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生贄の村 r+6207

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自宅近くに、小高い山がある。

麓から中腹あたりまで、なぜかアスファルトで舗装された道が続いている。特に景勝地というわけでも、大規模な伐採が行われている様子もない。その道が何のためにあるのか、ずっと謎だった。

もう二十年以上も前からそんな状態だから、不思議に思って近所の古老に尋ねてみたことがある。「ああ、あの山は昔、色々あってなぁ……」と口を濁すばかりで、肝心の「色々」が何なのかは、頑として教えてくれなかった。小学生だった俺は、まあそんなものかと妙に納得していた。

高校生になり、改めてあの山のことが気になり始めた。特に理由はないが、インターネットで検索しても、地元の資料を漁っても、有力な情報は何も出てこない。ただ、例の舗装路が途中で途切れているらしいことだけはわかった。

迎えた高校二年の夏休み。有り余る時間を前に、俺はあの山の「探検」を思い立った。ジャージ姿にポテトチップスの袋ひとつという、今思えば軽装もいいところの格好で、舗装された坂道を登り始めた。

最初は単調なアスファルトの道が続いたが、一時間ほど歩いただろうか。気づけば周囲の木々が深くなり、道もいつの間にか土へと変わっていた。そして、自分が今どこにいるのか、さっぱり見当がつかなくなってしまった。完全に自分の準備不足と計画性のなさが招いた事態だが、その時は恐怖よりも「先に進めばなんとかなる」という根拠のない確信が勝っていた。

どれだけ歩いたか。喉が焼けるように渇いていた。ポテチは塩辛くて、かえって喉の渇きを増長させそうだ。そんなことを考えながら、ふらふらと斜面を登っていた、その時だった。

不意に視界が開け、ぽっかりと空いた場所に、小さな集落のようなものが見えた。木造の家が五軒ほど、まるで時代劇のセットのように古びた姿で建ち並んでいる。それが妙に印象的だった。家の周りには小さな畑があり、数人が鍬を手に黙々と作業をしているのが見えた。

この時点で、状況の異常さには薄々気づいていた。しかし、喉の渇きは限界だった。「すみませーん!」意を決して、畑仕事をしていた一人のおじさんに声をかける。

おじさんはゆっくりと顔を上げ、俺をじろりと見た。「……お前さん、外から来たんか?」

「外……? あ、はい、多分そうです。あの、すみません、水を少しいただけませんか?」

「おお、そうか。ちょっと待っとり」

おじさんは近くの家から、竹筒のようなものに入った水を汲んできてくれた。ひんやりとした水が喉にしみる。このおじさんは、なんて良い人なんだろうか。警戒心はすっかり薄れていた。

「ついでじゃ、村長のところに案内したる」

もはや、どうなってもいい。そんな投げやりな気持ちと、助かったという安堵感がないまぜになりながら、俺はおじさんの後をついていった。

村長の家も、他の家と大差ない、質素な造りだった。中にいたのは、白髪頭を無造作に伸ばした、見るからに年老いた普通の爺さんだ。

「お主、村の外の者か?」

「はい、そうですけど」

「……そうか」

沈黙が落ちる。会話が続かない。しびれを切らして、俺から尋ねてみた。

「あの……皆さんは、ここから外の街に出たりはしないんですか?」

村長は、射るような鋭い目で俺を見た。「犬神様がおるでの。お山から下りたら、祟りがある。外には出られんのじゃ」

普段なら「宗教臭い」と一笑に付すところだが、村長の目は冗談を言っているようには見えなかった。俺は黙って頷くしかなかった。

しばらくして、さっきのおじさんが戻ってきて、大きな握り飯を二つくれた。塩がまぶしてあるだけのシンプルなものだったが、空腹には何よりのご馳走だった。

「今日はもう遅い。うちに泊まっていきなさい」おじさんがこともなげに言った。

「えっ、いいんですか!? お世話になります!」

その言葉を、俺は文字通りにしか受け取っていなかった。「遊びにおいで」くらいの軽い意味だと、この時は本気で思っていたのだ。

おじさんの家には、どこか幸薄そうな顔立ちの奥さんと、「トメ」と呼ばれる、少し芋っぽい顔をした女の子がいた。おじさんは娘に「トメ! この兄ちゃんと遊んでやりんさい!」と言いつけた。トメは「わかった!」と元気に返事をした。

この村には他に子供が二人しかいないらしく、俺たちは四人で日が暮れるまで鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだ。子供たちの屈託のない笑顔を見ていると、ここが奇妙な場所だということを忘れそうになる。

しかし、日が落ち、あたりが急速に暗闇に包まれてくると、さすがに不安がこみ上げてきた。これはそろそろ帰らないとまずいのではないか。

「おじさん、すみません。今日はもう帰りたいんですけど……」

「何言うとる。もう真っ暗じゃ。こんな時間に山を下りるのは危ない。明日の朝、明るくなってから帰りなさい」

全くもって正論だった。少し不安は残ったが、おじさんの言葉に甘えることにした。

夕飯は、具の少ない汁物と、少し固い飯、それに古漬けだった。それでも、空腹と疲労もあってか、不思議と美味しく感じられた。

食後、俺はおじさん一家にせがまれるまま、外の世界の話をした。テレビのこと、携帯電話のこと、コンビニのこと。彼らは目を輝かせて、俺の話に聞き入っていた。俺も調子に乗って、べらべらと喋り続けていた。

夜も更け、俺は客間の布団で眠りに落ちた。どれくらいたっただろうか。体を揺すられて、うっすらと目を開けると、すぐそばにトメの顔があった。

「にいちゃん、便所……」

トメが小声で言う。この村のトイレは、どの家も外にあるらしかった。「お父ちゃんたちを起こさんよう、静かにな」とトメは付け加えた。

俺もまだ半分眠っていた。音を立てないように、そっと戸を開けて外に出る。月明かりもない、深い闇だった。

その瞬間、トメがいきなり真顔になった。そして、俺の袖を掴み、震える声で言った。

「にいちゃん、早う! 早う、外に逃げり!」

「えっ? なに、どうしたんだよ、いきなり」

「ここにおったら、にいちゃん、生贄にされてまうでぇ!」

生贄? 何を言っているのか、すぐには理解できなかった。だが、トメの必死な形相と、「生贄」という言葉の持つ不吉な響きが、一気に俺を覚醒させた。全身の血の気が引くのを感じた。

「で、でも、帰り道なんて……」

「にいちゃん、あっちから来たんやろ!? なら、あっちに真っ直ぐ行けばええやろ!」

トメは、まるで叱りつけるように言った。その剣幕に、俺は恐怖で体が竦むのを感じた。

次の瞬間、俺は走り出していた。どこをどう走ったのか、正直まったく覚えていない。木の枝が顔を打ち、足元の石につまずきながら、ただひたすらに、闇の中を駆け抜けた。背後から追っ手の声が聞こえたような気もしたが、確かめる余裕はなかった。

どれくらいの時間、そうして走っただろうか。息も絶え絶えになりながら、ふと顔を上げると、遠くにぼんやりとした、人工的な光が見えた。アスファルトの道だ。

転がるようにして舗装路にたどり着いた時、俺は自分が助かったのだと、ようやく実感した。振り返った山の闇は、全てを飲み込むように、ただ深く広がっていた。

(了)

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