これはまだ私が日本に居た時の話なんで十年くらい前の話です。
87 名前:七誌さん 投稿日:2001/02/11(日) 15:36
もうすでにその寮は取り壊されているし、かなりの年月も経っているので文章にしてみました。
いまだに当時の細部まではっきりと覚えています。
私の人生の中でこのような体験はこの一回のみです。もう経験したくはありません。
当時二十三歳、私はフリーターでお金がなくなるまで遊んで、金欠になるとアルバイトという生活をしていました。
しかしある時、世間では入学入社シーズン。このままこんな生活してていいものか?と思い、正社員として安定した収入を求めました。
運良く知り合いに食品会社の社長を紹介してもらい、待遇も良かったしコネで入社することが決まりました。さっそく来月から働いてくれと。
しかし今住んでいるアパートから車では環七の朝の大渋滞で通勤不可能。電車もあまり好きではなかったので、会社の近くでアパートを借りることにしたんです。
しかし、いい物件が見当たらない。
それは会社が都心の割といい場所にあるためで、汚いアパートでも家賃九万円。そんなに払えませんでした。
就職先の会社の社長とたまたま会話する機会があって、そのとき通勤時間のことやアパートのことを相談したんです。
そしたら社長が、
「職場の近くにあるうちの工場の拡大予定地に古い元看護婦寮があるから、取り壊しまでの四ヶ月は住んでていいよ。今一階は倉庫代わりに使っているけど二階は人が住めるから。電気と水道は通ってるからどうにかなるだろう」とのこと。
タダで住める、そして車も止められるということで喜んでそこに決めました。
何よりいくら騒いでもそこに住んでいるのは私一人。苦情を言う人がいない。友達を呼んで宴会ができる。
そしてさっそく次の日にそこへ行ってみました。
広い敷地内にひっそりとある外見は古い寂れた施設といった感じ。壁に広がるヒビが時代を感じさせる。
これでは看護婦さんも住みたくはないだろう、などと考えつつ中に入ってみると中身は結構きれい。
しかし埃が溜まっていて、会社が倉庫として使っているわけでなくただの物置として使っているのがわかる。
きっとここは寮として使われる前は公共の施設であったのではなかろうか、といった造りでした。
ガスが来てないから風呂には入れない、キッチンは各部屋に小さいのがついてるから食堂などは掃除の必要なし、などと考えながらさっそく二階に上がり部屋の確認。
部屋数は25。廊下と各部屋の内装はどこも綺麗でした。
私は正面道路側の角部屋に決めました。
そこは日当たりがよく、畳と壁が新しい物だったからです。
その日は自分が決めた部屋と二階の廊下、階段を掃除して帰りました。
私が住んでいるアパートはまだ契約期間内でしたがすぐにでも引っ越したいと思い、暇な友人二人に連絡を取り、明日の引越しを手伝ってくれるという約束を取って布団に入りました。
しかし一睡もできませんでした。
それは一晩中、今までに経験したことのない耳鳴りと頭痛に悩まされていたからです。
そして翌日、約束の時間になっても友人は現れませんでした。
約束の時間から一時間ほど過ぎたころ電話があり、それは友人からでした。
病院からでした。
話を聞けば昨日深夜、今日ここに来るもう一人と車で移動中に気分が悪くなり、運転に集中できなくなって壁に衝突したとのことでした。
怪我は大したことはなかったらしいのですが、引越しを手伝ってもらえなくなったことで動揺して、初めの異変で気付きませんでした。
家具といっても大きな物はベッドとタンスのみだったので、すべて分解して一人で車に乗せ(私の車はワゴンでしたが)四往復でなんとか自力で家具などを運び終えたときにはすでに夕方五時でした。
それから荷物を自分の部屋に運び入れ家具などを組み立てて、とりあえず引越しが完了したときには(昨日寝ていなかったため)すでに体力の限界に達していました。
私は食事も取らずに倒れるように横になり深い眠りに入りました。
……それから何時間経過したころでしょうか。
深夜、苦しくて息が出来ない。
何か重い物が体の上に乗っているような感覚。だるくて体も動かない。
きっと疲れているからに違いない、引越しで精神的にも肉体的にも疲れているのだと考え、また深い眠りに入りました。
そして朝を迎え、胸に痛みがまだ残っているのは家具が重かったための筋肉痛だ、と考えることにしました。
その晩、友人宅で夕食とシャワーを済ませて深夜に寮に着きました。
しかし、あのなんとも表現しにくい不気味さ……
正面玄関にある厚いガラスの引き戸の奥に別世界が広がっているような。
そのガラスに映った自分はその世界に閉じ込められているようだった。
