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短編 洒落にならない怖い話

ヒッチハイク女【ゆっくり朗読】3200

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以前遠距離恋愛をしていた。

彼女は関西、俺は東京に住んでいた。

九月の三連休、知人に車を借りて彼女に会いに行くことになった。

会社での仕事を終えて、夜の十一時くらいに東京を出発した。

体は疲れていたが、彼女会いたさに強行した感じだった。

途中のサービスエリアで仮眠をとるつもりだったが、久々の長距離運転で興奮し、まったく眠たくなかった。

それでも、どこかで休まなければ、翌日の予定が狂ってしまう。

浜名湖のSAなんかいいかもしれない、売店が開いてればうなぎパイでも買うか、車のスピードを落とし、トラックの後を追走しながらそう考えた。

サービスエリアでトイレに入り、売店をのぞいたが閉まっていた。

自販でジュースを買い、あたりを少し見て回った。

普通車の駐車区画では、何台かの車が仮眠の為に停車している。

俺は少し離れた場所に車を移動し、寝ることにした。

蒸し暑い夜だった。湖に近いから多少涼しいだろうと思っていたが、そうでもなかった。
ウィンドウを半分開けて、シートを倒して目を閉じる。

車のエンジン音が遠くなり、うとうとしかけた頃、コツコツという音で目がさめた。

誰かが窓をノックしていた。

黒いノースリーブのワンピースを着た女性が立っていた。

いきなりの事で驚いたが、眠気はいっぺんで吹き飛んだ。

目の前にいる女性は若く、何か場違いのような妖艶さを全身から醸し出している。

「どうしました?」

どきまぎしながら訊ねた。

「名古屋まで行きたいのですが」

女性はそれだけぽつりと答えた。

名古屋で高速を降りる予定はなかった。時計は二時を回っている。

仮眠をとらなければ、朝には京都で彼女と落ち合うことになっている。

「だめですか」

「これってテレビの番組か何かですか?もしかしてタレントの人?」

女性は潤んだ瞳でこちらをじっと見つめていた。

興奮気味に色々話し掛けるが、憂いのある表情を浮かべて黙っている。

そして、小さく頭を下げると、立ち去ろうとした。

「名古屋までいいですよ」

俺は焦ってそう声をかけた。こんなことめったにあることじゃない。

女性は一瞬微笑んだようにも見えた。

助手席の方に回りこみ、隣に座るのかと思ったが、ドアノブに手を掛けて躊躇した。

まあ初対面だし、ちょっと警戒してるのかな?

