ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 集落・田舎の怖い話

空白の席 rw+6207

更新日:

Sponsord Link

自宅の裏手に、小高い山がある。

麓から中腹まで、不自然なほどきれいに舗装された道が延びている。観光地でもない。伐採地でもない。ただ途中で、ぶつりと途切れている。

子どもの頃、古老に理由を尋ねたことがある。「昔、色々あってなぁ」と言うだけで、それ以上は何も教えてくれなかった。そのときは深く考えなかった。

高校二年の夏、ふと思い立って登ってみた。ジャージにスニーカー、ポテトチップス一袋という軽装だった。舗装路は思ったより長く続き、やがて土に変わった。気づけば、方向感覚を完全に失っていた。

喉が焼けるように渇いていた。

そのとき、視界が開けた。

小さな家が五軒。畑。鍬を持つ人影。古い。あまりに古い。時代劇の背景のようだった。

「すみません!」

声をかけると、男が顔を上げた。

「……外から来たんか?」

外、という言い方が引っかかったが、水を分けてもらった。竹筒の水は冷たく、妙に甘かった。

「村長に会うか」

連れていかれた家で、白髪の老人がこちらを見た。

「外の者か」

「はい」

「……そうか」

沈黙が長く続いた。

「皆さん、街には?」

老人は首を振った。

「下りる者はおらん」

理由は聞かなかった。聞けなかった。

握り飯を渡され、泊まっていけと言われた。暗くなっていた。断る理由も見つからなかった。

家には、男の妻とトメという娘がいた。ほかに子どもは二人だけだという。日が落ちるまで鬼ごっこをした。笑い声が山に吸い込まれていく。

夕食のあと、外の世界の話を求められた。テレビ、携帯、コンビニ。彼らは黙って聞いていた。誰も驚かない。ただ、じっと聞いている。

夜中、揺すられて目を覚ました。トメだった。

「にいちゃん、便所」

外に出ると、闇が濃かった。星もない。

その瞬間、トメの手が強く袖を掴んだ。

「にいちゃん、早う」

声が変わっていた。

「ここ、長うおったらあかん」

「どういう――」

「外、あっちやろ」

彼女は、来たはずの方向を指さした。だが、そこに道は見えない。

「早う」

背後で、戸のきしむ音がした。

振り向かなかった。走った。枝が顔を裂き、足がもつれた。それでも止まらなかった。誰かの足音が追ってくる気がしたが、確かめなかった。

やがて、足の裏に硬い感触が戻った。アスファルトだった。

舗装路は、まっすぐ下へ延びていた。

振り返ると、山はただの闇だった。家も畑も見えない。

翌朝、家に帰った。

母は玄関で固まった。

「……どなたですか」

冗談だと思った。だが、家の中にある写真立てに、自分はいなかった。

高校の卒業アルバムを開いた。自分の席だけ、空白だった。

机の上に、見覚えのない竹筒が置いてあった。

水は、まだ冷たかった。

二十年前から、この山の舗装路は途中で途切れているらしい。

――下りてきた者はいない、と。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 集落・田舎の怖い話
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.