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中編 r+ 怪談

柿の木のある家 rw+3,072-0412

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帰省した翌日のことだった。

朝から雪が降り続いていて、屋根の雪が落ちる音だけが、ときどき遠くで腹に響いた。半年ぶりに戻った実家は、懐かしいというより、冬のせいで口数の少ない家に見えた。昼前、炬燵でうとうとしていると、父に外へ追い出された。

「家の前だけでもやれ。ついでに隣も見てこい」

隣には、年を取った夫婦が住んでいた。昔から世話になっていた家で、子どもの頃はよく菓子をもらった。今は二人とも足腰が弱く、雪かきがつらいという話は聞いていた。言われるままスコップを持って行くと、玄関先で婆さんが乳母車に体を預けて立っていた。

「おや、お前かい。ちょうどよかった」

乳母車は赤ん坊用の古い型で、もう布地も褪せていたが、婆さんはそれを杖代わりにしていた。昔話が好きで、村の児童館に子どもを集めては語っていた人だった。近頃はその児童館もなくなり、話を聞く子どももいない。だからだろう、私の顔を見るなり、婆さんは妙に機嫌よくしゃべり始めた。

私は玄関先から道へ出るまでの雪を崩しながら、適当に相槌を打っていた。すると、婆さんが何の脈絡もなく言った。

「お前の家はな、首を落とされた女が戻ってくる土地なんだよ」

手が止まった。

聞き返すと、婆さんは当たり前のことのように続けた。

「昔からそう言われてる。お前んとこの裏のあたりでな、N家の娘が殺されたんだ」

N家というのは、祖父の実家のことだった。子どもの頃、酒の席で似た話を聞いた記憶がある。ただ、そのときは昔の言い伝えだと思って笑っていた。だが、この雪の中で、乳母車にしがみついた婆さんが平然と口にすると、同じ話でもまるで温度が違った。

婆さんは「中で話すか」と言って私を家に上げた。石鹸と湿ったストーブの匂いがする居間に通され、ココアを出された。ほどなくして近所の婆さんが二人、何も約束していないのに集まってきた。まるで私が来るのを知っていたみたいだった。

三人はこたつに脚を入れ、かわるがわる話した。細部は違っても、筋だけは同じだった。

昔、このあたりではN家が人を束ねていた。地主だか庄屋だか、とにかく村で一番大きい家だった。その家に、ひどく美しい娘がいた。姫と呼ばれていたという。ある冬の手前、その娘が山へ入った。山菜か、薪か、そこははっきりしない。とにかく山の中で、よそから来た山伏に会った。娘は何か粗相をしたらしい。笑ったのか、道を譲らなかったのか、目を逸らしたのか。そこも誰も知らない。ただ、その場で山伏たちの顔色が変わり、娘は追われた。

娘は山を逃げ、雪のない時季なのに足を取られたように何度も転んだという。そして今のうちの裏手にあたる場所で捕まり、首をはねられた。胴はその場に倒れ、首は少し離れたところへ転がり、あとから来た者が見たとき、体のほうだけが裏庭の柿の木に縛りつけられていた、と。

そこまで聞いたとき、こたつの中で足先が冷たくなった。

うちの裏庭には、小さな柿の木がある。子どもの頃からずっとあったが、秋になっても実がつくのを見たことがなかった。祖母が「触るな」と言うので、枝を折ったことも登ったこともない。

三人の婆さんは、その木のことを知っている顔をしていた。しかも一人が、こたつ布団を撫でながらぽつりと言った。

「あの木、一回、雷で死んだろ。でも戻ったべ」

私は何も答えられなかった。そのことも、本当に聞いた覚えがあったからだ。たしか私が小学生の頃、裏の木に雷が落ちて、幹が割れた。しばらく枯れ木みたいになっていたのに、翌年にはまた芽を出した。家族は「よく生き返った」と笑っていたが、今になって思い返すと、あれを笑ってよかったのか分からない。

