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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025 オリジナル作品

流香(ルカ) nc+

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会社の近くに、新しいカフェができた。

名前は《LUKA》。ロゴはシンプルな銀色の文字で、脇にこう添えられていた。

──“香りは、記憶を揺らし、行動を伝える。”

そんなことがあるものかと思いながらも、初めて行ったのは、昼休みだった。
同僚が三人、まったく同じタイミングで「LUKA行く?」と言い出したのがきっかけだった。
それも、三人とも自分が最初に思いついたと主張していた。

店内は静かで、広すぎず狭すぎず、ほどよい雑音が満ちていた。
観葉植物が無造作に置かれ、壁のスピーカーからは控えめなジャズが流れていた。
だが、それよりも印象に残ったのは、香りだった。

甘くて涼しい。ミントと砂糖を混ぜて木の箱に閉じ込めたような匂い。
どこかで嗅いだ気もするし、初めてのようでもある。
喉が少し乾いて、深く呼吸したくなった。

「落ち着くな、ここ」
「朝とか集中したいときに良さそう」
「一日がうまく始まりそうって感じ」

それ以来、朝は必ずLUKAに立ち寄るようになった。
理由は、はっきりしない。ただ、自然とそうなった。
他の常連たちも、黙々とノートを開き、タイピングし、ページをめくっていた。
店内は静かだったが、全員がなにかに集中している気配があった。

数週間が経ち、別の区画にLUKAの新店舗ができた。

そちらはオレンジと土の香りが主体で、やたらとスポーツウェアの客が多い。
掲示板には「この近辺のランニング人口が倍増」と書かれていた。

おかしいとは思ったが、気のせいかとも思った。
ただ、会社の中でも変化が目立ってきた。
服装や話し方、食べるもの。みな、徐々に似通ってきていた。
タイムカードの押し方、資料の作り方、挨拶の抑揚まで、奇妙に揃ってきた。

それは生産性の向上として歓迎されたが、何かが引っかかった。

俺は以前、総務の手伝いで契約企業リストを見たことがあった。
LUKAの運営会社は、《凪化学》。どこかで見た名前だ。
夜、社内ネットにこっそりログインし、過去の取引資料を漁った。

アクセス制限付きのファイルが一つ、解除パスが書かれた紙のメモとともに残っていた。
中には、こうあった。


◆《内部試験報告書 RUKA-β3》抜粋

目的:香気による非明示的行動模倣の誘導
原理:脳のミラーニューロン系統と嗅覚記憶との同時刺激による同期反応

条件:

  • 香気単独では効果なし
  • 周囲の「既実行者」の視覚刺激と併用することで模倣確率増加
  • 再現された行動は「本人の選択」として認識される
  • 時間差伝播あり

事例:

  • 柑橘系=運動意欲
  • 樹木系=反復作業集中
  • 焦げ系=購買欲刺激

備考:試験範囲外への影響拡散を最小限に留めること。
香気拡散源の露出は禁止。店舗形式にて段階試行中。


読むにつれ、背中が冷たくなっていった。
「自分の意志」だと思っていたすべての選択が、誰かの設計だったかもしれない。
カフェに通い始めたのも。早起きも。資料作成の癖も。

そのとき、不意にあの香りが鼻をかすめた。
今は夜、自室にいる。芳香剤など使っていない。
だが──香りは、記憶からも立ちのぼる。

俺は知らずに深呼吸していた。
そして思った。「明日は、もっと早くLUKAに行こう」と。

気づいた瞬間、手帳のスケジュール欄に「7:15 LUKA」と書いていた。
それが、誰の真似だったのかは、思い出せない。

数日後、社内の共有スペースに、見覚えのない機械が置かれていた。

空気清浄機のような、芳香器のようなもの。
誰も説明しなかったが、誰も不審がらなかった。

ふと周囲を見渡すと、皆、同じ姿勢でパソコンを見つめ、同じような表情を浮かべていた。
誰かが口を開いた。

「LUKA、今朝行った?」

別の誰かが答える。

「うん、行かないと落ち着かないんだよな」


あなたは今、鼻で軽く息を吸った。
その瞬間、同じ呼吸音が、部屋の外からも、壁の向こうからも、重なるように聞こえた。
それが呼吸の一部だったとしても、もし香りを“思い出した”なら──。

次にとる行動は、ほんとうに、あなた自身のものだろうか?
選んだと思ったその方向に、すでに香りが置かれていたとしたら?

それでも、人はこう言うだろう。

「自然に、そう思っただけさ」

《了》

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