ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

ベランダの外 nc+

更新日:

Sponsord Link

住んでいる場所の「音」に、人はすぐ慣れる。

車の走行音、遠くの踏切、夜中のサイレン。
最初は気になるのに、いつの間にか生活の一部になる。
それが、どれだけ異常な音でも。

俺が住んでいた学生アパートは、角部屋だった。
二階で、ベランダの正面には細い小道がある。
近所の人が通ると、会話や足音がよく聞こえた。
壁が薄い、というより、街との距離が近い感じ。

住み始めて二年ほど経った頃、隣の家のおばあちゃんが認知症を患った。
早朝、まだ空が白み始める前の時間帯に、一人で家を出ては小道をうろうろするようになった。
「アァァア、アァァア」
息遣いのような、唸り声のような声を出しながら。

最初は驚いた。
だが、それもすぐ日常になる。
蝉の鳴き声と同じだ。
「ああ、今日もか」と思うだけで、生活に支障はない。

声は、いつも一定の距離から聞こえた。
ベランダの下、小道のあたり。
だから、音の大きさも、方向も、だいたい決まっていた。

その日は違った。

同じ時間帯、同じ声。
なのに、妙に立体感があった。
音が、上下左右に動く。
耳がおかしくなったのかと思った。

「移動しすぎだろ」
冗談めかしてそう考えた。
「空飛んでるんじゃね?」

その瞬間だった。

声が、近すぎた。

小道から聞こえるはずの声が、
自分の部屋のベランダのすぐ外で響いた。

「アァァアッ、アァァアッ、アァァアッ――」

鼓膜が震えた。
距離の概念が壊れた音だった。
ドア一枚隔てた向こうで、誰かが唸っている。
いや、それより近い。
「ここにいる」としか言いようがない。

俺はベランダを見なかった。
見たら終わる、と体が理解していた。
それでも、背中に視線を感じる。
音だけじゃない。
“気配”が、確実にそこにあった。

頭の中で、理解が追いつかない。
おばあちゃんは、隣の家だ。
ベランダに来る理由がない。
来たとしても、二階までどうやって。

声は続いた。
息がかかる距離で。
俺は布団を頭から被り、耳を塞いだ。
それでも声は消えない。
音じゃなく、振動として伝わってくる。

どれくらい経ったか分からない。
気づいたら、朝だった。
鳥の声がして、街が動き始めていた。

恐る恐るベランダを確認したが、何もない。
小道にも、隣の家にも異変はない。
いつもの朝だった。

後日、隣の家の人に聞いた。
おばあちゃんは、その夜は外に出ていなかったという。
家で眠っていた、と。

それ以来、あの声は聞こえていない。
だが、俺は知ってしまった。
慣れた音ほど、危ないということを。

音が「距離」を裏切る瞬間がある。
そのとき、世界は一気にこちら側へ踏み込んでくる。

いまでも、静かな夜に、どこかで同じ唸り声を聞くと、
俺は無意識にベランダから離れる。
振り返らない。
距離が壊れた音は、
決して確認してはいけない。

(了)

[出典:299 :名無しさん@おーぷん:19/08/16(金)15:33:10 ID:WbT]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, n+2026

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.