住んでいる場所の「音」に、人はすぐ慣れる。
車の走行音、遠くの踏切、夜中のサイレン。
最初は気になるのに、いつの間にか生活の一部になる。
それが、どれだけ異常な音でも。
俺が住んでいた学生アパートは、角部屋だった。
二階で、ベランダの正面には細い小道がある。
近所の人が通ると、会話や足音がよく聞こえた。
壁が薄い、というより、街との距離が近い感じ。
住み始めて二年ほど経った頃、隣の家のおばあちゃんが認知症を患った。
早朝、まだ空が白み始める前の時間帯に、一人で家を出ては小道をうろうろするようになった。
「アァァア、アァァア」
息遣いのような、唸り声のような声を出しながら。
最初は驚いた。
だが、それもすぐ日常になる。
蝉の鳴き声と同じだ。
「ああ、今日もか」と思うだけで、生活に支障はない。
声は、いつも一定の距離から聞こえた。
ベランダの下、小道のあたり。
だから、音の大きさも、方向も、だいたい決まっていた。
その日は違った。
同じ時間帯、同じ声。
なのに、妙に立体感があった。
音が、上下左右に動く。
耳がおかしくなったのかと思った。
「移動しすぎだろ」
冗談めかしてそう考えた。
「空飛んでるんじゃね?」
その瞬間だった。
声が、近すぎた。
小道から聞こえるはずの声が、
自分の部屋のベランダのすぐ外で響いた。
「アァァアッ、アァァアッ、アァァアッ――」
鼓膜が震えた。
距離の概念が壊れた音だった。
ドア一枚隔てた向こうで、誰かが唸っている。
いや、それより近い。
「ここにいる」としか言いようがない。
俺はベランダを見なかった。
見たら終わる、と体が理解していた。
それでも、背中に視線を感じる。
音だけじゃない。
“気配”が、確実にそこにあった。
頭の中で、理解が追いつかない。
おばあちゃんは、隣の家だ。
ベランダに来る理由がない。
来たとしても、二階までどうやって。
声は続いた。
息がかかる距離で。
俺は布団を頭から被り、耳を塞いだ。
それでも声は消えない。
音じゃなく、振動として伝わってくる。
どれくらい経ったか分からない。
気づいたら、朝だった。
鳥の声がして、街が動き始めていた。
恐る恐るベランダを確認したが、何もない。
小道にも、隣の家にも異変はない。
いつもの朝だった。
後日、隣の家の人に聞いた。
おばあちゃんは、その夜は外に出ていなかったという。
家で眠っていた、と。
それ以来、あの声は聞こえていない。
だが、俺は知ってしまった。
慣れた音ほど、危ないということを。
音が「距離」を裏切る瞬間がある。
そのとき、世界は一気にこちら側へ踏み込んでくる。
いまでも、静かな夜に、どこかで同じ唸り声を聞くと、
俺は無意識にベランダから離れる。
振り返らない。
距離が壊れた音は、
決して確認してはいけない。
(了)
[出典:299 :名無しさん@おーぷん:19/08/16(金)15:33:10 ID:WbT]