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下山事件の現場で出会った人

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これは平成十一年の七月六日に体験した出来事です。

当時急ピッチで建設が進んでいた常磐新線、通称つくばエクスプレス。

研究学園都市つくばと東京都心を直結する新しい通勤路線ですが、

この常磐新線は北千住駅で常磐線や東武線、都心へ向かう各地下鉄線と接続することになっているため、

北千住駅の北側で荒川を渡るとすぐに、常磐線・東武線と交差しなければなりません。

しかもここは常磐線と東武線が交差している部分でもあり、また住宅密集地でもあるため用地の確保が難しい場所でもあります。

このため常磐線の線路をほんの少し北側へ移動させ、常磐新線敷設用の用地を確保するための工事が行われていました。

前置きが長くなりましたが、この常磐線移設工事でバイトしていた時の事です。

日中は常磐線の電車がひっきりなしに通るため、工事はほとんど夜間を中心に行われていました。

梅雨の真っ盛りで、降ったりやんだりの雨がうっとうしい季節でしたが、その日は夜に激しい雷雨となったのを覚えています。

夜中の十二時過ぎ頃、雨も上がって少しひんやりとした空気が肌寒いくらいの中で工事をしていた時のことでした。

工事地点より綾瀬駅寄りの線路上に、背広姿の男の姿が見えます。

その時働いていたのは僕たちバイト数人と、建設会社の方達だけでしたから、みんな当然作業着を着ています。

「お前、ちょっと注意してこい」

現場監督に言われて、私はその男の所に歩いて行きました。

最初は酔っぱらいが調子に乗って線路内に入ってきたものと思い、危険だからすぐ外に出るようにさとすつもりでいたのですが、近くへ行くと何やら様子が違うようです。

「こんなところで何やってるんですか?危険ですから、すぐここから出て下さい」

とりあえずこう注意をすると、その人はこちらを振り返って、

「やあ、すみません。すぐに外へ出ますよ」

とニコニコ顔で答えました。

五十代くらいでしょうか、面長で眼鏡をかけ、中年にしては体格の良い、品の良さそうな、いわゆる紳士風の人でした。

とても怪しい人には見えませんでしたし、もちろん酒に酔っているふうでもありません。
「こんな時間にこんなところでどうしたんですか?」

「いやね、ちょっと訳があってこの場所に来たくなったもので」

と彼が答えます。

「おーい、ちょっと休憩するぞー」

その時、現場監督の声が聞こえました。

休憩時間中、私はこの紳士からずっとその場所で話を聞いていました。

聞くと、その人は某新聞社社会部の記者の方で、この数ヶ月に渡ってある事件を追っていたのだそうです。

そのまとめが今日終わり、最後にどうしてもこの場所へ来てみたくなった、と言っていました。

「君が生まれる二十年以上前のことだよ。この場所で轢し体が発見される事件があったんだ。それが当時の国鉄総裁の下山さんという人で、自殺なのか他殺なのか、その真相は今もって闇の中なんだな。僕はその事件をもう一度洗い直していたという訳だよ。下山事件って、聞いたことないかい?」

恥ずかしながら日本史はトンと興味がなく、その時初めて聞いた事件です。

歴史に詳しい方ならご存じかもしれませんが、国鉄総裁だった下山さんという方が行方不明になり、その翌日に常磐線の線路上で轢し体となって発見されたのだそうです。

※参考下山事件 https://kowaiohanasi.net/simoyama-jiken

東武線の線路をくぐって数十メートルほど綾瀬寄りに来たあたりの場所で話を聞いていたのですが、まさにこの場所だよと彼は言いました。

それを聞いてさすがに背筋がゾッとしました。

下山事件にはいろいろ不透明な部分があるそうで、その隠された真相を探る試みは、過去に何度も行われてること、松本清張(随筆黒い手帖)や大野達三などの作家もその著書で、下山事件の真相に迫ろうとしたこと、先輩記者が生涯をかけてこの事件を追っていた事などを話してくれました。


[画像出典:http://www.asahi.com/travel/topics/TKY201101200152.html]

そして今日、下山総裁が最後にたどったと思われる足跡をたどり、最後にこの場所を見ておきたくなったのだと彼は言いました。

「おーい、始めるぞー」

再び現場監督の声が聞こえました。

「いや、迷惑をかけてしまったね。つまらん話で時間をつぶしてしまい、申し訳なかった」

そう言うと彼は名刺を差し出して、

「たぶん、一週間後の新聞に僕の記事が載ると思う。もし興味があれば読んでみてくれると嬉しいね」

と言って、その場所を去って行きました。

もらった名刺をすぐさまポケットに突っ込んで私は仕事場に戻っていきました。

その後しばらくは、轢し体が発見された場所だということが頭から離れず、どうしても彼が言っていた『まさにこの場所だよ』というその場所が気になって仕方なかったです。

ばらばらになったし体を想像すると……

バイト中、ずっと背筋に寒い思いを感じながら働いていました。

後日談

その紳士と話をした一週間後のこと。

やっぱり何となく気になって新聞に目を通していたのですが、その人の記事はどこにもありませんでした。

「何だよ、結局ボツにされちゃったのか?」

何ヶ月かかけてまとめた記事だったと言っていたので、どうしてボツになったのか、やっぱり気になります。

あのあと、自分なりに少し下山事件のことを調べてみたりもして、ちょっと興味が湧いたこともあったし。

以前先輩記者が核心に近づいた記事を出そうとした時にも上からの圧力でもみ消されたことがあったと彼から聞いていましたから。

で、彼と連絡を取ってみようと思い、財布にしまっておいた名刺を取り出して見てドッキリ。

名刺に書いてあったのは、

「日本国有鉄道 総裁 下山貞則」

もー、あのオッサン冗談きついわーと思いながら、聞いていた彼の新聞社、東京本社社会部の方へ電話をしてみると、

「そんな人はいません」

とのつれない返事。

一応社会部の人に下山総裁の記事の掲載のこと聞いてみましたが、丁度下山総裁が亡くなって五十年になるから七月中にその特集記事を組む予定はある、とのご返事。

他の新聞社でも同じように特集記事を組む予定だけど、しかし問い合わせているような記者は他社にも心当たりがない、と。

「眼鏡かけた五十歳くらいの人でしょ?いや、心当たりないなー。下山事件の担当者ならたいがいは面識あるんだけど、ねえ。まさか君、下山総裁本人に会っちゃってたりして? わっはっは、冗談だけど」

いや、でもそうなると冗談じゃないみたいなんです。

だって、そうすると彼はいったい何者だったんです……?

誰かを驚かすためにイタズラするようなアホな人には見えなかったし。

それに、すっごく真剣に下山事件のことを語っていたんですよ?

まさか、ねえ……

ちなみに七月六日って、下山総裁が轢氏体で発見された日だそうですけど。

私が彼に会ったのも七月六日ですけど。

まさか……

(了)

 

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