福井県の某村の話
オレのじいちゃんは猟師なんだけど、昔そのじいちゃんについてって体験した実話。
田舎のじいちゃんの所に遊びに行くと、じいちゃんは必ずオレを猟につれてってくれた。
本命は猪なんだけど、タヌキや(名前は覚えてないが)鳥も撃ってた。
その日もじいちゃんは鉄砲を肩に背負って、オレと山道を歩きながら、
「今日はうんまいボタン鍋くわしちゃるからの!」と言っていた。(※実際、撃ったばかりの猪は食わないが)
そのうち、何か動物がいるような物音がした。
ガサガサって感じで。
オレは、危ないからすぐじいちゃんの後ろに隠れるように言われてて、すぐじいちゃんの後ろに回って見てたんだけど、じいちゃんは一向に撃つ気配がない。
いつもならオレを放っておくくらいの勢いで、「待てー!」と行ってしまうのだが、鉄砲を中途半端に構えて固まってしまっている。
オレはそのころは背が低くて、茂みの向こうにいる動物であろうものはよく見えなかった。
オレは気になって、じいちゃんに「何?猪?タヌキ?」って聞いた。
しかし、じいちゃんはしばらく黙っていて、茂みの向こうを、じっ……と見ていた。
「あれは……」とじいちゃんが口を開いた瞬間、急に茂みがガサガサと音を立てた。
「やめれ!」と言い放ち、じいちゃんはその茂みに一発発砲した。
そしてオレを抱えて猛ダッシュで逃げ出した。
オレは何がなんだかわからずひたすら怖くて、今にも泣きそうになっていたが、じいちゃんが撃ったのはなんなのか気になり、後ろを振り返った。
すると遠めに、毛のない赤い猿のような動物が、こちらに向かって走っている。
じいちゃんはオレをかかえて走りながらも、鉄砲に必死で弾を込めていた。
弾を込め終わると、じいちゃんはオレをかかえたまま振り向きざまに発砲した。
すぐとなりで発砲されたので、オレは耳が「キーン」ってなって、いろんな音が遠く聞こえた。
じいちゃんは走りながらまた新しい弾を込めている。オレは怖くてもう振り返ることはできなかった。
後ろで
「ケタタタタタタ!ケタタタタタタタ!」
という、その動物の鳴き声らしい声が聞こえ、じいちゃんが小声で
「助けてくれ……助けてくれ……この子だけでも……」とつぶやいていた。
山をおりきっても、じいちゃんはとまらなかった。
オレを抱えてひたすら家まで走った。
家につくなり、じいちゃんはばあちゃんに「ヨウコウじゃ!!」と叫んだ。
ばあちゃんは真っ青な顔で台所にとんでいき、塩と酒をもってきて、オレとじいちゃんに、まるで力士が塩をまくように塩をかけ、優勝した球団がビールかけやってるみたいに酒をあたまからあびせた。
その後、それについてじいちゃんもばあちゃんも何も話してくれなかった。
間もなくしてじいちゃんは亡くなってしまい、その時ばあちゃんがオレに『ヨウコウ』について話してくれた。
「ボクちゃんが見たのはのー、あれはいわば山の神さんなんよ。わしらにとってええ神さんじゃないがの。じいちゃんはあんたのかわりに死んだんじゃ。お前は頼むから幸せに生きておくれよ」
じいちゃんが死んでから、ばあちゃんも後をおうように亡くなってしまい、オレは二〇代後半でピンピンしている。
オレが見たのは、村で言い伝えられる妖怪の類いだったのかもしれないけど、今でも親戚の人にこの話をするとしかめっつらをされる。
ヨウコウについて、チョッと調べてみた
ユウユウ…動物の怪。婦負郡桜谷村駒見のものが『越中旧事記』に紹介されている。
※ヨウユウ…動物の怪。狼の怪。野崎雅明『肯搆泉達録』(こうこうせんだつろく)に紹介されている。ある山伏が夜更けて呉服(くれは)山の古阪を登ると、狼の群がつきまとった。
山伏が喬木によじ登ると、狼は打ち重なり、その上に姥が跨って彼を引き下ろそうとした。
山伏が短刀を抜いて姥の肘を切り落とすと、下の狼も散った。
翌朝、駒見村に入り、少し休もうとヨウユウの家に入ると、姥が傷の痛みに泣き叫んでいたが、山伏の姿を見ると逃げ出して、行方不明になった。
柳田國男『山東民譚集』にも紹介。
富山県の山の怪らしいが、福井県とも近く北陸同志。
ヨウユウがヨウコウへと訛ったものかもしれない。
猿のような人型、それに山にでるという状況から、コレがヨウコウだと思われるが、いかがなものか?
407: あなたのうしろに名無しさんが 2003/07/01 14:26:00
(了)