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郵便受けの女 r+6,884

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二週間前に今の家へ引っ越した。

新居に慣れようとしている最中だが、どうしても前の部屋で体験したことが頭を離れない。誰かに話さずにはやっていられない。だから、これは俺が確かに体験したことだと前置きして聞いてほしい。

前の部屋は築年数の古いマンションで、狭い玄関に錆びたドアと頼りない郵便受けがついていた。特に何の変哲もない場所だったのに、ある時期から深夜三時を過ぎると郵便受けが「パカッ」と開くようになった。

閉じる音はすぐにしない。静寂がしばらく続き、忘れた頃に「パタン」と閉じる。新聞配達なら足音が響くはずだが、そのときには物音一つなかった。

最初は友人に笑い話として語った。「こえーよな」と軽く騒ぐ程度で済ませていた。郵便受けにはカバーがあり、中は直接のぞけない。だから深刻に考えようとしなかった。

ただ、怖さは残っていた。そこで思いついたのが、ドアに後付けで取りつけていたインターホン用のモニターだった。ボタンを押せば外の様子が映る。それを使えば安全に確認できると考えたのだ。……それが大きな間違いだった。

ある夜、動画サイトを見て過ごしていると、例の「パカッ」という音がした。きた、と直感した。忍び足でリビングを抜け、モニターのスイッチを入れる。

画角は狭く、しゃがんでいる人物など映るはずがない……そう思った。だが、そこに映っていたのは、爪先をカメラにひっかけるようにしてモニターをなぞる指先だった。

その瞬間、全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
なぜ、どういう姿勢でそんなことをしているのか理解できない。呼吸が荒くなり、玄関とベランダを交互に確認し、鍵がかかっているのを見て、再びモニターに目を戻す。

指は優しく、そっと、延々とモニターをなで続けていた。

早くやめろと祈るような気持ちで見ていると、俺は致命的な失敗をした。モニターは一分で自動的に消える仕様になっていて、消えると「ピッ」という音が室内に響く。その夜、緊張のあまり、いつの間にか指がスイッチから離れていた。

「ピッ」

その音が響いた直後――

「ピンポンピンポンピンポンピンポン……」

狂ったように呼び鈴が連打された。モニターが勝手についても、映るのは指先だけ。姿は見えない。腰が抜け、動けなくなった。さらに今度は呼び鈴の部分をバンバン叩く手のひらが映し出された。しならせるように、一定のリズムで。狂気じみているのに、どこか子供の遊びのような無邪気さを感じた。

恐怖の極みに達し、半身を風呂場に隠して怒鳴った。
「警察呼ぶぞ!」

一瞬の静寂のあと、返事が返ってきた。
「……え?なんで?」

女の声だった。細くて高く、無邪気な響き。映画で刷り込まれたせいか、こういうときの女の声ほど恐ろしいものはない。再び怒鳴った。

「警察呼ぶからな!」

「……呼んじゃうの?」

沈黙。そして郵便受けの「パタン」という音。

その夜はそれ以上何も起きなかった。しかし翌朝、出勤前に玄関に向かうと、郵便受けから大量の髪の毛があふれ出していた。束ねられていない、ただの毛。開けると中でとぐろを巻いている。吐き気がして、どうすることもできなかった。

出勤を優先し、そのままにして出た。だが同僚の家に泊まった翌朝、同僚の郵便受けからも髪の毛が出てきた。量は少なかったが、確実に俺を追ってきていた。

以降、ゴキブリや腐敗した缶詰のようなもの、錠剤が大量に投げ込まれるなど、毎日のように異常が続いた。モニターに映ったのは、舌の上で錠剤を転がすざんばら髪の女。何度も吐き出し、また飲み込み、郵便受けに詰め込む。その動作を延々と繰り返す様子は地獄の見世物のようで、視線を逸らせなかった。

ある晩は仔猫の死骸が置かれ、翌朝にはぐちゃぐちゃの残骸が玄関にあった。涙が止まらず、どうして自分がこんな目に遭うのか理解できなかった。

警察に相談しても「危険はない」とあしらわれ、絶望感だけが積もっていく。ドアに赤い円と俺の名字が書かれ、郵便受けから猫の足が大量に押し込まれた日には、もう正気を保てる気がしなかった。

引っ越すと決め、不動産屋に駆け込んだ。荷造りを進める中で見つかったのは、死角という死角に隠されていた札の数々。
『太郎 好 愛 欲 狂 死 幸 花子』
俺の名と、女の名だろう花子という字。黄ばんだ紙に赤字で書かれていた。

シーツにはびっしりと画鋲が仕込まれ、枕の中も同様。ベランダの洗濯ばさみには一本一本髪の毛が結び付けられ、汚れた下着が干されていた。

冷蔵庫には水で薄めた血のような液体のペットボトル。テーブルにはゴキブリの混ざった弁当。部屋全体が、俺を拒む生き物のように変わり果てていた。

……結局、引っ越した。
二週間経ち、いまはこの部屋にいる。何も起こらない。静かだ。

けれど、引っ越し当日の夜。最後にドアノブを回したとき、髪の毛がリボン結びにされていた。長い髪の毛一本だけ。あれはただの偶然だったのか、それとも。

新しい部屋で眠るたび、あの「パカッ」という音が聞こえる気がして目を覚ます。気のせいであってほしい。けれど俺は今も耳を澄ましながら、深夜三時を待ってしまっている。

――もう二度と、郵便受けを開ける勇気はない。

(了)

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