しかし二階には自分の部屋があるし外にいてもしかたないので突き進み、階段を登って自分の部屋の正面へ。
なぜか怖くて自分の部屋のドアを開けることが出来ない。
普通なら、何もない廊下に一人で立っている方が怖いと感じるのに。
結局、部屋に入っても何も起こらなかった。
明日からは玄関や廊下の電気をつけっぱなしにしておこう、と考えながら寝ました。
しばらくして、また昨日と同じよう……
ここまで書いたんだけどやはり人に語ってはいけないような気がしてきました。
あのときの恐怖がよみがえってきたからです。
後日談
胸を何かに押されている感覚で目が覚めました。それも規則的に胸の上方、下方と交互に。
しかも昨日と違うのは、どこからか低いうめき声のようなものが聞こえる。
目を開いてなくても確実に誰かが部屋の中にいるのがわかる。
怖くて目を開くことはできない。すでに金縛りで体を横にすることもできない。
ただ、耳から聞こえる音と方向、胸から伝わる何かの重さだけで答えが出た。
音は明らかに人の声、それも二人。
一人はお経を読んでる。
もう一人は、はっきり聞き取れない独り言。
胸にかかる重さと声の方向と移動から、その二人は並んで交互に上下移動しながらしかも正座で私に乗りかかっていると感じました。
この結論に達したと同時にますます重くなってきて、思わず目を開いてしまいました。
そこにいたものは、胸の上で横に正座をしている髪の長い女性、そして天井方向に移動して浮いている老婆でした。
私が目を開けたのに気付いてか、その二人が私を睨み付けます。
そのあまりの形相に二度と目を開けるまいと思い、目を瞑ってその重さに耐えるしかありませんでした。
二人が居なくなった、と同時に私も疲れて寝てしまいました。気絶といったほうが正しいでしょうか。
次の朝、私は昨晩のことなど無かったかのように普通に目覚めました。
しかし胸に痛みが残っていて、シャツを捲って確認するとそこには横に四本のアザが残っていました。それを見てすぐに現実に戻されました。
財布と車のカギと上着だけを持って何も考えずに外に飛び出しました。
私の友人関係の中にはこのような体験をしたことのある人はいなかったので相談できる人はいなかったし、その前に本当に現実なのか?
……ということで昔からの友人が集まってくれて(興味本位からなのだが)みんなで私の部屋にその夜は泊まる事になりました。私を入れて八人でした。
みんなで酒を飲んで怪談話して、気が付いたらいつの間にかに私は寝ていて朝になっていました。
みんなは三時ごろに寝たそうですが、何も起こらなかったようです。
ここに一人で残っていても怖いのでわたしもみんなと一緒に出ました。
夜まである友人と二人であの夜のことを話し合った結果、私が疲れていて夜に苦しくなり、想像が錯覚を見せたと結論が出ました。
そして今夜、一緒に部屋に泊まってくれることになりました。
部屋で酒を飲み、そのうち二人とも寝てしまいました。
深夜に息苦しさで目覚めました。あの夜と一緒でした。
すぐに隣に寝ている友人を起こそうと思ったがすでに遅く、体が動かない。
また声が聞こえ、すぐに私の胸に乗ってきたのがわかりました。
しかし今夜は少し違いました。
一人でした。
声で髪の長い女性の方とわかりました。
隣に友人が寝ているし前回ほどの恐怖はありませんでした。
私は目を開け、私を睨みつけてる女性を睨み返していました。
ふと隣に寝ている友人を見てみると、老婆が彼の上で上下に移動しています。
友人は目は閉じていたけれど、顔は恐怖で引きつっていました。
朝、友人に起こされてすぐにここを出ようと真っ青な顔で言われたが、しかしなぜここだけ壁紙と畳が新しいのか疑問であったため、部屋を見回してみました。
友人は一人で廊下に出るのも怖いらしかった。
まず、畳の上に家具を載せた形跡がない。この部屋は角部屋で日当たりもよく空き部屋になるはずもない。移転が行われるのに畳を新しい物に取り替えるか。
このとき私は軽いノイローゼになってたのかもしれない。
すぐに友人に手伝ってもらって家具を廊下に出して、畳をすべて剥がしました。
コンクリートの床はきれいでした。
しかし中心だけが円形に拭かれていました。
明らかに人の手によってそこだけが。
その拭かれている中心には、よく見ると黒い何かがそこにあったことがうかがえました。
それはきっと血液でしょう。
すぐにそこを飛び出し、もう二度とそこに戻ることはありませんでした。
その後、引越し業者にカギを渡して荷物だけは運び出してもらいました。
後味が悪く就職も断りました。決してその敷地に入ることはありませんでした。
そこで昔になにがあったかなんて知りたくもないし興味もないです。
私にとってやっとこの事件が過去のことになったと感じたので、書かせていただきました。
(了)