これは、大学時代の友人・島田が語った話だ。
あの夏、暇を持て余したサークルの仲間六人で、肝試しをしようと盛り上がった末のことだ。廃墟や火葬場の夜遊びも経験済みの彼らが、さらなる刺激を求めて目指したのが恐山だった。島田の不用意な一言が引き金になったと、彼は今も後悔しているという。
弘前市から恐山まで、深夜の道中。青森市を抜けて向かった下北半島は、人気のない暗闇が広がる異界のようだった。途中、車の上に老婆が現れるという噂話を思い出し、不気味な沈黙が車内を包む。仲間の森田先輩が始めた怪談が、さらに空気を重くした。
午前1時頃、恐山に到着した彼らを迎えたのは、無機質に閉ざされた門だった。記念写真を撮った後、周囲をうろつくうちに簡単に通り抜けられそうな木の柵を発見。恐る恐る中に入った一行は、地獄のような岩場へと進んだ。生温かい風が回す無数の風車が、嫌な音を響かせていた。
森田先輩が一本の風車を抜き取った時、何かが始まったのだろう。
岩場を抜けて歩く彼らの耳に、不定期に響く低い声が届いた。「オーン…オーン…」とどこからともなく迫るそれは、お経だった。言葉を失うほどの恐怖が全員を襲った。長く感じられたが、実際には数分だったという。その後、お経は遠ざかり静寂が訪れた。
帰路の車内、時計が「2:14」を示した瞬間、車がエンジンを失い、動かなくなった。運転手の藤田が再始動を試みても、空回りする音だけが耳を突く。誰も声を上げることができない中、時計が「2:15」に変わると同時に、車は何事もなかったかのように発進した。
翌日現像された写真には、不気味な光の筋が写り込んでいた。門の前を通り過ぎるそれは、誰もが見た覚えのないものであったという。
島田は語った。「その後、特に不幸はなかった。でも、もう二度と遊び半分であんな場所には行かない」と。
彼の声には、今でもその夜の記憶がしみついているようだった。