夕方、自宅へ戻って祖母にその話をした。祖母はしばらく黙っていた。火のついていないストーブの前で、私の顔ではなく、その奥の壁を見ていた。そして低い声で言った。

「誰に聞いた」

答えると、祖母は小さく舌打ちした。

「余計なことを」

否定はしなかった。

その代わり、聞かなければよかったと思う話をした。

もともとこの家には本家の人間が住んでいたこと。家を空ける者が続き、最後は祖父が譲り受けたこと。建て替える前の家では、毎朝きまって廊下の板が一筋だけ濡れていたこと。誰もいない夜中に庭の砂利を踏む足音がしたこと。犬を飼うと必ず、裏の納屋の前で吠えて鎖を切りそうになったこと。家長だけが妙な病気の仕方をしたこと。

祖母はそこまで言って、私を見た。

「納屋には近づくな」

その一言だけ、やけに強かった。

納屋は家の裏、柿の木のさらに奥にある。小さな木造で、外壁は煤け、窓は曇って中が見えない。私も子どもの頃から、あのあたりだけ空気が違う気がしていた。夏でも暗く、冬は雪が積もる前から冷える。用もないのに近寄りたいと思ったことがない。

その夜、私は廊下を歩くたび、床板の一部だけが妙に湿っているのに気づいた。拭いても、しばらくするとまた薄く濡れていた。祖母に言うと、「昔からだ」とだけ返された。

眠れずにいると、夜半すぎ、庭のほうからじゃり、じゃり、と足音が聞こえた。ゆっくりで、重くはない。男の足音ではなかった。途中で止まり、また二歩だけ近づいて、ぴたりと消えた。窓の外を見る勇気はなかった。

翌朝になると、怖いより先に、見なければ終わらないという気持ちが出てきた。話だけ聞いているから膨らむのであって、納屋の中を見て何もなければ、それで済む。そう思い込もうとした。

ちょうどその日、兄も帰省していた。高校までラグビーをやっていた体の大きい兄で、こういう話をまるで信じない。弟も冬休みで戻っていた。三人なら馬鹿なことをしているだけで終わるだろうと思った。

兄は物置から金属バットを持ち出し、私は昔のガスガンを探し、弟はライト付きのビデオカメラを持った。今思えば、あの時点でまともではなかった。そんな装備で何に対抗するつもりだったのか、自分でも分からない。ただ、誰も口にしなかっただけで、三人とも何かいる前提で動いていた。

雪を踏んで裏へ回ると、納屋の前だけ雪が薄かった。屋根の形のせいだと思えば思える程度だったが、それでも気味が悪かった。戸に手をかけた兄が、「開けるぞ」と言った声だけが妙に明るかった。

戸は重かった。開いた瞬間、乾いた冷気が顔に当たった。外の冷たさとは違う、長く閉めきった場所の冷え方だった。

弟のライトが中を舐めた。

古い箪笥、壊れた扇風機、農具、使わない座卓、白黒テレビ。壁には昭和の女優のポスターが一枚貼ってあり、ちょうど顔の部分だけが破れていた。天井近くには蜘蛛の巣が張っているのに、床だけ妙に黒ずんで、踏まれているように見えた。

奥には、大きなつづらが置いてあった。

兄が先に入り、私はその後ろ、弟が最後だった。床板がみし、と鳴った瞬間、兄が変な声を上げた。悲鳴というより、息を逆に吸い込んだときの声だった。兄の肩が強張り、バットが下がった。

「どうした」

言い終わるより先に、兄が半歩、後ろへ下がった。その足が私に当たり、私はよろけて、何か柔らかいものを踏んだ。

ぶに、と音はしなかったが、靴裏が明らかに沈んだ。

見下ろすと、床板の隙間からにじんだみたいな黒いものが、靴の底にまとわりついていた。油とも泥とも違う。光らず、なのに濡れていて、細く糸を引いた。私は声を出したつもりだったが、喉が詰まって、最初は息しか出なかった。

そのとき、兄が壁に手をついて叫んだ。

「今、掴まれた」

同時に、弟が後ろで言った。

「何が」

兄は私ではなく、空いた中ほどの空間を見ていた。私は黒いものから目を離せなかった。弟のカメラのライトが揺れ、壁や天井がめちゃくちゃに動いた。その中で、一瞬だけ、白いものが奥を横切った気がした。布か、腕か、見間違いか、そこだけ記憶が曖昧だ。

