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庁舎の下、眠る者 r+3,217

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あの靭帯を切った日から、左足だけが他人のものみたいに冷たくて、うまく動かせない。

痛みじゃなくて、異物感。誰かの指が、骨と骨の隙間にねじ込まれているような気がする。

東京の将門の首塚の話を知ったのは、つい先週のことだ。昼休みにネットを眺めていたら、たまたま目に入ってきたスレッドで、昔、大手町のその場所に大蔵省を建てたら、大臣や職員が次々に死んだり怪我をしたりしたという。将門公の怒りだろうと囁かれているらしい。

――ああ、と、思い出した。

うちの役所であった、あの奇妙な一連の出来事。

市の職員として配属されたのは三年前。東京じゃない、関東の外れの静かな自治体だった。のどかで人の流れも少なく、時間の進み方が少しだけ緩やかに思える土地。役所の建物は明治の終わり頃から使われていたという古いものだったけれど、二年前に予算がついて、新しい庁舎が隣の敷地に建てられた。

新庁舎の建設地は、江戸時代には藩の重臣の屋敷があった場所だったという。敷地内に残された石碑には、名の知れた家臣が、何らかの騒動の末に斬られたとだけ記されていた。誰が何をしたのか、具体的なことは書かれていなかったが、代々その家に伝わる呪詛があるとか、祟りがあるとか、そんな噂だけが地元では語られていた。

新庁舎の完成とともに、私はそちらに配属された。

最初に骨折したのは、広報課の佐野さんだった。三階の階段を降りようとして足を踏み外したらしい。階段には滑り止めも手すりもついていたはずだったのに、スニーカーの底が「ふっと消えた」ような感覚だったと言っていた。

次は清掃のパートさん。モップをかけていたときに滑って足首をねじり、ひどい捻挫で二週間の休み。さらにその週、住民課の伊藤さんが、駐車場で転倒して膝の皿を割った。

妙なのは、怪我をした人が、皆「何かに引かれたような感じだった」と口を揃えて言ったことだった。

私は冗談半分で、「お祓いでもしたほうがいいんじゃない?」と笑いながら言ったが、その翌週、自分の番が来た。

昼休みに食堂から戻る途中、二階の廊下で違和感が走った。歩いているのに、床が自分の足だけ沈むような感覚があった。すぐに足首がぐにゃりと曲がり、次の瞬間には床に倒れ込んでいた。まるで、見えない誰かに足を払われたかのように。

病院での診断は前十字靱帯の断裂だった。リハビリに数ヶ月かかるとのことで、松葉杖での勤務が始まった。

あの頃、私の周囲には不自然な静けさが漂っていた。

誰もそれが祟りだとは言わない。だけど全員が、どこか落ち着きなく、新庁舎の廊下を歩くとき、足元に目を落としていた。

ある夜、忘れ物を取りに庁舎へ戻った。

電気はほとんど落ちていて、事務机の間を懐中電灯で照らしながら歩いていたとき、階段の踊り場で何かがこちらを見ている気配を感じた。見上げると、薄暗い中に誰かの黒い影が立っていた。だが、瞬きする間にそれは消えていた。

誰かがいる。

そんな確信が胸に宿ってからは、寝付きも悪くなり、夢にも庁舎が出てくるようになった。

夢の中では、私は誰かに追われていた。建物の中を逃げ回る。階段を駆け上がり、廊下を走り抜ける。背後から近づいてくる足音。振り返っても、そこには何もいない。

でも、目を覚ましたとき、決まって左足が氷のように冷たかった。

ある日、古い郷土資料館の司書と話す機会があった。雑談の中で、新庁舎の場所にかつて誰が住んでいたのかを尋ねると、司書は急に声を落とした。

「……あそこはね、磔刑のあった場所なんですよ」

え?と聞き返すと、彼はため息をつきながら話し始めた。

「武家の屋敷だったというのは表向き。実際には処刑場の一部で、特に反乱を起こした家臣や下級武士が晒し者にされたらしい。あの斬られた家臣ってのも、記録にある。実は自害じゃなくて、磔にされた上で首を切られた。何日も晒された後にね」

「なぜそんな場所に建てたんですか?」

「公の土地だから、誰も反対しないんですよ。言えば怒られるけど、あそこは……死人が溜まる土地です」

その話を聞いてから、新庁舎に戻れなくなった。

左足の異物感は強くなるばかりで、リハビリを終えても違和感が残った。今もたまに、指の間に何かが這うような感覚がある。

あれは骨の隙間に入り込んでいる。たぶん、誰かの爪だ。執念のこもった黒い、血の乾いた爪が、私の骨に爪を立てている。

今も市の公式サイトで検索すれば、新庁舎のことが出てくる。写真では綺麗な建物だ。でも、写っている窓のひとつに、誰もいないはずの影が映っていた。

見える人には見えるだろう。もう、あの建物そのものが、ひとつの器になってしまったのかもしれない。

今でも、あそこで働いている同僚がいる。何も知らずに階段を登っていく人がいる。

でも、次に転ぶのは――たぶんもう決まってるのだ。

[出典:492 :本当にあった怖い名無し:2012/06/12(火) 22:03:09.95 ID:gwiA5cGj0]

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