これは、俺が高校時代に一つ上の先輩から聞いた話だ。
事実かどうかは分からない。ただ、聞いたあと一週間ほど、夜に電気を消すのが怖くなった。それだけは本当だ。
先輩の通っていた高校には、妙な都市伝説があった。「誰かの秘密を覗ける儀式」がある、というものだ。オカルト研究会があったわけでもないし、霊感が強い生徒が多かったわけでもない。ただ、代々語り継がれるように、噂だけが残っていた。
きっかけは一冊の古いノートだった。表紙は擦り切れ、ページの端は黄ばんでいた。誰が持ち込んだのかは分からない。クラスで回し読みされるうちに、落書きや他愛ないメモが増えていったが、最後のページだけは妙に整った字で、こう書かれていた。
「赤いペンで紙に□を書け。その周りに『しずのさん』と並べて書く。夜中、ひとりで呼べば、相手の秘密が見える」
ただし、注意書きがあった。
「見るのは自分の目じゃない。しずのさんの視点だ」
つまり、覗く対象のすぐ後ろにいる存在の目で、相手の私生活を見ることになるらしい。誰が信じるんだ、という話だが、噂というのはそういう曖昧さの中で増殖する。
この儀式を本気で試したのが、工藤さんという女子の先輩だった。成績は中の上、見た目は地味だが、どこか浮いた雰囲気のある人だったという。人と群れず、いつも一人で本を読んでいるようなタイプだ。
彼女がターゲットに選んだのは、当時校内でちょっと有名だった男子だった。顔立ちが整っていて成績も良いのに、誰とも深く関わらない。放課後も寄り道せず、連絡先を交換したという話も聞かない。妙に秘密主義で、逆にそれが噂を呼んでいた。
工藤さんは、夜中に自室で儀式をしたらしい。赤いペンで紙の中央に□を書き、その周囲に「しずのさん」と何度も並べる。電気を消し、紙を机に置き、小さく名前を呼んだ。
最初に見えたのは、ぼんやりした映像だった。男子の部屋。机、ベッド、カーテン。まるで防犯カメラの映像を遠くから見ているようだったという。男子はゲームをしていたり、本を読んでいたり、特別なことは何もなかった。
工藤さんは安心した。やっぱりただの噂だと思ったらしい。それでも、もう一度、次の日も、その次の日も、儀式を繰り返した。すると映像は次第にはっきりしていった。部屋の埃、床の傷、カーテンの皺まで分かるようになった。
ある日、男子がふと、画面越しにこちらを向いた。
「もう見てるのは分かってるよ」
誰もいない部屋で、独り言のようにそう言ったらしい。冗談だろうと思ったが、その声がやけに近く感じられて、工藤さんは紙を裏返した。それでも、やめられなかった。
引き出しの奥に、見覚えのないスマホが入っているのを見た日もあった。机の下に敷かれた新聞紙に、赤黒い液体が点々と落ちているのを見たこともある。何かおかしいと思いながらも、覗くのをやめられなかった。中毒のようだったという。
その頃から、工藤さんの様子がおかしくなった。授業中、何もない窓の外をじっと見つめたり、トイレの鏡に映った自分に急に肩を跳ねさせたりした。誰かに呼ばれたように振り返ることも増えた。
ある朝、朝礼の最中に突然倒れ、保健室に運ばれた。その日を境に、彼女は学校に来なくなった。担任からは「しばらく休学する」とだけ告げられ、詳しい事情は語られなかった。
後で、噂が広まった。工藤さんの部屋から、赤いペンで書かれた紙が何枚も見つかったという。全部同じ図形だった。中央の□。その周囲を埋め尽くす文字。
し
ず
の
う
し
ろ
よ
り
の
ぞ
く
一文字ずつ、途切れることなく並んでいた。
ほどなくして、あの男子も転校した。理由は誰も知らない。家の事情だとか、精神的な問題だとか、いろいろ言われたが、真相は分からない。
それから何年も経った今でも、校内の机や黒板の端に、あの□が落書きされているのを時々見かけるらしい。誰が描いているのかは分からない。
ただ、先輩は一つだけ覚えていると言っていた。工藤さんが保健室に運ばれる直前、床に座り込んだまま、誰に言うでもなく、こんな独り言を漏らしていたことを。
「……もう、私の後ろにいる」
あの儀式は、本当に秘密を覗くものだったのか。それとも、最初から、覗かせるためのものだったのか。
今でも、その区別がつかないままだ。
[出典:607 :本当にあった怖い名無し:2025/06/26(木) 15:53:36.25ID:Ano6RZeD0]