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七月六日の現場で会った男 rw+4,598-0205

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これは、今でも思い出すと背中の内側がゆっくり冷えていく、平成十一年七月六日の夜の話だ。

当時、俺は大学の夏休みを利用して、常磐新線の敷設工事に日雇いで入っていた。いまの呼び方で言えば、つくばエクスプレスになる路線だ。工区は北千住の北側、荒川を越えた先。常磐線と東武線が絡み合う、線路と住宅が押し合っているような場所だった。

新線を通すために、既存の線路を数メートルずらす。その作業は昼間にはできない。電車が止まる深夜から明け方までが勝負だった。

その夜、激しい雷雨が通り過ぎた直後で、空気は異様なほど湿っていた。雨が地面に染み込んだ匂いが、足元から立ち上ってくる。時刻は午前零時を少し回った頃だった。無線も重機も一時的に止まり、現場は不自然な静けさに包まれていた。

そのとき、線路の先に人影が立っているのに気づいた。

背広姿の男だった。

この現場にいるのは、俺たち作業員と社員だけだ。全員、反射材の入った作業着を着ている。背広姿の人間がいる理由はない。

監督が低い声で言った。

「おい、行って注意してこい」

面倒だなと思いながら、俺は線路沿いを歩いた。どうせ近所の酔っぱらいか、野次馬だろうと高を括っていた。

だが、近づくにつれて違和感が膨らんでいく。男は微動だにしない。雷が去ったあととはいえ、虫の声すら聞こえない。足音だけがやけに大きく響く。

「危ないですよ。ここは立ち入り禁止です」

声をかけると、男はゆっくりと振り返った。

にこり、と笑った。

「すみません。すぐに出ますよ」

五十代半ばくらいだろうか。金縁の眼鏡をかけ、背筋が妙に伸びている。作業員を前にしても、臆した様子がまるでない。酒の匂いもしなかった。

「こんな時間に、何をしてるんですか」

そう訊ねると、男は線路の向こうを一瞬だけ見やり、穏やかな声で言った。

「少しね、確かめておきたくて」

意味がわからなかったが、その口調には妙な説得力があった。監督が休憩を告げ、現場全体が一息つく。その流れで、俺は男と線路脇に腰を下ろした。

男は、自分を新聞社の社会部記者だと名乗った。長いあいだ、ある出来事を追ってきたという。

「最後に、どうしてもここを見ておきたかった」

彼はそう言って、線路の先を指さした。

「昔、このあたりで、人が死んだ」

名前を聞いても、俺には心当たりがなかった。国鉄のトップだった男が失踪し、翌日、線路上で見つかったこと。事故か、自殺か、あるいは別の何かか。結論は出ていないこと。

「何十年も前の話だ。でも、足跡だけは残る」

男の話し方は淡々としていて、感情を感じさせなかった。記者というより、記録を読み上げているようだった。

「今日はね、その足跡の終点に立ちたかった」

その言葉を聞いた瞬間、背中を汗が伝った。寒さとは違う。骨の内側を撫でられるような感覚だった。

休憩が終わり、監督が俺を呼んだ。立ち上がると、男は軽く頭を下げた。

「迷惑をかけてしまったね」

そう言って、名刺を差し出した。

受け取った名刺を、俺はろくに見もしないままポケットに押し込んだ。作業に戻ると、さっきまで普通だった線路が、妙に生々しく見えた。アスファルトの隙間に、濡れた影が溜まっているような気がして、何度も視線を逸らした。

それから一週間ほど経った。

あの男が言っていた記事が気になり、新聞を何紙か読んだが、それらしいものは見つからなかった。妙に落ち着かない気分のまま、ある夜、財布から名刺を取り出した。

そこで、手が止まった。

肩書きが違う。

新聞社の名前はない。代わりに書かれていたのは、日本国有鉄道、総裁という文字だった。名前も、聞いた覚えのあるものだった。

冗談だと思いたかった。だが、あの夜の男の態度を思い返すと、悪ふざけには見えなかった。

気になって、新聞社に電話をかけた。社会部にそんな記者がいるかと訊いた。

「おりません」

即答だった。

電話を切ろうとしたとき、相手が付け加えた。

「ただ、今月、その事件の特集を組む予定はあります」

それ以上は聞かなかった。

名刺は、今も捨てられずにいる。引き出しの奥にしまっているはずなのに、時々、机の上に出ていることがある。自分で出した記憶はない。

あの工事区間を通る電車に乗ると、必ず一瞬、視線が線路の脇へ逸れる。そこに誰かが立っている気がする。背広姿で、こちらを見ている気がする。

あの夜、俺は何に声をかけ、何と話していたのか。

それを考え始めると、今でも背中が、じっとりと冷えていく。

(了)

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