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短編 r+ ほんのり怖い話

地下二階 r+4,043

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――あれは十年以上も前のこと。

まだ俺が、エレベーターの保守点検の仕事をしていた頃の話。

都内の、繁華街のど真ん中に建つ八階建ての雑居ビルだった。駅前で人通りも多く、テナントもギュウギュウに詰まってるような、いかにも儲かってそうな建物。そんな場所に、俺と先輩の二人で点検に入った。

受付の管理人室で一声かけて、いつもどおり点検中の札を各階のエレベーターホールのドアに貼っていく。日常のルーチンだ。ところが、その日だけは何かがおかしかった。

エレベーターのピット、つまり箱が収まる縦穴の底に入って掃除をするため、エレベーターを二階に移動させた。そして、扉を手動で開けると……息が止まりそうになった。下にあるはずの底面が、見えないほど遠くに沈んでいた。

「……おかしいな」思わず独りごちた。

本来なら、扉を開けてすぐ足元にあるべき金属の床が、遥か下――十メートル以上か、それ以上か、底知れぬ暗がりの中にぼんやり浮かんでいた。

八階建て、ボタンは一階から八階までしかない。そう思い込んでいた。というか、それしか表示がなかった。でも、明らかに箱の下には空間が続いていた。先輩が後ろでニヤニヤしていた。

「知らなかったろ? ここ、地下二階まであるんだよ」

そう言って、操作盤の下にあるカバーを鍵で開けた。そこには点検用の手動スイッチがついていて、普通の人間には絶対に使えない構造になっている。点検員しか持っていない特殊な鍵で、超低速で箱を動かすことができるスイッチ。

そして、ゆっくりとエレベーターを降下させた。ブイイイィ……という唸るような音と共に、箱は地下一階、そして地下二階へと下りていった。

地下二階に着くと、空気が急に変わった。まるで呼吸すら拒むような湿った静けさ。息を吐くと、かすかに白くなる。真っ暗。非常灯すらない。懐中電灯をつけると、灰色のコンクリート壁がむき出しで、まるで完成途中で放棄されたバンカーみたいだった。

「なあ、ここって……何に使われてんの?」

「誰も使ってない。というか、使えない」

先輩は、冗談とも本気ともつかない顔でそう答えた。点検手順では、エレベーターを一つ上に上げて、もう一人が残って下でピット内を掃除する。でも、そのビルの地下だけは誰もやりたがらない。今回も、先輩が俺に小声で言った。

「……ここは、マジでやめとけ。時間だけ書いときゃ誰も確認なんかしねえから」

正直、ホッとした。あんな空間に一人残されるとか、いくら仕事でも我慢できなかった。

それにしても、どうして地下が封鎖されているのか。普通なら、テナントにして貸し出すなり、倉庫にするなり、いくらでも活用方法はあるはずだ。それなのに、あれだけのスペースがまるまる手付かず。しかも、地下一階も含めてボタンすら設けてない。階段もなかった。

先輩が、低い声で教えてくれた。

「昔、工事中に事故があったらしいんだよ。詳しくは知らねえけど、結構ひどい話らしくてさ。それ以来、地下は封印されたって聞いた」

封印? 何のために?

「階段もな、わざわざ埋めたらしいぜ。経営者が。誰も入れねえようにな」

想像してみてほしい。地上では人がせかせかと働き、笑い、飲み食いしてるその真下、誰にも知られず存在する暗い空間。もし万が一、地下に取り残されたらどうなるか。

エレベーターの操作パネルにはボタンがない。呼びボタンの回路も切ってある。階段はない。携帯の電波も届かない。地下があることすら知られていない。叫んでも誰も気づかない。

万が一、ドアが閉まって動かなくなったら。閉じ込められて、発見されるのは……干からびて骨になる頃かもしれない。

「ま、知ってる人間もそうそういねえしな。犯罪に使おうと思ったら、たぶん完璧だよな」

先輩は冗談めかして笑った。でも、俺は笑えなかった。

以来、エレベーターに乗るたび、底が抜けてあの場所に落ちていくような錯覚に襲われる。明るい街の中にぽっかり口を開けた、誰も知らない奈落。

そう――都内の繁華街の、何の変哲もない雑居ビル。その地面の下には、永久に誰にも見つからない部屋が今も静かに口を開けている。
俺の記憶の奥底で、いつまでも扉を開けて待っているような気がしてならない。

あの冷気と、あの湿った無音の空気。今でも夢に出る。

……あれは、仕事の一環だったはずなのに。

(了)

[出典:2009/04/03(金) 09:11:11 ID:izdGgRdHO]

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