。懐中電灯を向けると、社の裏側の土が不自然に抉れているのが見えた。何かを埋めて、掘り返したような跡だった。理由もなく、これ以上近づきたくなくなり、薪だけ拾って引き返した。
小屋に戻ると、囲炉裏の横に古い日めくりカレンダーが置かれていた。さっきまでそこにはなかったはずだ。表紙は破れ、日付も十年以上前のものだった。
暇つぶしに誰かがページをめくった。
「二十日 今日はここに来た」
短い一文だけだった。次のページには別の日付が飛び飛びに並び、同じ名前が繰り返し書かれていた。
「まゆみちゃん」
内容は日記のようで、場所や行動が断片的に書かれている。書き手が誰なのかは分からない。ただ、最後の方のページに、こうあった。
「社の後ろ」
それ以上は書かれていない。最後のページだった。
妙な空気になり、長居する気が失せた。全員で山を下りることにした。
途中、山道の脇に地蔵が立っていた。懐中電灯で照らすと、右足だけが途中で欠けている。台座の裏に何か書かれているのが見えた。誰かが照らすと、そこにあったのは名前だった。
「まゆみちゃん」
カレンダーと同じ、癖のある字だった。
無言のまま歩き続け、舗装された道路に出たとき、ようやく全員が息を吐いた。
その時、誰かがぽつりと言った。
「最初に小屋にあった焦げた紙、あれ、カレンダーの最初のページじゃなかったか」
誰も見ていない。確かめにも戻らなかった。
それ以来、T山には近づいていない。調べても、事件や記録は何も出てこなかった。ただ、あの夜、誰も知らないはずの名前を、全員が同じように覚えている。それだけが、今も残っている。
(了)
[出典:235 本当にあった怖い名無し 2007/09/13(木) 22:40:43 ID:9+35Nh+E0]