これは、自衛隊に長く務める知人の先輩から聞いた話だ。
自衛官になってから、妙に怪談や奇妙な出来事に縁ができたという。その先輩自身も、はっきり説明できない体験をいくつかしており、ある演習での出来事が今でも忘れられないらしい。
その演習で、先輩は指定された地点に「たこつぼ」を掘るよう命じられた。銃弾を避けるための簡易的な塹壕で、腰まで埋まる深さが必要になる。だが場所が悪かった。地面は石混じりで、ツルハシを振るうたびに鈍い感触が手に返ってくる。周囲には他の隊員の姿もなく、ただ黙々と一人で掘り続けるしかなかった。
時間をかけてようやく形が見えてきた頃、ツルハシが明らかに違うものに当たった。これまでの石とは違い、音が低く、嫌に澄んでいた。土を払うと、黒ずんだ平たい面が現れた。妙に滑らかで、自然の石とは思えない。
不安を覚えながらさらに土を落とすと、そこに文字が見えた。
「◯◯家之墓」
掘り進めた底に、墓石が横たわっていた。
先輩は言葉も出ず、そのまま上官のもとへ向かった。事情を説明すると、上官は周囲を見回し、短く沈黙した。その後、理由も説明もなく、ただ一言「埋めろ」と命じたという。
先輩は何も聞き返せなかった。墓石の周囲に土を戻し、さっきまで必死に掘ったたこつぼを、最初から無かったかのように埋め戻した。作業中、上官も他の隊員も、誰一人その場に近づいてこなかった。視線を向けられている気配もなかった。ただ、土をかぶせる音だけがやけに大きく響いていた。
その日の夜、演習が終わり、先輩は他の隊員たちと草むらに伏せて休んでいた。空気は静まり返り、虫の声すら遠く感じられた。疲労のせいか意識が沈みかけた、その瞬間だった。
背中に、重いものが乗った。
押さえつけられる感覚ではない。ただ、確実に「重さ」があった。息が詰まり、声を出そうとしても喉が動かない。必死に振り向こうとしたが、体がまったく反応しなかった。数秒か、それとももっと長かったのか分からない。ただ、次の瞬間、重さだけがすっと消えた。
背後には誰もいなかった。
後日、この話を仲間にしても、皆疲労のせいだと笑って流した。ただ一人、心霊話に詳しい曹長だけが、少し間を置いてこう言ったという。
「演習場ってのはな、位置が変わらん。掘る場所も、伏せる場所も、だいたい同じになる」
それだけ言って、それ以上は何も続けなかった。
それ以来、先輩はその演習場に行くたび、決まって同じ感覚に襲われるという。掘ってもいないのに、足元の地面が妙に柔らかく感じられることがある。伏せると、背中に何かが触れている気がすることもある。
だが、何があるのかは、今でも分からないままだ。
(了)
[出典:728 :本当にあった怖い名無し:2021/06/29(火) 01:00:57.35 ID:NTrzhT390.net]