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中編 r+ 洒落にならない怖い話

バス停の先r+3033

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彼と最初に出会ったのは高校時代だった。

大人しく目立たない性格同士、自然と仲良くなり、大学も同じ進路を選んだ。友人としての関係は深まり、彼は自分にとって唯一と言える親友になった。

だが、大学に入って半年ほど経った頃から、彼がまるで別人のように変わり始めた。以前は服装など気にしたこともなかった彼が、急にお洒落に目覚め、誰に対しても社交的な態度を取るようになった。学内のあちこちで、彼がこれまで話したこともない人たちと談笑している姿を見るのが日常になった。心境の変化があったのかと軽く尋ねてみたが、「恋人でもできたの?」という問いにはぎこちない笑顔を見せただけで、「いや、違うよ」とそっけない返事。深く掘り下げる暇もなく、彼の変化はますます加速していった。

以前と同じように彼とは付き合いがあったが、昔のような時間を共有することは減った。それでも友情が途切れることはなかった。ただ、彼の躁的とも言える振る舞いに、どこか不安と薄い恐怖が心に広がったのを覚えている。

そして突然、彼は姿を消した。最初はただの欠席だと思っていた。しかし、二週間経っても何の音沙汰もなく、ついに彼のアパートを訪ねることにした。鍵のかかった部屋をノックしても応答がない。新聞受けから中を覗くと、家具や荷物がすべて無くなり、空っぽの部屋の中央に妙な像がぽつんと置かれているのが見えた。

管理人に聞いてみると、数日前に彼が引っ越したと言われた。しかも、業者とは思えない手伝いの人間が数人いたという話だった。不気味な違和感を覚えたまま、彼の両親に連絡を取ったが、彼から何も知らされていないと言う。結局、手がかりは掴めないまま日が過ぎた。

数週間後、彼から突然電話がかかってきた。受話器の向こうから、震える声で「ごめんな、ごめんな、お前のことをあいつらに知らせてしまった」と繰り返す。自分は何も言えず、彼はそれだけを残して電話を切った。その翌日、大学から彼が退学したという連絡が入った。両親に確認すると、「ボランティア活動のため外国へ行く」と電話があったと告げられたが、何か腑に落ちない様子だった。

それ以来、彼に関する消息は途絶えた。かつて彼の部屋で見た像のイメージが頭にこびりついて離れなかったが、調べる気力は湧かなかった。

それから数年後。大学を卒業し、仕事を転々とする中で、彼のことをふと思い出すことがあったが、結局、彼に関する具体的な情報を掴むことはなかった。

そんなある日、一通の手紙が届いた。差出人の名前はなく、宛先だけが正確に自分の住所となっている。封を開けると、中には短い文章が記されていた。彼がある療養施設にいること、その施設の名前と住所だけが淡々と書かれていた。

心の奥底にかすかに残っていた罪悪感が、その手紙を見た途端に蘇った。あの時、もっと彼を気にかけていれば。調べる努力をしていれば。そんな後悔が胸を締め付けた。それに加え、誰がこの手紙を送ったのかという謎が、恐怖と興味の間で揺れる気持ちを生み出した。

結局、週末の休みを利用して、その施設を訪れることを決めた。手紙の住所を頼りにたどり着いたのは、山の中腹にある大きな建物。木々に囲まれたその施設は、思ったよりも開放的で、威圧感はほとんどなかった。門を守るのは年配の警備員一人だけ。面会の旨を伝えると、特に手続きもなく中に通された。

敷地に足を踏み入れた瞬間、奇妙な光景が目に飛び込んできた。

それは、施設の中にある「バス停」だった。

そこには三人の老人が、じっとベンチに座っている。彼らの目は虚ろで、どこを見ているのか分からない。その異様さに一瞬足を止めたが、施設の建物へと足を進めた。

受付で彼の名前を告げると、あっさりと部屋番号を教えてくれた。施設内を歩きながら周囲を観察すると、そこにいるのはほとんどが痴呆性の高齢者のようだった。だが、鉄柵や厳重なドアはなく、彼らは比較的自由に歩き回っている。何かが普通の施設とは違う気がした。

案内された部屋の前でノックすると、中から「どうぞ」という女性の声が聞こえた。中は六つのベッドが並ぶ大部屋。奥の窓際に立つ男性の後ろ姿が見えた。すぐに彼だと分かった。変わり果てたその姿を見るまでは。