女性が後部座席の真ん中あたりに座るのを確認して、俺はエンジンをかけた。

ライトに映し出された二人組みの男がこちらを伺っていたらしい。

ハンドルを切ろうとして横を確認すると、車のドアを開けっ放しにした若い男が、上目遣いでこちらを見ている。

こんなモデルみたいな女が俺を選んだんだ。羨望の眼差しってやつかね。

その時は脳天気にそう考えた。

高速に出てから、その女性はバックミラーごしにこちらをじっと見ていた。

まずヒッチハイクすることになった経緯から聞こうとしたのだが、列をなす大型トラックの騒音にかき消され、声が届かないようだった。

なかなか話が通じずに、というより、会話にならないまま車は西に向かった。

時々バックミラーに目をやると、女性は少し眉間にしわを寄せ、俺をじっと見つめていた。

「ちょっと気分が悪いので横になります」

「あっ、はい。どうぞ」

車はトンネルに入っていて、かなりの騒音だったのだが、はっきりと聞き取れた。

少し動揺してバックミラー越しに確認すると、女性の姿は見えなくなっていた。

話し掛けることがなくなって、少し落ち着いてきたのだと思う。

自分の今の状況を考える余裕が出てきた。

女性への下心や彼女に対する苦しい言い訳、友人らのうまくやった話などが頭を駆け回ると、たちまち余裕はなくなった。

トンネルのゆるいカーブで突然側壁が迫った。

慌ててハンドルを戻すと、トラックのホーンが反響する。

ぎりぎりでやり過ごすとメーターは150キロを超えていた。

あやうく事故を起こしかけて、動悸が激しくなっていた。

スピードを落としてトンネルを抜けてから、前後を走る車のライトが消えた。

疲れている。やっぱり休もう……

「具合どう?」

ほとんど車の流れが途絶え、一呼吸ついたところだった。

「いやあ、さっきはちょっと危なかった」

返事はない。

すぐに美合PAの道路標識が見えた。

「寝てるのかな?」

見晴らしのいい直線で振り返ると、まっ白いふくらはぎが目に入った。

心もちスカートがめくれている。もう一度確かめようとすると、 突然女性が運転席に手を伸ばした。

シートの左肩のあたりを指でつかんだようだ。

「大丈夫?」

そう声をかけると、苦しげにうーんとうめいている。

スピードを上げてPAに向かう。具合はどうか、持病があるのか質問するが、女性は低い声で唸っているばかりだった。

車を駐車区画に入れ、いったん外に出て助手席の扉を開けた。

すると相手は体を起こし、一瞬こちらを睨みつけた。

「ねえ、どこが痛いの」

不安と混乱で強い口調になった。

「黙っていても分からないよ」

「水を」

女性は怒ったような顔でそれだけ言うと、額に手を当て頭を伏せた。

言われるままに車を離れ、水を求めて休息所へ走った。

ここまでくると、女性に対する好奇心より、不審な感じが勝っていた。

不安は的中した。

エビアンを買って車に戻ると、女性の姿はなかった。

トイレに行ったことも考え、しばらくあたりをうろうろしたが、ついに女性は見つからなかった。

半ば放心状態で車にいると、彼女から携帯に電話があった。

「今どこらへん?ちょっと嫌な夢を見て目がさめたの」

どんな夢だったか聞くと、唖然とした。

俺が交通事故を起こし、救急車で運ばれるというのだ。

そのうえ、彼女は知らないはずの車種と車の色まで言い当てた。

「救急車に乗ろうとすると、知らない女がそこにいるの」

膝がガクガクと笑い出し、言葉を失った。

「あなたも連れて行くわよ」

と女に話し掛けられ、彼女は目がさめたらしい。

その後、京都で無事に彼女と会うことができた。

ただ、一つだけ不思議なことがあった。

彼女にもらった室生寺の根付のお守りがなくなっていた。

紐の部分を残して、木彫りの花の根付だけがなかった。

部屋のカギといっしょにつけていたもので、東京を出るまでは確かにあった。

彼女にドライブでの経緯は話せなかったが、感謝の気持ちでいっぱいだった。

………あと反省の気持ちも。

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後日談

その時は漠然と、何か悪意のあるものに魅入られたと感じていた。

思い当たる節はあった。

最初浜名湖のSAで女に話し掛けていた時、周囲は引いた視線で俺を見ていたんじゃなかったか。

女は俺にだけ見えていた存在だったんじゃないかと。

結局俺は助かった。それは彼女のお守りのおかげかもしれない。

とにかく、明後日は東京に戻らなけりゃならない。一人で、あの女を乗せたこの車に乗って。

俺は彼女に室生寺のことを聞いてみた。

今はよく思い出せないが、尼寺もあるとのことだった。

京都を散策しながら、俺はある尼寺でお守りを買った。

それを車のダッシュボードの奥にしまいこみ、厄除けになることを 祈った。

無事に東京に戻ると、知人に車を返しに行った。

何となく、お守りはそのままにした。

当然縁起でもない話はせずに、すべては俺一人の胸にしまった。

それから二ヶ月ほど過ぎた頃。

俺の住むアパートの郵便受けに、ぼろぼろになったお守りが放ってあった。

悪い予感がして、すぐ知人に連絡した。

彼は仕事が忙しいらしく、お守りの話は切り出せなかった。

それでも、最近は私用で車を乗っていないこと、遠出する予定もないことを聞き出せた。

一安心して暮れを迎えたある日、彼と共通の友人から電話があった。

彼が交通事故で亡くなったと言う。

家族にちょっと出掛けると話したまま、数百キロ離れた場所で事故を起こした。

彼になにがあったかは分からない。

ただ、あの女は今も、深夜の高速道路を彷徨っているような気がする。

(了)

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