夏という季節には、どうしても説明のつかない空気が混じる。
湿度や気温のせいだと言われればそれまでだが、それだけでは済まない何かが、確かに漂っている。
祖母が亡くなったのも、そんな夏だった。お盆を数日後に控えた時期で、田んぼの水面が夕焼けを映し、家の周囲には虫の声が充満していた。
祖母は東北の本家で隠居していた。農家の古い日本家屋で、玄関を開けると土間の湿った匂いが残っているような家だった。亡くなったのは昼過ぎで、医者の立ち会いも済み、あとは通夜と葬儀を待つだけの状態だったが、ちょうど盆前で僧侶の予定が詰まっており、通夜まで四日間待つことになった。
棺は仏間に安置され、親族は交代で泊まり込みになった。
私が合流したのは通夜当日だった。駅まで迎えに来た両親の様子は、少しおかしかった。疲れているだけではない、何かがずれている感じがあった。
車に乗るなり、母が笑いを堪えたような声で言った。
「夜になるとね、廊下を走るのよ」
何の話か分からず聞き返すと、父が真顔で続けた。
「ばあちゃん。白い着物で。すごい速さで」

冗談の調子ではなかった。かといって、怖がっている様子もない。どこか可笑しいものを見たという顔だった。
本家に着くと、家の中の空気が妙に重かった。蒸し暑さのせいもあるが、それだけではない。親戚たちは皆、目の下に隈を作り、眠れていない様子だった。それでも誰一人として、不安や恐怖を口にしない。
夕食の席で、誰かが当たり前のように言った。
「昨日は二回だったな」
何の回数かと聞くと、「走った回数」と返ってきた。
夜になると、祖母が廊下を走る。それはもう前提として共有されていた。廊下は本家の中央を一直線に貫いていて、仏間から座敷、台所の前を通り、奥の納戸まで続いている。古い家なので、板の継ぎ目が多く、足音がよく響く。
最初の晩、私もその音を聞いた。
仏間の脇で線香の番をしていたとき、すうっと風が抜けたような感覚の直後、板が連続して鳴った。走る音だった。確かに、躊躇のない全力疾走の音だった。
白いものが視界の端を横切った気がしたが、誰も驚かない。叔父が冷酒を注ぎながら、「今の速かったな」と言い、叔母が笑った。
それが何日も続いている家の空気だった。
私は次第に、その状況に慣れてしまった。夜中に廊下を横切る気配があっても、線香が揺れるだけで済ませた。走る音が聞こえるたびに、ああ、まただと思うようになった。
怖いという感情は、いつの間にか消えていた。
通夜前夜、トイレに立ったときのことだ。廊下の曲がり角で、男とすれ違った。すれ違いざまに、反射的に会釈をした。背は高くなく、頭頂部がつるりと光っていた。
親戚の誰かだと思っていた。
戻ってから、「さっき、誰か起きてました?」と聞くと、皆が一斉に首を振った。
母が、何でもないことのように言った。
「それ、じいちゃんだと思うよ」
祖父は、私が生まれる前に亡くなっている。写真でしか見たことがない。それでも、言われた瞬間、妙に納得してしまった。否定する理由が見つからなかった。
通夜と葬儀は滞りなく終わった。棺は運び出され、家は急に広くなったように感じられた。親戚が帰り、静けさが戻った。
その夜、廊下を走る音は聞こえなかった。
それから数年が経った。
今でも夏になると、あの家の廊下を思い出す。ただ、思い出そうとすると、長さが定まらない。記憶の中で、廊下は伸びたり縮んだりする。仏間から奥まで、一息で走り抜けられる距離だったはずなのに、途中に何度も曲がり角があったような気もする。
あの夜、私たちが見送っていたのは、祖母だったのか、それとも別の何かだったのか。
考えようとすると、いつも同じところで引っかかる。なぜ、誰も止めなかったのか。なぜ、笑って見送れたのか。
今も、夜中に家の中で走る音を聞くと、体が強張る。集合住宅の上階の足音でも、風のせいで鳴る木の音でもない。あの廊下の音に似ているかどうかを、無意識に確かめてしまう。
夏になると、向こう側が少し近づく。
そうではなく、こちらが、あの夜の続きをまだ終えられていないだけなのかもしれない。
[出典:594 :おさかなくわえた名無しさん:2007/01/21(日) 01:15:47 ID:iXHenG3o]