彼の後ろ姿は、かつての面影を僅かに残しながらも、明らかに変わり果てていた。老け込んだその姿は、自分と同じ年だとは到底思えない。彼は窓の外をじっと見つめ、低く呟いていた。

「ごめんな、ごめんな、お前のことをあいつらに知らせてしまった。ごめん、ごめん、本当にごめん。」

あの電話で聞いたのと全く同じ言葉だった。その繰り返しは、耳に届くたびに胸を締め付けるようだった。声をかけるべきか迷いながら、そっと近づく。

「久しぶり。」そう声をかけると、彼の動きが一瞬止まった。だが、それだけだった。再び彼は同じ言葉を呟き始める。視線の先を追うと、窓越しにあの奇妙なバス停が見える。そこには老人たちがじっと座っていた。彼はその光景をずっと見ていたのだ。

しばらくして、施設のスタッフが部屋に入ってきた。「バス停が気になりますか?」と聞かれたので、頷きながら尋ねる。

「あのバス停、どうしてあんなところに?」

スタッフは苦笑いを浮かべ、説明を始めた。この施設には、痴呆が進んだ入所者が脱走してしまうことがあったという。彼らが向かうのは決まって近くの本物のバス停で、そこから亡くなった家族や知人に会いに行こうとするのだ。しかし、それは叶わない。そこで施設は敷地内に偽物のバス停を作ったのだという。すると、老人たちは外に出て行くことなく、そこで来ないバスを待ち続けるようになった。

「ちょっと残酷かもしれませんが、同じような方法を取る施設も多いんですよ。」そう言ってスタッフは出て行った。

その話を聞きながら、再び窓の外を見た。老人たちの姿がどこか哀れに見える。その時、彼がこちらを振り返り、突然はっきりとした声で言った。

「哀れだと思っているんだろ。」

驚いて言葉を失う。すると彼は再び窓の外を見つめ、「バスは来る、バスは迎えに来る。」と呟き始めた。そこには確信めいた響きがあり、何か恐ろしいものを感じた。

それ以上、彼との会話は成立しなかった。何を話しかけても同じ言葉を繰り返すばかりだった。「あの時、力になれなくてごめんな。」それだけ言い残し、部屋を出た。

帰り際にスタッフに彼の入所の経緯を尋ねると、1年ほど前に両親と共に来たという。しかし、それ以来、両親が彼を訪ねてくることはなかったと聞かされた。胸に鈍い痛みを感じながら施設を後にした。

数日後、再び施設を訪れた。

しかし、彼はもういなかった。スタッフによれば、突然姿を消したのだという。警察に届けたが、まだ見つかっていないと。

彼がいた部屋を覗くと、彼のベッドは綺麗に片付けられていた。あまり驚かなかった。どこかでこうなるのではないかと予感していたからだ。施設を後にしようとすると、例のバス停が目に入る。そこに座る老人たちを見つめながら、胸に広がる不安と虚無感を振り払うように帰路についた。


それ以来、彼の姿を再び見ることはなかった。あの夢を見た夜以来、自分にまとわりついていた不安感は薄れたが、完全に消えることはなかった。

彼の呟いていた「バスは来る」という言葉が、どこか心に引っかかる。あのバス停で彼は何を待っていたのか。彼の消失を考えるたびに、その答えが自分の中で恐ろしく鮮明になる気がした。

その後の生活は、表面上は何事もなく続いた。だが、心の奥底には、彼にまつわる不可解な出来事の影がじわじわと残っていた。彼が残した言葉、あのバス停、そして最後に見せた奇妙な笑顔。それらの断片が何を意味するのかを考えないようにしても、ふとした瞬間に記憶の隙間から顔を覗かせる。

ある日、夢の中で再び彼に会った。場所はあの施設のバス停。老人たちの姿はなく、彼がただ一人、ベンチに座ってこちらを見ていた。目が合った瞬間、彼は穏やかな笑顔を浮かべ、何かを伝えようと口を開いた。しかしその声は届かず、夢はそこで途切れた。

目覚めた後、胸の中に残った感情は不思議と平静だった。彼はきっと、自分が知らないどこかで、待つべき何かを待ち続けているのだろう。それが救いであるのか、さらなる深淵であるのかは分からない。それでも、あの夢の中の彼の笑顔を信じて、前に進むしかないのだと心に決めた。

静かな朝、部屋の窓から外を眺める。見える景色には何の変化もない。それでもどこかで、彼が何かを待つように、自分もまた待っているのだと思う。次に彼に会う時、それが現実であれ、夢であれ、その時には、何かが明らかになる気がしてならなかった。

(了)

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