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短編 r+ 山にまつわる怖い話

婿神 r+13,707

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話しても、たぶん誰も信じてくれないと思う。だから、話半分で読んでくれたらいい。

二年前の秋口、臨時職員として配属された町の役場で、俺の時間は止まったように感じていた。周囲は自分より一〇歳以上年上ばかりで、話が合うわけもない。テレビも見ない、音楽にも興味がない俺は、毎日黙々と机に向かっていた。ただの空気だった。

……いや、空気以下だったな。あるおっさんからは毎日のように「若いのに根性がねぇな」なんてからかわれ、それがエスカレートして半ばパワハラみたいになった頃、限界を感じて辞めた。

辞めたあと、二週間は廃人みたいに過ごした。テレビもネットも、何も見る気がしなかった。そんなある日、なぜか急に、外に出て歩こうと思った。

特に行き先はなかったけど、気づいたら小学校の近くにある山の前にいた。小さい頃によく友達と登ってエアガンで撃ち合った、あの山だった。

懐かしさと無意識の引力で、足は自然と登り始めていた。息を切らしながら頂上へ辿り着くと、そこにあるはずの神社の扉が、開いていた。

俺の記憶では、その扉は青く塗られた鉄製で、頑丈に閉ざされていたはずだった。子供の頃、石で叩いたり棒でこじ開けようとしたが、びくともしなかったのを覚えている。なのに今は……何も無かったように開いている。

中はがらんとして、綺麗だった。不気味なほどに。

境内の石段に座り、携帯をいじって一休みしていた時、違和感に気づいた。……妙にあたたかい。

一〇月だ。山の上だ。木々に覆われて陽も当たらないはずなのに、春の昼下がりのようなぬるさが肌にまとわりついてくる。

その瞬間、手に持っていた携帯がふっと暗転した。電源が落ちたのかと思ったが、次に画面に映ったのは、俺の背後の神社の奥。

……そこにいた。

女。人じゃないと、直感で分かった。異様に背が高くて、黒とも灰ともつかない着物をまとい、顔は……真っ白。真っ黒な髪が、風も無いのにふわふわ揺れていた。

スーッ……と滑るように、こちらに近づいてくる。

逃げようとした。でも体が動かない。凍りついたみたいに、硬直していた。

あと三歩。あと二歩。あと一歩。

俺の目の前に立つその女は、ゆっくりと屈んで、俺の顔を覗き込もうとした。怖くて、怖くて、心臓が張り裂けそうだった。

……顔が、画面に映った。

ぐちゃぐちゃなんかじゃなかった。整った中性的な顔立ち。でも、目が――白目がなく、全部真っ黒だった。呼吸が、異常に熱かった。

ゆっくりと手を伸ばし、俺の携帯を掴むと、グイッと引っ張ってきた。俺は無意識に必死で握っていたらしく、なかなか取れず、女は苛立ったように力を増した。

その瞬間、俺の中で何かが切れた。意味もなく叫びながら山を転げ落ちた。文字通り、転がりながら逃げた。

足をくじき、笹に手を切り、全身泥だらけになって家にたどり着いた時、ズボンのケツポケットに、携帯が入っていた。……いつの間に?

怖かったけど、何事もなかった。そのまま月日は流れた。

そして、去年の七月。祖母の三回忌で寺へ行った時、異変が起きた。

寺の住職が、俺の顔を見るなり目を見開いて、こう言ったんだ。

「君は中に入らなくていい。外で待ってなさい」

意味が分からなかった。俺も両親も親戚も呆然としていた。

法要が終わり、みんなで近くの店で食事していた時、住職がぽつりと漏らした。

「山口さんのところは……孫、諦めたほうがいいね」

場が凍りついた。親父が理由を問いただすと、住職は言った。

「真司君。君、あの山で……何かあったね?」

俺は観念して、あの時の出来事を話した。

住職は頷きながら、ため息をついた。

「あれは山の神様だよ。君は……選ばれちゃったんだね」

何に、と聞くと、住職は申し訳なさそうに言った。

「婿に、だよ。山の神様の」

俺は笑えなかった。そう言われた時、背筋を走ったあの寒さが、また身体を包んだ。

「神様は強い。簡単には諦めない。結婚とか、子供とか……人間相手には無理だろうね」

母親が、涙声で「じゃあ、真司はもう……」と聞いた。

「うん。付き合ったり結婚しようとすると、その相手に……災いが起きるかもしれない」

妙に納得してしまった。俺自身、イケメンでもないし、オタク趣味だし、結婚なんて元から望んでなかった。けれど、それを他者に断言されるのは、思ったよりも重かった。

家に帰ると両親は、冗談めかして「真司がダメでも兄がいるし」と言っていた。俺は笑えなかった。

それ以来、大きな怪異は無い。でも、夜寝ていてふと目が覚めたとき、誰かが部屋の隅に立っている気がする時がある。視界の端に、黒髪が揺れているのが見える。

……俺はあの山で、何を連れてきてしまったんだろうな。

[出典:152 :本当にあった怖い名無し:2014/04/20(日) 01:58:28.80 ID:CS0vbw2M0.net]

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