その直後、耳のすぐそばで、女とも子どもともつかない声がした。

「かあ」

近すぎて、言葉ではなく息に聞こえた。

私は何も考えずに外へ飛び出した。兄も続いた。弟だけが一拍遅れ、戸を乱暴に引いて閉め、雪を蹴って走ってきた。三人で母屋へ駆け込み、土間で転がるように止まった。

しばらく誰もしゃべれなかった。

最初に口を開いたのは兄だった。顔色がなくなっていて、右手首を押さえていた。

「女の声がした」

私も黒いもののことを話した。弟は何も見ていないと言った。ただ、弟の言い方が気になった。

「見てない。けど、お前らの前、空いてなかった」

聞き返しても、それ以上は言わなかった。

祖母に知られると、ひどく怒られた。納屋に入ったことではなく、戸を開けたことに対してだった。

「だから言ったろ。あれは開けるな」

私は腹が立って、「何があるんだ」と詰め寄った。祖母は唇を噛み、しばらくしてから言った。

「昔の家を壊すとき、あっちへ寄せたものがある」

何を、と聞いても答えなかった。

その晩、私は居間で兄と弟と顔を合わせたが、納屋の話は誰もしなかった。兄は酒を飲んでも無口なままで、弟は撮った映像を確認しようとしなかった。私が見せろと言うと、「明日でいい」と言って二階へ逃げた。

明日まで待つ理由が、私には分からなかった。

夜、また庭で砂利を踏む音がした。今度ははっきりしていた。じゃり、じゃり、と納屋のほうから母屋へ寄ってきて、縁側の手前で止まった。私は息を潜めた。しばらくして、廊下のどこかで、ぽたり、と水が落ちる音がした。

朝になると、廊下が濡れていた。しかも前の晩より広かった。誰かが裸足で歩いたあとみたいに、濡れた筋が居間の手前まで続いていた。だが、足の形にはなっていない。ただ一本の、引きずった跡のような線だった。

その日のうちに、私は予定を変えてアパートへ戻ることにした。祖母は止めなかった。兄も、「そうしろ」とだけ言った。弟は映像のことを何も言わなかった。

帰り道、私は無理に音を流し続けた。車の中でヘビメタを鳴らし、コンビニで買ったゲームを開け、どうでもいい情報で頭を埋めた。静かになると、あの「かあ」が戻ってくる気がしたからだ。

アパートへ着いたその日の夜は、何事もなかった。翌日も、何もなかった。二日目の夕方になって、少しだけ気が緩んだ。そのとき兄から電話が来た。

出ると、兄は息が荒かった。

「おい」

それだけで、また向こうが黙った。何かを見ながら話している沈黙だった。

「今、納屋を外から見た」

兄の声が、喉の奥で震えていた。

「窓に、いた」

私は何も言えなかった。

「中から、べったり張りついてた。顔が」

そこで私は電話を切った。最後まで聞いたら、たぶん戻れなくなると思った。

それから兄とは、その話をしていない。弟ともだ。正月が過ぎてから一度だけ祖母に電話をしたが、納屋のことを口にした途端、急に声が低くなった。

「もういい。あっちは閉めたから」

何を閉めたのか聞く前に、通話は切れた。

春になっても、私は実家へ帰っていない。兄も裏には近づかないらしい。弟が撮ったはずの映像は、結局誰も見ていない。見せろと言うと、弟は必ず話を逸らす。

ただ、一度だけ、兄から短いメッセージが来た。

《柿の木、今年また芽が出た》

うちの柿の木は、昔、雷で割れている。半分は死んだままの色をしているのに、毎年どこかから新しい枝が出る。実はならない。けれど枯れない。

あの土地で何が死にきっていないのか、私はもう確かめる気がない。

ただ、ときどき夜中に目が覚めると、アパートの廊下の向こうで、誰かが何かを引きずるような音がした気がすることがある。耳を澄ますと消える程度の、小さな音だ。

気のせいだと思っていた。

だが先月、床を拭こうとして気づいた。

玄関から奥へ向かって、細く黒い筋が一本だけ、まっすぐに伸びていた。

[出典:14:本当にあった怖い名無し :2014/12/07(日) 02:08:46.98 ID:a1O+WaJk0.net]

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