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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

まだ幼いなあ nc+1,053

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それは小学生の頃、夏のはじまりを感じさせる、少しむし暑い日の出来事だった。

朝露に濡れた通学路の脇に、一冊のノートが地面に伏せていた。誰かが落としていったのだろう。ページの端が少し破れている以外は、ごく普通の学用品に見えた。

私はなんとなく拾い上げ、そのまま持ち帰った。名前は書かれておらず、落とし主の手がかりもなかった。気になって中をめくると、最初のページに、見たことのない文字が並んでいた。

日本語のようでいて、日本語ではない。文章の形をしていて、ところどころ見覚えのある漢字も混じっているのに、音として読むことができない。口に出そうとすると舌が動かず、書き写そうとすると指が止まる。けれど、意味だけが、直接頭の中に染み込んできた。

「昨日の私は明日の私。〇〇がそれをどう思うのか、私は知りたい」

意味はわかる。しかし、理解したという感覚がない。ただ、皮膚の内側に薄く不快なものが貼りつくような感触だけが残った。

翌日、そのノートを学校に持っていき、友達に見せた。だが彼は一瞥して笑い、「何も書いてないじゃん」と言った。確かに、ページを開いて見せたはずだった。それでも彼には、あの文字は見えていなかった。

その瞬間、耳元で声がした。澄んだ女の声だった。ノートに書かれていたのと同じ内容を、同じ調子で告げていた。意味はわかる。けれど振り返っても、誰もいなかった。

次に気づいたとき、私は自室にいた。窓の外は薄暗く、部屋は静まり返っていた。時計は午後六時ちょうどを指している。しかし、記憶では、ついさっきまで学校の帰り道にいたはずだった。

胸騒ぎがして、階下へ降りた。いつもなら母が夕飯の支度をしている時間だ。だがキッチンに立っていたのは、母ではなかった。

背を向けた女が、シンクの前に立っていた。首が異様に長く、静かに揺れている。それだけで、十分におかしかった。

女は振り返った。

「まだ早いなあ、まだ幼いなあ」

はっきりとした日本語だった。

視界が白くなり、そこで意識が途切れた。

目を覚ましたとき、私は草の生い茂る三角形の土地に倒れていた。あのノートを拾った通学路のすぐ脇だった。朝の光がまぶしく、鳥の声が遠くでしていた。

泣きながら家に戻ると、リビングには家族全員が揃って座り、誰もが泣いていた。後で聞かされた話では、私は一週間、行方不明になっていたという。捜索も行われていたらしい。

あのノートは、どこにもなかった。

年月が過ぎ、私は別の街で暮らすようになった。通学路も、あの三角形の土地も、記憶の中で薄れていった。だが、あの文字だけは消えなかった。声にならない日本語。意味だけが直接流れ込んでくる言葉。

ある夜、手帳を整理していると、見覚えのない文字が書かれているページを見つけた。筆跡は自分のものに見えるが、書いた記憶はない。

「昨日の私と、明日のあなたは、同じ夢を見ていましたか?」

胸がざわついた。

それから、日常に小さな違和感が混じり始めた。エレベーターの鏡に映る、背後の気配。柱時計が、少しずつ時間を巻き戻していく感覚。朝だと思って目を覚ますと、夜の景色の中に立っていること。

耐えきれなくなり、私はあの場所を訪ねた。街は変わっていたが、三角形の土地だけは残っていた。草が伸び放題で、人の手が入った形跡がない。

立ち尽くしていると、ポケットのメモ帳が地面に落ちた。拾い上げると、開いたページに、あの文字があった。

「まだ、幼いなあ」

背後で、草の揺れる音がした。

今でも、あれが何だったのかはわからない。ただ確かなのは、あの文字がどこかで生き続けているということだ。そして、ときどき、私の中に意味だけを送り込んでくる。

私は手帳を閉じ、ページを撫でる。

今夜も、夢の中で、誰かに会う気がしてならない。

[出典:951 :如月:2024/07/05(金) 04:25:20.14 ID:1a04zXev0.net]

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