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深夜2時、SAで乗せた女の話 rw+4,519-0217

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浜名湖で仮眠を取らなければよかったと、今でも思う。

あれは数年前、関西に住む彼女に会いに行く途中だった。三連休の初日、東京を夜の十一時過ぎに出た。仕事終わりで疲れていたが、気持ちは妙に高ぶっていて、眠気よりも焦りのほうが勝っていた。

浜名湖サービスエリアに着いたのは、午前二時を回ったころだ。売店は閉まり、自販機の光だけが白々しく並んでいた。蒸し暑い空気がまとわりつき、湖の気配は感じられない。車を端に寄せ、シートを倒し、窓をわずかに開けた。

まぶたが落ちかけた瞬間、コツコツと窓を叩く音がした。

黒いワンピースの若い女が立っていた。場違いなほど整った顔立ちで、肩の出たノースリーブから伸びる腕が白く浮いている。笑ってはいないが、怒ってもいない。表情が定まらない。

「名古屋まで……行きたいんです」

抑揚のない声だった。

普通なら断る。だがそのときの俺は、断る理由よりも、断らない理由を先に探していた。深夜の高速で女を一人にするのは危ない。自分はどうせ名古屋を通る。そう自分に言い聞かせて、ドアを開けた。

女は助手席ではなく、後部座席の真ん中に座った。

車を出すと、トラックの陰にいた若い男二人がこちらを見ていた。片方は開けっぱなしのドアの前に立ち、何か言いかけたように口を動かしたが、声は届かなかった。

走り出してすぐ、バックミラー越しに女の視線と合った。逸らさない。瞬きもしない。

「気分が悪いので……横になります」

トンネルの中だった。騒音のなかで、その声だけが妙に澄んでいた。

ミラーを見たが、後部座席は暗く、姿ははっきりしない。うつぶせになったのか、座席の下にでも潜り込んだのか。確認する勇気はなかった。

やがてハンドルを握る手が汗で滑り始めた。罪悪感が胸の奥に重く溜まる。彼女に会いに行く途中で、知らない女を車に乗せている。その事実だけで、呼吸が浅くなった。

ゆるやかなカーブで、壁が迫った。メーターは一五〇を超えていた。ブレーキを踏み込み、車体が揺れる。心臓の音がトンネルに反響する。

「具合、どうだ」

返事はない。

代わりに、左肩に冷たいものが触れた。

振り向けなかった。視線だけを横に動かすと、運転席の後ろから白い指が伸びている。骨ばって細い。

「水を……」

次のパーキングエリアに滑り込んだ。エビアンを一本買い、急いで戻る。

後部座席は空だった。

シートに凹みもない。ドアもロックされたまま。辺りを探したが、黒いワンピースの女はいない。誰も見ていないと言う。

そのとき携帯が鳴った。

彼女だった。

「嫌な夢で起きたの」

俺が事故を起こし、救急車に運ばれている夢だと言う。付き添っている知らない女が、彼女に向かって「あなたも連れて行くわよ」と言った、と。

服装も、車内の様子も、言い当てた。

俺は何も説明できなかった。

電話を切ってから気づいた。彼女にもらった室生寺の木彫りの根付が、紐だけを残して消えていた。

そのまま大阪へ向かったが、途中で何度もバックミラーを見た。後部座席の真ん中だけが、わずかに暗く見える気がした。

数ヶ月後、東京のアパートの郵便受けに、あの根付が入っていた。木の部分は削れ、焦げたように黒ずんでいる。差出人はない。

車を貸してくれた知人に確認したが、その後は使っていないと言った。

年末、その知人が事故で亡くなったと聞いた。数百キロ離れた場所だった。行き先は誰にも言っていなかったという。

俺は確信したわけではない。ただ、あの夜の順番が少しだけ入れ替わったのではないかと思っている。

あの女が最初から狙っていたのが誰だったのかは分からない。俺だったのか、彼女だったのか、それとも車だったのか。

今でも夜の高速を走るとき、後部座席の真ん中を直視できない。ミラー越しにだけ確認する。視線が合わないことを祈りながら。

(了)

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